商店街の隅の方に小さい駄菓子屋がある。この雑多な雰囲気は今も昔も変わらない。
「何か面白いものでも売っているかな?」
好奇心旺盛な島崎は店内に入った。予想通り狭い店内に駄菓子などが整然と並んでいる。また
日曜なので数人の子供が買いに来ている。本当に駄菓子屋は子供たちの憩いの場である。
(小学生の頃、駄菓子屋でよく買い食いしたものだ。店の奥で静岡名物のおでんを煮ていて、甘
辛いにおいが小さい店内に溢れていたっけ……)そう思い出しながら見回すと、駄菓子の他に当
時流行していたキャラクターのめんこや人形も売っている。
 島崎はふと思った(おもちゃをたくさん買い、現在に戻ってマニアに高く売れば……)
 けど現実問題無理な事であろう。背広姿の島崎がおもちゃが一杯に入ったかばんを持って【夕
焼け酒場】に入るのは勇気がいるし、現在に戻ってもアニメオタクだと怪しまれるかもしれない。
けど大の大人が何も買わず駄菓子屋を出るのは何となく恥ずかしい。考えた末、食べて無くな
るソース煎餅・酢イカ・ガム・ビスケットと言った駄菓子ととメンコを一枚買って店を出た。
 ガムも酢イカも現代の感覚からすれば色もどぎつく、食品添加物も多く体に悪そうに思える。
島崎もよく親から駄菓子屋で売っている菓子は食べない方がいいと注意された。けどこうして
食べてみると素朴で結構おいしい。だからこそ平成時代になって駄菓子の良さが見直されて
いるのだろう。
 けどなぜ駄菓子屋のおじさんは今も昔も子供には厳しいのだろうかとふと疑問に思った。き
っとあのおじさんは実は子供があまり好きではないのかなと不謹慎ながら思った。
 その先は普通の住宅地になっている。
(この先に進んでもあまり面白くないかな)と思い島崎は引き返した。商店街も忙しくなる夕方ま
で、しばしの休憩をしている店・近所の人と世間話をしている店・夕方に向けてコロッケを揚げて
いる肉屋……どの風景も平成時代にはあまり見かけなくなった風景ばかり。
「この商店街こそ、古き良き昭和の姿だ!」そう判断した島崎は、カメラ付きの携帯で店の様子
などを撮り続けた。もっとも当時の人はそんなものは知らないのは当然で、夢中で写真を撮って
いると突然、道行くおばさんが、
「あら、あんたが持っているのは新しいトランシーバーかいな?」
と尋ねられて島崎は返事に困ってしまう場面もあった。
 この時代は本当に平和なのだなと感じてきた。確かに島崎が生きている平成時代も一応平
和なのだが、人との関係が希薄になっているのは事実だ。隣の家が誰が住んでいるか分か
らない不可思議な事態や、世間も驚く物騒な事件が連日連夜起きている。それに比べてこの
時代は商品自体は今よりも遥かに少ないが、それを人と人との交流で大いに補っている。だ
からこそ慎ましくとも楽しく暮らせるのか。
 この風景を見れば、きっとこの時代に生まれてくれば良かったと思う人も少なくない筈だ。実
際島崎もその一人なのだから。
 島崎は原っぱのある橋のたもとまで戻ってきた。背広を脱ぎ、土手に寝転んで川の流れる様
を眺めた。(こんなに綺麗な清流が東京にもあったとは……)
 島崎は昭和34年の風景の美しさに、すっかり心を奪われていた。
 東京都多摩地区の人口が急増し工業化が進んだのはもっと後の事だから、今の時点では
自然が手付かずで残っている。
 遠くから子供たちの遊ぶ声が聞こえる。この頃の子供の姿は幸せそのものに見えた。家の
近くでも十分に体を使って遊べるし、都会ながら自然も豊富にある。何しろ安心して外で遊べ
るという事が素晴らしい。
 川の流れと子供のはしゃぎ声をBGMとして、暫し土手で寝転がってた。そのうちに精神的・
肉体的な疲れが出てきたのかそのままうたた寝をしてしまった。
 目を覚ますと日が沈みかけている。島崎は背中のほこりを落とし、背広を着ると、さっきの
商店街に向かった。
 案の定、付近の主婦たちが買い物袋を持って買い物をしている。どの店も繁盛している。
通りが広いのでそれほど混んでいる印象はなかったが、なかなか活気のある商店街だと見
受けた。携帯カメラで何枚か撮影し、目にもしっかりと焼き付けた後、暗くなりかけた町を後に
して駅の方へと向かった。
 住宅の明かりも灯り始め、各家々の台所から夕飯のにおいがし始めている。
 さっきまで賑やかだった原っぱも子供たちが家に帰った後なのか静寂に変わっている。そ
の静寂さも橋を渡り駅前商店街が近づくにつれ喧騒に変わってきた。
 駅前商店街はスピーカーから音楽を流して賑わいを演出している。午前中通っていた車も走っ
てなく、自転車と歩行者でごった返している。
(歩行者天国になっているのかな?)そう思いながら見渡すと、場所柄なのか買い物している主
婦は少ない。今は午後6時くらいなので、帰宅途中の会社員の方もちらほら見かけられる時間帯
だからかもしれない。彼らも島崎と同じように会社帰りにどこかの飲み屋で寄り道して一杯飲むる
のだろう。島崎も酒が好きなので、この駅前でそこそこ客入りのいい店に入って一杯飲んで軽く夕
飯でも頂こうと思った。
 島崎が入った飲み屋は、今で言うところの【大衆割烹】と言った感じの、こじんまりとした焼き鳥
屋で、地元の人が多く立ち寄る店らしい。店内は裸電球だけの薄暗い照明で、テーブルもトイレ
も無く、カウンターがあるだけの質素な店だ。
「日本酒1合と焼き鳥3本」島崎はカウンターにいる中年の店員に注文した。
 すぐに出た酒と焼き鳥はそこそこおいしいが、何となく常連の客以外の人には居心地の良くな
い雰囲気だったので、頼んだ料理と酒を飲み食いし、ほろ酔い気分になったので、今が潮時と考
えカウンターに100円札を置き、
「釣りはいらないよ」と言うと、そそくさと店から出た。
 駅の近くに屋台が出ていた。平成時代では繁華街にしかお目にかかれない夜鳴きそばの
屋台。酒を飲み終えた後で少し食い足りなかったので、屋台で中華そばを一杯頼んだ。
 島崎の脇に定年が近そうなおじさんが酒を片手に中華そばをさぞかしおいしそうに食べてい
るのが印象的だった。
「中華そば一杯」島崎は注文すると、隣のおじさんが彼に向かって話しかけてきた。
「あんた、このあたりでは見かけない顔だね」
「はい、静岡から上京してきたので……」
「そうか、ちなみにあんたは仕事の帰りか?」
「いや、今日はここの商店街を視察に来たので」これはもちろんでまかせなのだが、おじさんは、
「秋頃にこの商店街の真ん中にスーパーマーケットが建設されるらしくてな、まあ買い物客にとっ
ては便利になるが、このあたりの商店街では店を畳む人は増えるだろうな……」
と、しみじみと話していた。のどかな町にも確実に近代化の波が押し寄せているらしい。
 世間話をしているうちに中華そばが出来上がった。シンプルな醤油味で、平成時代の多彩な
ラーメンを食している島崎にとっては新鮮な味で美味しかった。
 いつの時代でも夕飯の後は朝食になるのだが、今島崎がいるのが昭和34年。
「多分月曜でも、店は朝早くから開いてないだろう」
 明日の朝食の事を考えて、閉店間際のパン屋で割引になったパン数枚を買い、新宿行の電
車に乗り込んだ。時間帯が悪いのか、昭和30年代でも電車は混雑していて座席に座る事が
出来なかった。
 島崎が新宿に着いたのは夜の8時を過ぎていた。都内有数のターミナル駅前だけあってど
の店も灯が煌々と灯っている。今日は本当に疲れた。けどそれ以上に得た物は沢山あった。
 いよいよ明日の夕方、昭和34年から平成20年に戻れる思うと、嬉しくもあり寂しくもあり複雑
な気分だった。島崎は簡易旅館に着くなり、疲れと不安と期待から背広のままの姿でそのまま
眠ってしまった。
 月曜日。島崎が起床した時は既に9時を回っていた。通常では完全に遅刻である。普段は日曜
の夜には明日の為に目覚まし時計をかけるのだが、簡易旅館ではこのようなしゃれたものは設置
されていなかった。もっとも今は昭和34年。会社に行こうと思っても絶対に行けない。
(明日会社に出勤した時、上司に適当に欠勤の理由を言ってごまかすしかないな)と思った。
 とりあえず昨日買ったパンを頬張って、洗面所から汲んできた水を飲んだ。
(そろそろここを出るか……)
 島崎はかばんを持って部屋から出た。相変わらず管理人は受付で暇そうに新聞を読んでいる。
「おんや、もう発つのですか。……それではこれがお勘定」
 島崎は100円札を数枚出して礼を言うと朝の新宿の町に出た。
 
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