第 4 章 温泉旅情
5月の初旬は世間で言う【ゴールデンウイーク】という休日集合体が全国的に設定されている。も
ちろん友之の会社もこの期間は4連休だ。
山崎家は例年はこの期間は遠出もせず家でごろごろしているのだが、今年は違っていた。
4月下旬、友之が家に帰るなり、どういう風の吹き回しか、
「今年のゴールデンウイークは温泉旅行に行こう!会社の帰りに水上温泉の旅館予約をしてきた」
と言い出してきた。
不思議に思った美佳は、何か裏でもあるのではないかと疑心に思ったが、実は何でもなかった。
友之が言うには、結婚してからゴールデンウイークは「日ごろの疲れを一気に取る」とか言ってどこ
にも行かなかったが、いつまでも同じではいられない。子供ができる前にちょっとした旅行もしたい
し、子供がある程度の年になったらどこかに連れて行かないといけないし……と言う事だ。
理由を聞くと美佳は喜んだ。何しろ結婚してから新婚旅行以外の泊りの旅行にほとんど行ってい
なかったからだ。
けど、美佳が今まで際立った不平不満を言わなかったのは訳がある。それは観光地に行ってまで
人ごみの中には居たくないし、帰ってきてからの旅行疲れが何となく嫌だったからだ。
しかし3年ぶりの泊まりの旅行となると話は別であった。美佳はまるで子供のように早く旅行の日が
来ないかと心待ちにした。
5月3日の朝、山崎夫妻は玄関の鍵を閉めて車に乗り込んだ。
美佳は近場の温泉であるにもかかわらずまるで海外旅行に行くかのごとく着飾っている。
もちろん近場の旅行でも心の底から喜んでいる。
(よっぽど旅行に行くのが嬉しいのだな)友之でさえもよく分かる表情だ。
この時ばかりだと思い、運転中に小声で「……小遣い増やして」と頼んだが美佳は微笑みながら、
「また今度ね」と軽くあしらわれた。
(やはり無理だったか……敵はそんなに弱くなかったか)と友之は苦笑した。
「財務大臣はうちで一番偉いんだぞ!」美佳は自分の地位を最大限利用して、【法案】を処理した
のであった。
最初のうちは和やかな雰囲気で運転していたが、次第にその雰囲気が一気にどこかへ吹き飛んで
しまうような問題が発生した。
この車は日頃あまり運転していなくろくに点検しなかったのでガソリンが少ないままだった。首都高
速に入って暫くしてガソリンが残り少ない事に気づいたのだった。
「まったく、いつもガソリンに気配りしてなかったからでしょ!」と言われても遅い。二人はガソリン
メーターの量を不安に思いながら走り続けた。
二人を乗せた車が高速の大泉ジャンクションから関越自動車道に入ったころにはメーターが
最下部にあって給油ランプも点灯していた。
もうこれでガス欠か……と覚悟をした瞬間、三芳(みよし)パーキングエリアにガソリンスタンドがあ
るとの表示が道路脇の電光掲示板にあった。
二人はまるで砂漠の中でオアシスを発見した探検家のようにえも言わないような歓喜をあげた。
それと同時にこの車が無事にパーキングエリアに雪崩込めるようにと祈った。
何とかして車はガソリンスタンドに到着した。二人はほっと息をついた。給油して油量を計算し
たところ車の燃料タンクがほとんどない状態でここに来たみたいだ。本当に運が良かった。ただ、
エリア内のガソリンスタンドのリットル当たりの単価が高かったのが痛かった。
「ガソリン価格の差額は昼食代から取りましょう」
美佳は淡々と話した。友之は自分の不注意に反省した。
気を取り直して車は一路群馬へと向かった。
朝早く出たのにやはりゴールデンウイークだからなのか花園インターを過ぎたあたりから渋滞が
始まった。まだ午前中だからいいものの、渋滞で車が動かないのはドライバーにとってつらいもの。
折角の高速道路がこれでは【低速道路】である。同じ目的で旅行する沢山の人が限られた同じ
道路を使うのだから仕方ないといえばそうなのだが。
短気な友之はいらいらし始めたが、美佳は意外とけろっとしている。菓子を食べながらカーオー
ディオの音楽を聴いているからかもしれないが。運転しない人は気楽なものである。
突然美佳が突拍子もない事を言い出してきた。
「ここにある車が全部翼があって空を飛べればいいのに」
「いくら技術が進歩しても無理だろ」
「現実的な事はこの際無視!『夢の世界』なんだから」
「そうか……。ごめんごめん。この渋滞で少しいらいらしていたからつい真に受けてしまった」
「それは仕方がないよ。そんでもって車が全部空飛んでいれば道路に走る車がなくなって道路の
渋滞はなくなる」
「そうだろな。て言うか今ここにいる人は多分みんな同じ事考えてるだろうな」
「多分ね」と美佳は笑った。
友之は、「でも空の上でも通行規則があって、【ちゃんと一列に並んで運転しなければならない】
とかがあったら?」と変な疑問を突っかけてきた。
「やはり空の上でも交通渋滞したりして」
「そうなれば下の道走っている車が空中の渋滞見て笑って走り去るだろうな」
「そうするとまた空飛んでる車がまた地上に下りる。するとまた下で渋滞が起こる。その繰り返し」
「いたちごっこだな」
友之にとって全く他愛ない話だがイライラが何となく解消された。そうしているうちに流れはスムー
ズになってきた。渋滞は解消され二人の車は群馬県に入った。
時間も丁度昼になったので駒寄(こまよせ)パーキングエリアで車を止め、休憩と昼食にする事に
した。先のガソリンの件で【財務大臣】から支給される昼食代がかなり削減され、サービスエリアでの
レストランでの食事を予定していたが、急遽予定変更を余儀なくされ、パーキングエリアのセルフサ
ービス軽食コーナーの【空っ風ラーメン】に変更になった。けれど友之は慣れない高速の運転による
気疲れも手伝ってか、腹がすいていたのでそれでもおいしく頂いた。