駅に掲示してある電車の時刻表を見ると、電車は大体20分に1本の間隔で運行しており、千葉の
船橋と東京の府中まで行けるらしい。
 昭和30年代では、千葉や東京に行くにも、バスに乗って東京の金町駅か亀有駅まで行かなけれ
ばならないので、通勤や通学はとても大変だと聞いた事がある。東京の都心へは、この路線は直接
繋がっていないみたいだけど、1回の乗換えで上野や新宿に行けるみたいなので、ある程度は便利
なのかもしれない。
 駅の人に話を聞いたら、この路線は昭和48年に開業したとの事。
 ちなみに今僕がいる時代は昭和60年だそうだ。昭和の時代がまだ続いていると言う事は、天皇陛下
(昭和天皇)もまだこの頃にはご健在なのだ。
 電車に乗ってみようと切符を買おうとすると、未来人から
「今電車に乗ると昭和38年に戻れなくなるので、乗らないでください」との声がしてきた。
 まあ、自分の町に鉄道が通ること自体快挙である事に間違いない。東京に行く用も無いので、その
まま駅を後にした。
 高架からオレンジ色の電車が駅に向かっているのが見える。電車の姿が不思議に逞しく見えた。
 駅を通り過ぎた反対側は、それほど開けていない。店も少なくなり住宅地になっている。その住宅地
は最近できたばかりのようで、どの家もきれいである。駅ができたので最近になって急に家が建つよう
になった感じだ。
 昭和30年代、和明が住んでいる町は駅も遠く通勤や通学には不便なので、新しい住民が引っ越してく
る事はめったに無かった。やはり交通が便利で生活がしやすい所に家が建ち、人が集まるのは今も昔も
変わらない。恐らくあと10年もすれば、この辺りも家や店でびっしりと埋まってしまうであろうか?
 そう言えば昭和60年の埼玉に来て以来、まだ田んぼや畑を見ていない。この辺りが町の中心部であ
るから仕方無いかもしれないし、もっともっと町外れに行けばきっとあるに違いない。
 和明は駅前から出ているバスに乗り込んだ。バスも22年経つとすっかり変わっている。何しろバスの
中に車掌が居ないのである。和明も時々バスに乗った事があるので良くわかる。
 平成時代ではすっかりワンマン運転化された路線バスは、昔は必ず車掌が乗車して、次のバス停案
内や運賃の精算をしていた。
 さっきの自動販売機然り、駅の券売機然り、今まで人間が行ってきたことが機械に取って代わりつつ
ある。この勢いではもっとあらゆるものが自動化になってしまうのか?
 和明を乗せたバスは町の中心部から郊外へ向かって走っている。橋を越えると昔ながらの田園地帯
が見えてきた。
 このバスはどこまで行くのかわからなかったので、とりあえずこの辺りで降りようと思った。
 車掌の居ないバスの中、和明は車内を見渡した。窓際に〔降りる方はこのボタンを押してください〕と
書いてあるのに気づき、早速ボタンを押すとすぐにバス停に到着した。運転手に1000円札を渡し、お釣
りをもらうとバスから降りた。
 田植えが終わった水田には稲が青々と育っている。しかも昔と比べて稲が規則正しく植わっている。
「田植えも除草も稲刈りも精米も全部機械で行っています。ちなみに駅の改札も数年後には自動化さ
れますし、工場ではほとんど全てロボットによる自動作業になっています」
 未来人の話を聞くと、やはりこれからの時代は機械の時代になるのだ。さっきテレビで見たロボットが
これから生活のあちこちで見られるようになるのか……。何となく不安になった。
「そんな事は無いですよ。ロボットは危険な作業や単純作業をしてくれるものであり、人間の代わりにな
るものではありません」
 やはり人間が色々と行う時代は終わっているみたいだ。まあ技術がどんなに発達してもロボットが人
間を越えることは無いみたいであるが。
 この辺りはまだ田んぼが残っているが、この勢いだとここも住宅地になるのであろうか?昭和30年代は
あちこちで田畑や荒地もあり、自然は沢山あった。
 しかしこの時代は荒地は家に変わり、田畑も潰してしまっている。しかも市街地には木も緑も全くなくな
ってしまっている。
 今まで薄々気がついていたが、空気も汚れている。工場の煙とか車の排気ガスとか、町から少し離れ
た場所でも悪臭がする。
 昭和30年代から来たので臭いは敏感である。けど幾ら臭いに敏感であっても、空気がそんなに臭う筈
が無い。
 和明は橋を渡った。
「これだ!」
 川の水が濁って悪臭を放っている。また川岸にもごみが沢山捨てられている。当然ながら川で遊んでい
る人は、誰もいない。
 昭和30年代では川の水はきれいであった。和明の家の近くの川にはたくさんの生き物が生息してい
たし、川岸もきれいであった。また夏になると、和明はもちろん近所の子供が川遊びをしていた。
「東京近郊では昔からの清流はほとんど消えてしまいました。特にこの辺りは下水道の普及が遅れてい
る地域なので、家庭や工場からの排水が直接川に流れてしまった為、川が汚れてしまったのです」と未
来人の声。
 確かにこれだけ沢山の家や工場からの排水が川に流れ込むと、きれいだった川も汚れてしまうのも無
理は無い。
「昭和50年代は公害が問題になっていた頃です。昭和40年代からの高度成長のおかげで、日本は先進
国になり、国民も豊かになったのだが、工業化や経済成長だけが先に進んでしまい、どうしても環境に目
が行かなかった。そのしっぺ返しが今頃になって現れてきました」未来人の説明は続いた。
「……1985年はいい時代だと思ったけど、やはり問題が起きているのだな」和明は感じた。
「これがきっかけで国や企業や国民が環境問題に関心が集まり、21世紀には少しずつ環境が良くなって
いくのですよ」との声。
 もしまた未来に行く機会があれば21世紀にも行ってみたいとも思った。
 1985年の暑い夏の一日もそろそろ終わり、夕日が沈みかけてきた。たった数時間だけど1985年の光
と影を垣間見た感じだ。
 どこからか未来人がやってきた。
「そろそろ戻る時間ですよ」
 和明は未来人にお金を返した。その金額が結構多かったので、
「あまり使わなったみたいですね。レストランで食事をしてほとんど使ってしまった人も中にはいたけど……
まあいいでしょう」
 この言葉からして今までに何人かの人が未来に行っているらしい。和明だけが未来に行った訳ではな
いと分かると少し複雑な気分になった。
 辺りを見回し、「橋の下なら誰も来ないだろう」と言うと二人は土手を降りた。
 橋の下は、誰も見られない場所らしく、粗大ゴミが沢山散らかっている。汚い川とゴミの山を見ながら、
「日本は22年でどうかしてしまったのか……」と思った。
 しかしこの情景は【1985年】と言う未来である以上事実である。和明が騒いでもどうにもならない。
 2人は手をつなぎ、未来人はタイムトラベル装置のスイッチを押した。
 和明は昭和38年の埼玉に戻ってきた。
「今日はどうもありがとう。おかげで楽しかったよ。正直言って最後の方は少しがっかりしたけど……」
未来人はこれまで和明が見てきた現実を思い起こしながら、
「残念だけど、これが1985年の埼玉の姿なんだ。もう少し未来に行けば、環境問題はある程度解決する
けど、また別のところで問題が起きているんだ」
 「別のところで問題?」と和明は質問した。
「そう。人と人とのつながりが薄くなって世の中が物騒になっていくんだ。隣人の顔が分からない時代
になり、無差別殺人や強盗が増えてしまうんだ。だからこそ地域住民の結びつきが強かった昭和30年
代に郷愁や憧れを感じる人が多いのかもしれないな」
 確かに昭和30年代は近所づきあいが緊密だ。地域の人が誰でも顔見知りだから愛着があるし、その
結果犯罪も少ない。地域の交流がなくなってしまったら、と考えると思わずぞっとしてきた。
「私は未来に帰ります。また逢える日を楽しみにしています!」
と未来人は言うと、あっという間に姿が見えなくなった。
 今日の出来事は自分だけの秘密として心にしまっておこう。1985年が本当にいい時代なのかは数時
間居ただけでは分からないからである。
 まあ22年後は自分も確実に生きている筈だし、その時に分かれば済む事かもしれない。
 1963年はこの辺りはまだまだ自然も多いし、川も空気もきれいだ。
 この豊かな自然がいつまで残るのかは分からないが、少しでも永く残してほしいと思った。
「これから僕が大きくなっても僕の町がどう移り変わっていくかを肌で感じよう!」と誓った和明であった。
 たとえ22年後が今日見た【22年後の風景】と全く同じであっても、大きく変化してもいい。それは個人レ
ベルではどうにもならない。けど、たとえ小さい個人の力でも環境を守るために、ごみを拾ったり緑を植え
るこ程度ならできる筈だ。何よりも夕日が美しい自分の住む町と、日本と言う国を誇りに思っているから、
きっと未来は良い方向に進むであろうと確信している。

 翌日。和明は1985年に行って来て体験した事をヒントに夏休みの自由研究を考えた。もちろん『実際
に未来に行ってきた』とは書けない。色々悩んだ結果、
「環境問題をテーマにしよう。やはりこれしかないだろう、早速午後から図書館に行って調べてみよう!」
 8月になったばかり、夏休みはまだまだ続く。長い夏休みが終わると、子供は誰もが少し成長すると言
われている。
 ちょっと未来に行って来て、和明もまた一つ成長したみたいだ。
【完】
参考資料:昭和の時代(小学館)
       マンガで読む「ベストセラー商品」誕生物語(PHP)
       JR全線全駅(弘済出版社)
       全国小型時刻表 1986年2月(日本交通公社)
取材協力:埼玉県三郷市役所
※この作品の舞台は埼玉県三郷市ですが、一部事実と異なる箇所もあります。
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