その時教室に大きな声が響いた。
「お前ら、女の子にそんな事をしてど何が楽しいのか!!」大柄な男子生徒が私をいじめる生徒の
前に立ちはだかった。
「本田さんの大切な眼鏡を奪って、しかもさらし者にするとは何事だ!同じ生徒として許せない!彼
女が可哀想だとは思わないのか!眼鏡を早く返して謝りなさい!」
彼はその男子生徒が怖そうに見えたのか急に勢いを失い眼鏡を私に返すと強制的ながらも
「もうこれからはからかいません」と平謝りをした。
本当にあの時彼の一言がなかったらあのままどうすることも出来なかったはずだったわ。
「その男子生徒がひょっとしてあなたの今の旦那さん?」
美佳の質問に本田さんは照れながら頷いた。
「……だって、私のことをかばってくれたのだから……」 この話には続きがあって、あの日の放課
後、私が帰ろうしたとき彼がやってきて
『君の眼鏡を取ったときの顔は可愛いね』と一言言ったの。
確かに私はやせていて魅力的な体型でもなく、眼鏡をしていて見た目が秀才の女史風だから、た
いていの男子生徒は私を恋愛対象には思っていなかったらしいのよ。
翌日、彼は「見ての通り俺は図体(ずうたい)ばかり大きく運動だけがとりえで、おまけに君よりも頭
が悪く話もぶっきらぼう。おそらく君とは不釣合いかもしれない。けどこんな俺でよかったら付き合っ
てくれないか!」と言ったの。
その時は困っていた時にただ一人私をかばってくれたし、しかも私の事を〔かわいい〕と思ってく
れただけでもうれしいと思い、彼と付き合うことにしたの。そして紆余曲折(うよきょくせつ)の末3年後
に結婚したのよ。
ここまで話を聞いて、幸せそうに見える本田さんにも辛い過去が有ったんだな、と美佳は意外に感
じた。
美佳はふと本田さんのおばさんの顔を見つめた。すでに茶を飲み終えたおばさんはいつの間に
か眼鏡をかけている。良く見るとおばさんがかけている眼鏡の左のレンズの縁の上の部分が少し
欠けているのだ。
美佳は失礼だとは思いながらも、
「ひょっとして今かけているのがこの時の眼鏡ですか?!」と尋ねた。
するとおばさんは微笑みながら、
「そうよ。あれから何本も眼鏡は買い替えたが、この眼鏡だけは今でも手放す事が出来ないの。
外では恥ずかしくてかけないのだけど、昔も今も度がそれほど変わっていないから今ででは室内用
として使う程度なのだけど……」
美佳は「やはりそうだったんだ。思い出が詰まった眼鏡だったんだ!」と笑いながら話した。その時
本田さんは少し照れていた。けどこの眼鏡こそが二人を結びつけた唯一の証拠なのである。
そしてなかなか人には言えない話をしてくれた事、とその眼鏡を見せてくれた事に対し美佳は礼
を言い家を後にした。
【眼鏡が取り持つ恋】か。なかなかいいものだな……。
梨を隣近所に配り終え自宅に戻った美佳はふとそう思った。
それに比べて私と友之との出会いはいたって平凡だったな……と思ったりもした。まあそれでも友
之と一緒に暮らして幸せなので別にいいのでは有るが。
これ以来美佳は504号室の本田さんのおばさんをちょっとうらやましく思った。もちろん「お気に入
り」の眼鏡の事も……
【続く】