思い思い、自分の作りたいアイスの種類が決まってきたようだ。サンチョはそれを満足げに眺めつつ、ところどころ料理のアドバイスをした。
そのとき、薔薇のアイスを作るという女の子がいたので、変わったものを作るのだなあ……と思ってその子の手元を覗き込むサンチョ。そこにはローズヒップの瓶が握られていた。
「お客様、失礼ながら申し上げますと、ローズヒップは薔薇が咲いたあとの実でございます。名前こそ似ていますが、花びらのほうの薔薇と違ってかな〜〜りすっぱいのであります」
と、と近くにあったローズフレバーのシロップをとって手元に置き、「薔薇の香りのアイスの場合はこちらをご使用ください」と言った。
「でももし、ローズヒップのアイスを作ろうとなさっているのならば、カモミールやシナモンのフレバーを使って甘くしてみる、もしくはハイビスカスとブレンドして砂糖をたっぷりいれて、すっぱいソルベ仕立てにするなどが美味しいでしょう。 もちろん何をブレンドするかはお客様の自由ですが、ローズヒップでアイスを作るときは“甘酸っぱい”仕上がりになるように何かで甘味を足すようにしてくださいね?」
そう言って「では、失礼します」とサンチョはその場を離れた。
ローズヒップは酸っぱい!
直接入れると酸っぱくなると、サンチョさんからのアドバイスを受けた。確かに名前は似ているのでバラの香りにはいいかと思ったがちょっとしたミスであった。
「ボクも料理の事は余り良く分からないから」
チャッピーはいかにも、自分とは関係ないですよ、という澄ました顔をしている。
肝心の味はどうしようか。甘いアイスもいいが、甘酸っぱいのもいいかもしれない。甘酸っぱい味と言うと、日本には古来から梅があり、梅ジャムや梅アイスもある。けど世界でただ一つのアイスと言う事を鑑みると、サンチョさんの言っていた「ハイビスカスとブレンドして砂糖をたっぷりいれて、すっぱいソルベ仕立てにする」という提案に乗るのもいいかもしれない。
ハイビスカスと言えば南国のイメージ。南国を思い起こすトロピカルですこし甘酸っぱく、かつ甘美なアイスと言うのはさすがにどこにもないオリジナルな味であろう。砂糖を入れるのもいいが、甘い練乳の味をベースにしようかと。
私は、ハイビスカス&ローズヒップというかなりトロピカルなアイスに挑戦してみた。
麻美さんが洋風のローズ、アカツキさんが中華風のジャスミンとなれば、あたしは和風の抹茶でいこう。和洋中が揃う事になり、味比べも出来る。
抹茶=日本茶に合うとなると、やはり和菓子だ。ケーキに日本茶と言うのはあたしでもちょっと遠慮したいものだ。ケーキにはコーヒーであり、お茶だとまんじゅうか?
まんじゅうにも良く使う、あんこをトッピングとしてはどうかと考えていたが、甘い物に甘い物ではしつこくなってしまうか?けどたまに食べるのなら思いっきり甘い物も大丈夫かなと思った。
材料の中にちゃんと餡も用意されている。
(よし、これに決めた!)
分りやすく説明されているレシピを見ながら早速アイス作りに取りかかった。
綾香はそれを見て思った。材料さえ揃えば、あとは混ぜて冷やして固めるだけみたいだと。これなら誰でも出来る。勉強が嫌いなあたしでも作れるとくればもう勝ったも同然だ。
「こんなものはテキトーでも何とかなるモンだよね」
と思いながら材料が置かれたテーブルに向かう。
あたしのような物臭でもきちんと作れるように、それぞれの材料にあった計量カップが準備されていて、計量さえ合っていればアイスが作れるように出来上がっているのだ。
ますます楽勝ムードが高まってきた。
カップに必要量の材料を入れたものをボールに入れて、混ぜ始めた。さすがにトッピングである抹茶までは計量カップは無かったが、アイスに色がつくくらいに入れればいいと思い、適当に混入した。そしてアイスの生地が淡い緑色になってくるまでかき混ぜたので、冷やし固める事にした。
麻美は、材料が置いてあるテーブルから必要な材料を持ってきた。
さすがにサンチョさんが言っている通り、材料の卵や牛乳は高級品を使って居る。しかも牛乳はそんじょそこらのスーパーに売っている安物ではなく、牧場から直送したみたいなフレッシュなものだ。
(大自然の中の牧場から、太平洋の真ん中にある島まで良く運んできたな……)と感心した。
アイスクリーム用とは知りながら思わず一口飲んだ。
「凄くおいしい!」
普通のホルスタイン牛ではなく、ジャージー牛のミルクだ!日本でもごく少数しか生産できない貴重なものだ。喉が渇いていたからもあるのか、ついついコップの半分飲み干してしまった。
「飲むんじゃない。アイスクリームの材料だ」
ふと我に帰り、牛乳をコップに継ぎ足した。そしてテーブルで一通りの材料をボールに入れた。
問題のローズヒップのエキスもほんの少し加えると、案の定すっぱい香りがして来た。思いきって砂糖をたくさん入れるのも怠らない。大体混ざり合ったので、型に入れて冷やし始めた。
アイスクリームに使う牛乳をごくごく飲んでいる麻美を見て苦笑しながら、アカツキは自分のアイスを作り始める。
まずジャスミンティーを濃く濃く煮出し、牛乳といっしょに砂糖をたっぷりといれた。味見をするとかなり甘いが、これくらい甘くても冷やせばきっと普通の味になるのだ。料理上手な親戚の言葉を思い出しながら、荒熱をとったあとに冷凍庫の中にいれた。
「さて……あとはたまにかき回すだけで暇になったね」
サンチョが作業の終わった人たちにお茶を配り歩いている。
アカツキは周囲を見渡した。アイス作りで知り合いになった日本人の照子さんも、どうやら自分のアイス作りに一段落したみたいだ。彼女はきっとのどが渇いているだろうと思うと、気を利かせて、
「あ、こっちにも2つお茶ください」
サンチョに向かって手を振ると、アカツキは近くにあった牛乳を指差した。
「これ入れて、ミルクティーにしてもいいですか?」
許可を得て、麻美のほうを見て笑う。
「さっきから美味しそうな牛乳だって思っていたんだけど、近くで飲む人がいると僕も飲みたくなっちゃって」
ミルクティーにいれて味がわかるかはわかんなかったが、心なしかこくのあるロイヤルミルクティーで休憩をとった。
私が最初に行った、【アイスクリームに使う牛乳を飲む】行為が、意外なほど盛況している。確かに素材が高級なものばかりだから、そのままでも十分においしい。
隣にいたアカツキさんもミルクティーをさもおいしそうに飲んでいる。
私はアカツキさんに向かって軽く微笑みながら、
「アヤさんもどうですか?この牛乳、とてもおいしいですよ!」
と材料が並んでいるテーブルを指差した。
アヤさんは、さっきまでアカツキさんと親しく話しをしていた、照子さんという女性に自己紹介をしている。アヤさんは照子さんとの話をやめ、私の問いかけに頷いてくれた。
ふと見ると、サンチョさんが気を利かせたのか、1リットル入りの容器に入った牛乳が数本置かれていて、参加者がめいめい飲んで味を楽しんでいる。中にはトッピングになっている餡やチョコレートなどを適当に組み合わせて簡単なお菓子にしている人もいる。
私は粋な計らいをしてもらったサンチョさんに向かって礼をした。
そうしているうちに一回目の攪拌時間になった。めいめいが容器から固まりはじめたアイスクリームをかき回している。
「みなさん、固まりすぎないうちにかき混ぜ、かき混ぜしながら固めてください。空気をたっぷり含んだほうが舌触りがよくなります」
サンチョは一回目の攪拌をしはじめた参加者たちに説明しながら、歩きまわる。
最初に牛乳を飲んでいた少女の行為が、今は参加者の中で広がりつつある。そのまま飲む者、紅茶に入れて飲む者、中には勝手にキョウニンソウ(杏仁豆腐の素)やココアを入れて飲んでいる者もいる。
相変わらず綾香は、牛乳も「うまい!」と言いながらお代わりをしていた。
材料が余ってもサミットが終われば捨てられてしまうのだ。みんな好き好きに楽しんでくれているようでよかったと思った。