こうして色々ハプニングがありながらも二人を乗せた車は無事に水上温泉の旅館に到着し
た。久しぶりの車での遠出に友之は疲れた表情だった。
「これも日頃あまり運転しないからだよ。日ごろの出不精が祟ったのだよ」
 美佳は小声でつぶやいた。
 旅館は中規模で設備も揃っている。フロントにてチェックインをすると部屋に案内された。
 部屋も清潔で落ち着いついた雰囲気だ。窓から山並みが見える。仲居の挨拶が終わり部屋を後
にするや否や、友之はすぐさま畳に寝そべった。
 美佳は(朝からずっと車の運転していたから疲れが出たのでしょ)と思うと、早速タオルを持って
大浴場へ向かった。
 旅館の屋上にある露天風呂からの眺めは最高だった。周囲の山々が青空に映えていて景観
は絶景であった。
 久しぶりに手足を長くして入る風呂も気持ちが良かった。
 美佳は温泉を満喫して部屋に戻った。相変わらず友之は部屋でTVを見ながらごろごろしている。
(これじゃ家にいるのと同じじゃないか……)と半分あきれた。けど私のために車でここまで連れ
てくれたのだから、今日ばかりはよしとするか、と思った。
 久々のおいしい料理と心地いい湯加減の温泉に美佳はすっかり気分もリフレッシュし日頃の疲
れも癒えた。
 友之もまた料理と酒に舌鼓を打ち、温泉に気持ちよく入っていた。なんと2時間もゆっくり入ってい
たのだ。友之がこんなに長湯が好きだとは思っても見なかった。
「家の風呂じゃ落ち着かないから」との答えは少々嫌味に聞こえたが、たまに行く温泉もいいもの
だとは友之にも分かっていた。そう思うと美佳は、
「また今度の休みも温泉に行きたいな!」と尋ねた。すると友之は、
「今度は電車で行こうな」
 今日のことがだいぶダメージを負ったみたいだと感じた。
 いつもは夜更かしする二人だが、疲れが出たのか10時には床に着いたのであった。
 美佳が目を覚ますと隣で寝ているはずの友之の姿がない。眠い目をこすりながら(また風呂でも
入っているのかな?)と思うとまた夢の世界へと入って行った……。
 翌日朝起きると友之はなぜか普段着で寝ていた。(あれ、夕べ風呂に入ったのではなかったの
かな?)と懐疑に思った。温泉……歓楽街……酒……。すると美佳の脳裏に疚しい事柄が浮かび
上がった。
 美佳は寝ぼけまなこでいる友之に向かって
「夕べ温泉街に行ってきたでしょう!」
友之は「ああ、確かに夜10時過ぎに出かけた。けど美佳の思っているような所には絶対行って
いない」
(……怪しいな。きっと温泉街の中にあるバーかストリップにでも行っていたに違いない)と猜疑心
は消えなかった。
 友之は美佳の雲いきが怪しくなってきたので、自らの「無実」を確立しようと思い、慌てて自分の
ズボンのポケットから紙切れとパンフレットを出してきて美佳に見せた。
 それは居酒屋のパンフレットだった。友之が説明した。
「俺の会社で同期で入った仲間がいて、その人が2年前【一身上の理由】で会社を辞めたんだ。
3ヶ月前彼から俺宛に手紙が来て、いろいろと職を変えた末、今は群馬県水上町で居酒屋
を開いたということだ。だから久しぶりに彼に会いに行くのと飲みなおしにと、君が寝た後にその
店に顔出しに行ったんだ。そして飲みすぎたのかそのままの格好で眠ってしまったみたいだ」とい
う次第だ。
 美佳は(友之は相変わらずの無計画だな。勢いに乗って飲みつぶれて、部屋に着いたなりに眠
ってしまったのだな)と思った。
 けどこの旅行もやっぱり裏があったのだなとひしひしと感じたのであった。
まあ、旅行の中でならある程度はかまわないけど……旅の恥は掻き捨てとも言うし。
 旅館の朝は早い。ここの旅館は7時に朝食する事になっている。ふと部屋を見回してもこの客
室には時計がない。ならばTVの時刻表示はあるから……と思いTVをつけたら6時50分だ。
二人は急いで着替えて部屋を出て食堂に向かった。
 朝食はごく普通の和食だった。バイキングを期待した美佳だったが予想は外れていた。最近は
夕朝食ともにバイキングである旅館ホテルが多くなってきているが、格調ある旅館なのか、伝統的
なスタイルを守っている。
 旅館の朝食の割には珍しく山菜の和え物や川魚の甘露煮があって結構豪華だったので2人は
ある程度満足した。
 友之は本当に風呂好きなのか朝食後にも温泉に入っていった。一方美佳は客室でTVを見なが
らゆったりしていた。(まるでいつもの朝の風景と同じみたいだが……)
 けど何となく手持ち無沙汰なのだ。旅館の部屋というのはどことなく殺風景であっていい意味で
あっさりしていているので、何となく【ここに特別に居させてもらっている】という感じが強い。
しかも旅館内ではどことなく時がゆっくり流れているのである。もちろん旅館側にとっては宿
泊者にゆったりと過ごして戴く為の計らいであり心意気だという事は重々承知なのだが。
 まあ、日頃物であふれているマンション住まいの主婦だから仕方がないとい言えばそれまで
なのだが。
 友之が風呂から出たのは9時過ぎであった。たいていの人が短時間で入る朝風呂でありな
がら一時間くらい入っていたのだ。相当の温泉好きだ……美佳は思った。
(今まで何も言わなかったという事はもしかして『隠れ温泉ファン』かも……?)
 そう感じながらも友之の癒えた顔を見たのは久しぶりだった。やはり温泉はいいものだと痛
感させられた。
 美佳も客室でゆっくりとTVを見ていると本当に時間が経つのを忘れてしまいそうであった。
 しかし時が過ぎるのはどこでも同じで、あっという間にチェックアウトの時間になった。
 清算を済ますと二人は温泉旅館を後にした。
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