和明はつい勢いでカップラーメンを買ってしまったので、どう食べていいか迷っていた。すると耳元
から声がして来た。
「カップの蓋を開けて、中に入っている小袋の中身を麺の上に置いてから、お湯を注いで3分待つん
だよ」未来人の声だ。まるで和明の行動が未来人には手に取るように分ってしまうのか?と思った。
すると、「あなたの考えている事を、私が脳からテレパシーで直接読み取っています」との事。確か、
以前読んだ空想科学小説で、人の心を読み取る能力のことが書かれていた本があった。おそらく
それを使っているのだろうと考えた。
和明は店員に「お湯はありますか?」と尋ねた。店員は階段の脇を指差した。階段の隣にある従
業員用の給湯室でお湯を入れていいとの事。
店員に礼を言うと、早速買ったカップラーメンの蓋を開けた。中に小さい袋が入っていた。カップの
上に乾燥した小片と粉を入れた。そして給湯室の湯沸かし器から熱湯を出した。昭和30年代では
一般家庭に湯沸かし器はなく、コンロで湯を沸かすのが普通である。スイッチをひねるだけでお湯
が出るというのもすごい進歩だと思った。
カップの上にお湯を注ぎ蓋をして、(本当にこれで食べられるかな?)と思いながらも3分後。おい
しそうな匂いがした。
蓋を開けると麺が茹で上がっている。一口食べたその瞬間、
「おいしい!」
本当にラーメンになっている。1985年の科学技術はすばらしいと思った。
勢いで一緒に買ったスポーツドリンク缶の蓋を開けて飲み始めた……が、和明が生まれて初め
て味わう、何とも言えない不思議な味だ。妙に甘ったるく、砂糖と果物が混ざったような後を引く味。
だが塩辛いラーメンと一緒に食べるとその甘い味もそれほど感じなくなった。
和明は満足して【未来の食事】を味わった。
和明はスーパーから出た。クーラーの利いている店内から出た直後なので屋外の熱気がもわっと
全身に降りかかる。
急激な気温差を体験する事の無い時代の人なので、これには少し堪えた。
外の暑さに慣れ、スーパーの外に出ると、彼が予想していた景色とは大きく変わっていた。道路は
舗装され、自動車やトラックが走っている。片側一車線の道路であるが、交通量は結構多い。
スーパーの隣はビルになっていて、向かい側は小さい商店だ。
ここは一応商店街になっている。歩道は整備されているが行きかう人はそれほど多くない。夏休み中
だけど子供の姿は少ない。
未来人の声がした。
「この時代になると子供は休みの日は外で遊ばなくなり、家の中でテレビを見たりゲームをしたりして遊
ぶようになったんだ」
和明は納得し、ふと電柱を見ると看板に見慣れた地名。ここはまさしく和明が生まれ育った町だ。22年
でこんなに発展してしまったのだ。和明は驚いた。
すっかり変わってしまった町並みを和明は歩いた。まるで浦島太郎になったかのように周囲をきょろきょ
ろ見渡すと、人々の服装は皆綺麗に着飾っている。昔のように古い服を着ている人は一人もいない。
また未来人の声が聞こえてきた。
「昭和40年代に『所得倍増計画』が発表され、景気が良くなると、日本は先進国の仲間入りを果たすま
でに成長した。町並みは綺麗になり、道路や鉄道が各地で整備された。一般庶民も生活が豊かになっ
て、着る物やレジャーにも余裕ができてきたのですよ」
なるほど。昭和30年代ではまず食べ物、その次に家電品と言った感じであり、衣服は身にまとっていれ
ば十分な状態だった。子供の服は兄や姉の【お下がり】だったり、あちこち継ぎあてだらけだったりなのが
普通だった。それが22年後では普段着でもこんなにきれいになっている。そう思うと自分の姿がみずぼら
しく感じてきた。
(まあ、知っている人が居ないから気にしなくてもいいか)と思い開き直った。
さすがに未来と言うことで、和明が眼にした事の無いものが街中にたくさんある。
一番最初に目に付いたのは自動販売機である。昭和30年代は簡単な仕掛けの自動販売機は存在はし
ていたらしいが、普通の街中に置いてあるものではなかった。
さっきスポーツドリンクを飲んだばかりなので喉はそれほど渇いていないが、物は試しという事で、体験
してみた。100円玉を穴の中に入れて(この硬貨がどれだけの価値なのかは知らないが)適当に商品の
ボタンを押した。
間髪を入れずに缶コーヒーが出てきた。
インスタントコーヒーですら昭和30年代では珍しい商品であったのだが、22年も経つと缶入りになって
簡単に飲める時代になっている。
もちろん和明もコーヒーは飲んだことは無い。人から聞いた話だとかなり苦いとか。けど、こんな苦いも
のを作っても売れるはずが無い。きっと味も変化している筈だ。
(どうせもらった金だから、不味ければ飲むのを止めればいい)と考え、思い切って缶に口をつけた。
「甘い!」
思ったほど苦くない!さすがに未来となると苦いコーヒーも甘く飲みやすくしてくれるのだと思った。
改めて自動販売機の商品見本を見ると、コーヒーだけでも5種類くらいある。そのほかにはジュース
とかサイダーとかさまざまな商品が並んでいる。自動販売機なら店が閉まってもいつでも物が買える
し便利だ。まあ便利だから町のあちこちに設置しているのであるが。
和明はコーヒーを飲み終わると、そばにあった【空き缶入れ】に捨てた。ただ、空き缶入れと書かれて
いながらも、空き缶以外の紙くずや古雑誌などが捨てられているのが気になった。
「この時代になると大人も子供もマナーを守らない人が増えてきたんだ」
未来人の妙に暗い声が聞こえてきた。
その隣は電気店。電気店と言えば昭和30年代は家電製品が続々登場した時代で、テレビや冷蔵庫と
言った家庭の必需品が揃い始めた時期だ。22年経ってもテレビや炊飯器や冷蔵庫はそれほど変わって
いないだろうと思っていた。
しかしたかをくくっていた自分が愚かであった。テレビはカラーになっているし、クーラーも一般的になっ
ている。さらにテレビの番組を記録する装置(ビデオ)や斬新な音響装置(CD・ポータブルカセットプレー
ヤー)や文書を作成する装置(ワープロ)も世に出ている。
電気製品の技術も、和明が暮らす昭和30年代とは大きく進歩している。ただ炊飯器や掃除機と言っ
た家電品はそれ程驚くようには進化していない感じだが、かなり一般的になっているみたいだし、冷え
た食物を温める装置(電子レンジ)等新しい機械も登場している。
この時代から16年後で21世紀になるのだが、今後どのように進化するのか興味は尽きない。きっと
1985年よりはもっともっとすばらしいものが登場するに違いない、と思った。
それにしてもテレビに色がついている事はとても素晴らしい。しかも画面が大きくて綺麗だ。今はワイ
ドショー番組を放送しているが、まるでアナウンサーの顔のしわまではっきりと見えるようだ。
(これを見ていると過去に戻ってから白黒テレビは見られなくなるな……)と感じた。
電気屋の店先を離れようとしたその時の事だった。
ワイドショー番組は屋外中継のコーナーになり、にぎやかな会場にいるレポーターの姿が映った。
『茨城県の筑波で開かれている【科学万博】会場からのレポートです。日本の科学技術を紹介するパビ
リオンや未来の生活が実体験できる人気パビリオンでは、真夏にもかかわらず朝から大勢の来場者で賑
わっています……』
画面では混雑した会場と、近未来的で前衛的な建物が連なっている。そして画面が切り替わり数体の
ロボットが踊っているシーンや立体映像を上映しているシーン、更には空中を浮いている電車(リニアモー
ターカー)や巨大画面のテレビ等、魅力あふれる映像が映っている。
全て昭和30年代にSF漫画や映画で登場している情景ばかり!たった20数年で現実になっているとは!
驚きのあまり声が出なかった。さらに驚いたのは、筑波と言えば和明の実家がある所だ。去年の秋に
3時間かけて筑波に行った事があるが、山と畑ばかりの何も無い田舎であったのを覚えている。それが
20数年後にはこんなに開けて、しかも世界的な規模の博覧会が開くようになるとは……。まるで夢のよ
うな出来事である。
店内の時計を見ると2時を過ぎている。この時代にいられる時間がだんだん少なくなってきている。
電気店を後にし、商店街を進んだ。
昔の地名と照らし合わせてみたら、確かこの辺りに映画館があった筈。昭和30年代には和明の町に
も映画館があり、商店街の中でもこの辺りだけはにぎやかであった。
しかし、1985年の町では映画館はつぶれてしまい、跡地は駐車場になっていた。カラーテレビ普及に
よって映画は人気がなくなってきていたのかなと思った。
また未来人の声がしてきた。
「娯楽が増えた事と、映画を家庭で見られる事が出来る様になって、地方の小さい映画館がつぶれ始
めた時期なんだよ」
和明は、家で好きな映画が見られる自体大変すごい進歩だと思った。
「さっき電気店にもあったビデオデッキは、テレビ番組を記録するほかに、さまざまな映画作品などが記
録されたテープを買う事によって、家庭にビデオデッキがあれば映画が見られるようになるんだ」
と教えてくれた。
和明は映画が好きで、夏休みになってすぐ友人と子供向け映画を見に行ったばかりだった。それがで
きなくなるというのも少しさびしい気がした。
「いや、未来でも映画は沢山作られ、映画館も各地に建っているんだ。大きいスクリーンで、映画を見た
い人が多いのは今も昔も同じだよ」
未来でも映画館は残っていると聞いて少しはほっとした。
またしばらく歩くと人の出入りが多い商店を見つけた。何となくわくわくしながら店に入った。
この店も涼しい。店内はそれほど広くないが、色々な商品が売られている。食料品が中心であるが雑
誌も沢山置いている。レジの近くには弁当が沢山置いていて結構繁盛しているらしい。
「ここはコンビニエンスストアと言って24時間年中無休で日常商品を売っているんだ。若者中心に品揃
えを充実しているので売り上げを伸ばし、成長著しい店なんだ」
カップラーメン一個ではさすがにおなかがすいてきたので、おやつ代わりにおにぎりとアイスクリームを
買った。おにぎりは昔ながらの懐かしい味がした。1985年でもおにぎりは手軽な食事として親しまれてい
る事に少し安心した。
食後のアイスクリームは昔と違って変に甘ったるくなく、どことなく高級な雰囲気が感じられた。勿論22
年後の未来なので、品質や味は昔より向上しているのは当然なのだが。
さらに歩くと、鉄橋が連続しているのが見えた。
鉄橋の上で列車が走っているのを眼にした。確かに突き当たりに駅がある。
「僕の町に鉄道が出来ている!!」
それには今まで以上に驚いた。自分が住む町に鉄道(国鉄武蔵野線)が通るとは全く考えもしなかっ
た。せっかくだからと思い和明は駅に向かった。