「サミットにご参加の皆々様!」
 アメリカ西海岸沖300キロ地点にある人工島「エルサントスバドル島」のホテルの前にて、白いコック帽をかぶった男が恭しくお辞儀をする。
「このたびは遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございました。当ホテルのシェフ長を務めさせていただきますサンチョです。
 さて、このたびのサミットはかなり女性や子供の参加者も多い様子。当ホテルとしても、そのような方々にも楽しんでいける、思い出に残るサミットをと思い、このたび軽い催し事を考えました。その名も『世界にひとつしかないアイスクリーム作り』
 こちらで最高の卵、牛乳、砂糖を用意してございます。トッピングもチョコチップや苺のようなオーソドックスなものからちょっと変わったものまで様々です。
 美味しいアイスを作るもよし、前衛的なアイスを作るもよし。ひと夏の思い出作りにぜひともご参加を!」
 2日目の朝。
「ニューヨークのマンハッタンで、今日早朝、大規模な爆発事故が発生しました……」
 客室のテレビではニュース番組が放送されている。アナウンサーが流暢な英語で報じている。勿論私には理解できないが、相棒のチャッピーが特殊能力を発揮し、瞬時に翻訳してニュース内容を教えてくれる。
「やはりここに連れて来て良かった良かった」
「全く、ペットを翻訳機代わりに使って…まあ僕の有り余る能力の数割を使っているに過ぎないから構わないけど」
 すると館内放送が流れた。ただ今世界で一つしかないアイスクリーム作りのイベントを開催中との事。
「アイス!食べたい食べたい!」
 チャッピーはテレビを消し、ニュース番組の翻訳をほっぽりだした。
「面白そうだね。無料でこういうイベントがあるのは一般人にとってはありがたい」
 朝食を食べ終わっても夕べ食べたゼリーの余韻がまだ残っている。
「まだ少し残っているな♪」
 あたしは冷蔵庫の中にしまっておいたゼリーの容器を開け、残りを全部平らげたその時、館内放送が流れた。
「『世界にひとつしかないアイスクリーム作り』を開催します。ひと夏の思い出作りにぜひともご参加を!」
これを聞いて更にニンマリ。
「ゼリーの次はアイスか!やっぱここに来て正解だったな」
 隣の部屋にいる麻美さんの存在はすっかり忘れて、あたしはアイスクリーム作りの会場へ向かった。
 目的は食べる事だが、作るのも嫌いではない。今まで食べた事のない飛び切りおいしいアイスを思い浮かびながら……
 会場では女性を中心にめいめいアイスクリーム作りを初めている。隣部屋のアヤさんも既に会場に来ている。
 幸い作り方やアドバイスはシェフのサンチョさんが、参加者にじきじきに指導しているので私でも大丈夫かな。と思った。
 サンチョはキッチンで複数のコックに命令しながら荷物を運ばせた。チョコチップ、フランボワーズ、コアントロー、バニラビーンズ……その他にもマヨネーズやら青ノリのような、お好み焼きに入れるの? と思うような材料まで様々だ。
 ふと、入り口のところに綾香が来ていることに気づいた。
「いらっしゃいませ! お客様」
 持ち前の明るい笑顔をつくって綾香を出迎える。
「さあお客様、アイスクリームの作り方は知っていますか? 簡単な作り方はこうです」
牛乳と生クリーム、好きな材料を混ぜる→砂糖を好みの加減でいれる→冷やして固めながら、たまに中身をかき混ぜる
「ほら、簡単でしょう! 材料はこちらで用意してございます。どんなアイスクリームも思いのままです!」
アカツキはアイスクリーム会場にやってきた。ぱらぱらと人が集まりつつあるそこは、女性や子供が比較的多いような気がした。
(場違いだったかなあ……)
 アイスクリームは嫌いなわけではないが、そう好きというわけでもない。
 サンチョが目の前にやってきて、アカツキにアイスクリームの作り方を説明した。
 山のように積み上げられているボウルと泡たて器、そして牛乳と生クリームとトッピングの材料を見ながら迷う。
「こう色々あると……どれから使えばいいのかわからないなあ」
 困ったようにそう呟いて、周囲の人が何を入れているか見ようとしたときだった。
「あれ、アヤさん?」
 間違いない。目鼻立ちのはっきりした美しい東洋人の顔を忘れるはずもなかった。
 会場では既に材料と器具が揃っている。トッピングや調味料も多彩に用意されている。
 アイスの中にどれを入れようか考えていると、昨日何回か出逢ったアカツキさんがあたしのところにやってきた。人種が同じで、あたしにとっては少し頼もしい人と思っているので、
「おはよー」
 と、くだけて会話してみた。
 彼は完全にはあたしの色気に圧倒していないのか、昨日と似たような素振りをしているが、親しみは増している。
「アカツキさんのような色男なら、あたしは腕によりをかけて飛びきりにおいしいアイスクリームを作る気になりそうだな!もちろん一緒に作ってくれるならもっとおいしく出来るかも」
 男性は料理は得意ではない事が多いので、ここでいい場面を作っておいてポイントを稼げれば、と計算した。
 まったく知らない土地でも物怖じしない綾香の態度に笑いながら、アカツキは手近にあったボウルと泡たて器を取った。
「よかったら、いっしょに作る? 自炊することはあってもアイスクリームを手作りすることなんてなくてさ」
 苦笑いしながら牛乳と、先ほど説明になかったけれども卵を手にとった。
 アリーが好きなアイスクリームといえば苺アイスだが、それだけ作るのも味気ないなあ……と考えた。
「アヤはどんなアイスクリームを作ってみたいの?」
 ためしに隣の女性の意見を聞いてみる。
 アカツキさんの質問に少し考えた。、
(簡単に作れて、そして変わった物として、抹茶とかは?)
日本茶の粉末を混ぜて作る抹茶アイスは、あたしの地元の町でも観光客用に売られている店もある。
アメリカはもちろん、アカツキさんの故郷であろう中国にも、紅茶やウーロン茶はあるが緑茶は珍しいかも。
「和スイーツ」の味を最高の素材と私の腕で生かせたら、と考え、
「緑茶が材料の、抹茶アイスって言うのは?」
と自信たっぷりに答えた。
「抹茶、抹茶かー」
 上司が友人から送ってもらったという薄茶を飲んでいたのを思い出し、いいかもしれないと思った。
「いいね、それ。中国茶にも緑茶ってあるんだけど抹茶はなくてさ。一度どんなものなのか飲んでみたかったんだ」
 アイスクリームだから厳密に言うと「食べる」だが。
 アカツキは調味料の棚にあった抹茶らしきものを手にとり、ふと、その隣にあるものにも気づく。
「きな粉アイスとかもどうかな? 黒蜜と混ぜると美味しいかも」
 と、綾香に聞いてみる。
「きな粉かー、悪くないけど……あたしあんまり好きじゃないんだよね」
 きな粉アイスはあるにはあるけど、どうもきな粉は、医者でもらう粉薬のようで……。まあ砂糖を入れるとおいしいし、おはぎとかお餅とかにまぶしたものはおいしそうだが。
 ふと会場内を見渡すと、隣の部屋の麻美さんもアイスを作っている。一緒に作ろうかどうか、アカツキさんに相談した。
「じゃあとりあえず抹茶アイスは作るとして……」
 別の提案にすぐさま切り替えて、麻美を気にしている綾香に言った。
「あの子はどういうアイスを作るか聞いてみようか」
「もう一個は洋風のアイスを作ってみよか?」
とのアカツキさんの質問に、綾香は、
「洋風か〜。チョコやフルーツはありきたりだけど……」
確かに種類的には多いがどれも定番と言ったものだ。
 こういう時は知っている人のアイディアを借りるのも手だと思い、隣のテーブルでアイス作りしている麻美さんに話かけた。
「おはよ!マミちゃんは何を作っているの?」
 するとそばに置いてあった小瓶を見せ、
「材料のテーブルに色々なエッセンスがあったので、その中からこれを選んで来たの」
 その小瓶には〔ローズヒップ〕と書かれている。
「バラの香りよ。味は普通のシロップみたいだけど、フルーツ果汁と混ぜればけっこういい味になるんじゃない?」
「いい考えジャンか!……あたし達と一緒に作らない?」
 麻美さんを誘ってみたところ結構乗り気になっている。こう言うものは一人より大勢で作るのが楽しいに決まっている。
「彼女、アヤは抹茶アイスを作ろうとしています。僕はまだ決めていないけれども、アヤが日本のもので勝負ならば僕は洋風のもののほうがいいのかな……」
 そこでローズヒップの小瓶を持っている麻美にアカツキは言った。
「薔薇の香りで作るの? なんだか豪勢なアイスになりそうだね」
 でも、花のフレバーはいいかもしれないと思った。
 ハーブの棚を見るとオレンジブロッサム、ハイビスカス、タンポポなど、色々な花が並んでいる。
 どの香りもすぐに想像することができなかったが、端のほうにある花の香りだけはすぐに想像できた。
「ジャスミン……」
 祖国でも食事の際にはよく飲まれるジャスミンティー。
 アリーが「砂糖をたっぷり入れてミルクで割ると美味しいんだよ?」と言っていたのを思い出した。
 アカツキはハーブの棚の隣にあったお茶の棚からジャスミンティーの茶葉を一掴み取り出す。
「僕は茉莉花茶(ジャスミンティー)味のアイスを作ることにします」

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