今気がついたのだが、遠吠えとともに何かを発射する音も時々聞こえる。けど鉄砲でも銃でもな
い。何か機械的な発射音みたいだ。
 ボクは少し怖くなってきた。けれど、(たかが鳴き声だ)と思い、もう少し奥に進んでいく事にした。
 最初にもらった地図では、位置から判断して確かこの先に進むと【彫刻広場】という所につながっ
ているみたいなので、遠吠えにいくらか驚きながらもボクは進んだ。
 しかし、行けども行けども彫刻広場には着かない。むしろその逆でどんどん森が深くなっていく。
 ボクは今、森の中を探検するという事と、遠吠えを主を探す事に気持ちが固まってしまっているの
で、ここから引き返すという行動はその時は考えすらもなかった。
(あれ……おかしいな……)ボクは不思議に思ってもう一度ポケットの中から半分くしゃくしゃになり
かけていた園内地図を取り出して広げて見た。ボクが今いるであろう所がちょうど折り畳んだしわ
になっていて分かりにくかったが、確かにボクが自転車を降りた所から道なき道を直線に進むと彫
刻広場に抜けられる筈だ。
(もしかしたら道を間違えたかな?)と心配した矢先、ボクはおぼろげながらも森の奥で一箇所が
光り輝いている所を見つけた。
「やっと出られる!」ボクは今までの不安な気持ちが一気に吹き飛び、とりあえずほっとした。

 その【光】の先は、ボクが予想していた彫刻広場ではなかった。
 もちろん前行った遠足の時には彫刻広場には行かなかったので明確には分からない。
 しわくちゃになった園内地図の裏面を見ても彫刻広場についての写真は載っていない。
 けど何かが違う。彫刻広場という名前なのだから、どこかに彫刻のオブジェのような物があって
普通である。以前TVのコマーシャルか何かで見た【箱根彫刻の森】の様に色々な彫刻が広場に
置いてあっていい筈だ。
 ただ何もない広い広い野原。透き通った青空が広がっている。地平線の果てまで何もない野原
なのだ。
 今まで時折聞こえていた犬の遠吠えはすっかり消え、鳥のさえずりがわずかに聞こえる程度で
あった。
 この景色から考えて、少し前に見たTV番組の内容を思い出した。もしかしてここは、死後の世界
の入り口にあるらしいいわゆるお花畑?と思った。けどボクは生きている。腕をつねっても痛いと
感じるし、心臓も脳も呼吸も正常に動いている。ボクは死んでいない。
(とするとここは一体どこだ??)
 ボクは冷静になって考えて(森林公園内にこんな所ってあったっけ?)と不思議に思った。
 少し考えた後(もしかしたらここは新しく公園を作っている場所なのか?!ボクは道を間違えて、
森林公園内で工事中の広場に紛れ込んだんだ)という事を考えた。
 けどこの考えも何か違うかもしれない。
(埼玉県にこんな広い空間ってあったっけ?車で森林公園に来た時も、周辺は住宅地や田畑ば
かりでこんなに大きな野原はなかったはずだ)そう考えると少し心配になってきた。
(ここは本当にどこなんだろう???)ボクはだんだん心細くなってきた。
(変なところに迷い込んでしまった。一体ここはどこなんだ!そして元に帰れるのか!?)
 もしかしたらボクは日本ではない変な空間をさまよってしまったのではないか!とも思ってしまう
のであった。事実ボクがここにいる以上空想上の出来事と片付くわけでもなく、実際の出来事とし
て考えなければいけない。たとえそれが夢でも幻でも……。
 そうなってしまうと、今まで自分がしてしまった行動を悔やむしかなかった。
(つまらない事で森の中に入らなければよかった……)
 ボクはパパとママに会えなくなるかもしれない心細さと自分のしてしまった軽はずみな行動に悔
やんで、思わず涙がこぼれてしまった。

 すると、どこからか人の声がしてきた。
「キミは誰?」との女の子のようなかわいい声。
 ボクは振りむいた。しかし、そこには人間は立っていなかった。人間ではない小さい生き物が空
中に浮かんでいる。
 天使?いや違う。羽は生えているものの、天使ならあるべき頭の上のリングが浮かんでいない。
 するとひょっとして……エルフ??
 エルフはファンタジー系のコミックやTVゲームにもよく登場する妖精の一種である。空想世界に
は定番になっている架空の生物だが、なぜ日本の埼玉県に居るんだ??
 すると、「私は妖精のアニー。よろしくね。君の名前は?」と、またかわいい声がした。一応人間
の言葉を理解し、日本語を発することができるらしい。
「キミはやはりエルフなんだね。ボクの名前は原田翼、10歳。ツバサって呼んで」
 するとアニーは、「ツバサ君だね。わかった。けど10歳でエルフを知っているとはすごいね」
「だってエルフはマンガやゲームにもよく出てくるから知っているし、ボクのパパが乗っているトラ
ックは【エルフ】って言うんだ。だからエルフと言う言葉を覚えたんだ!」とボクは自慢げに答えた。
 アニーは【トラック】と言う単語が初めて聞く単語らしくきょとんとしている。
 「ところで一体ここはどこなの?」とボクは尋ねた。
 するとアニーは「ここは動物とエルフがともに仲良く暮らす国。あなたのような人間が来る所では
ありません」と半ば冷めた口調で答えた。
「けど、ボクは好きでここに来たわけではない。森林公園の中で迷っているうちにここにたどり着
いたんだ!」と必死に訴えた。
 アニーはボクの言っている事が判ったみたいで、
「なるほど、キミも森林公園から来たのですね。最近森林公園から来る人が増えて、私も何人か
送り返しているのよ」
 ボクは、(今までに何人もの人間がここに迷ってきたんだ)と思った。するとボクも元の森林公園
に返してくれるんだな、と読み取った。
 さらに「私のような子供のエルフは、まだ動物たちを捕獲する事ができないから、この世界に迷
い込んだ人間を元の世界に連れ戻す仕事を任されてるの」
と話してくれた。
 エルフたちは、地球上の各地で人間の開発によって住みかを追われている動物たちを住みよい
世界に送ってあげる為、時々人間界にやってきて罪のない動物を移送しているらしい。
 しかし、エルフ用の出入り口は一箇所開けたままになっている事から時々人間が迷い込んでしま
うという。エルフの世界は技術力が弱いから異なった空間同士をくっつける事しかできないらしい。
 その為薄暗い森の中では【明るい光】としてこの世界の存在が分かってしまうので、ボクのように
好奇心旺盛な子供たちが時々迷い込んでしまうらしい。
 エルフも真夏の暑い盛りには人間は来ないと思っていたのだが、ボクのような元気でやんちゃな
子供が外で遊んでいる事が出来る【夏休み】が人間世界にあると言う事は想定外だったらしい。
「けど、せっかくここに来たのも何かの縁だから」とアニーは言うと、突然アニーの持っている赤く輝
く小さな羽で大空に大きな丸を描いた。
 空に描いた丸は大きなプレート状のものになり地面に落ちた。
「この羽はね、空に書いた物が何でも本物になる不思議な羽だよ。私たちエルフしか使えない道
具なの」とボクに教えてくれた。
 地面に落ちているプレートの上で浮かぶアニーは、「ツバサ君、この上に乗って」アニーはボクに
向かって言った。
 ボクが乗ると、何でもないプレートがふんわりと浮かび上がった。ボクはプレートが突然浮かび上
がった為一瞬驚いたが、次第にスピードに慣れていった。
 プレートは上空数百メートルの所で静かに止まった。
 そこは家も道路も線路も全くない、日本とは別の世界であった。ただあるのは野原と森と川と、そ
して空だけだ。
 アニーがボクの肩に止まり、こう話した。
「ここは昔(いにしえ)の国。自然がいっぱいで人間が手を加えていない頃の世界よ」
 そう言うとボクを乗せたプレートはゆっくり下降した。
(本当はもっとゆっくり景色を眺めたかったけど……)ボクが地面に降りるとプレートは消えた。