真夏の昼の夢 (「覆面作家企画3」参加作品)

 この話は、ボクが10歳のとき、夏休みになったばかりの日曜日にパパとママとボクで、埼玉に
ある森林公園に車で遊びに行ったときの出来事なんだ。
 久しぶりの家族でドライブに行くと言う事で、ボクは朝からうきうきわくわくしていた。
 ボクは、パパの車に乗って色々な所にドライブに行くのは小さい頃から好きだった。
 パパはトラックの運転手をしているので運転は上手だし、時々仕事で使っているトラックにも乗
せてくれた。
 けどボクが小学校に上がってからは、パパの仕事が忙しくなって、休みの日も時々しか車でド
ライブはしてくれなかった。
 いつもボクが休みの日にパパに、
「どこかに連れてってよ!」とせがんでも、
「仕事で疲れているからまた今度な」としか答えてくれない。
 けど、今回は違った。
 それは、八月に入ってすぐだった。土曜日の夕飯時に、
「明日はみんなで森林公園に行こう。サイクリングでもいいし、プールでもいいし、野原でバドミン
トンでもいい」
 森林公園は小学二年の時に学校遠足で行ったが、広くて一日では回りきれなかった。だからま
た行けると言う事でボクは嬉しかった。
 ボクの家は群馬県という所にあるので、埼玉の森林公園は車で一時間あれば着く。確か遠足
の時も学校からバスで一時間位で着いた記憶がある。
「出発進行!」
 ボクはパパの車でドライブに行く時、決まってこの一言を言わないと気が済まない。パパが会社
のトラックで運転する時、安全確認の為に必ず最初に言う言葉であるが、僕もこれをまねをしてい
るのだ。
 ボクたちを乗せた車は森林公園に向かって出発した。橋を越え、田園地帯を抜け、車は快調に
走っていった。
「もうすぐ森林公園に着くよ」とパパの声。
 確かに道路の看板では森林公園はすぐ先と書いているが、辺りは森林どころか、すっかり整地
されていて道路沿いには住宅や店が点在している。
(遠足で行った時は、こんなではなかった様な気がする……)通っている道が違うのか、それとも
あれから付近の宅地開発が進んだのか、ボクが遠足で行った頃は、もう少し沿道の木々や緑が
多かったような気がする。
 するとどこからか犬の遠吠えのような声がしているのに気づいた。何かに追われているような、
どこか物悲しい遠吠えかのようにボクの耳には聞こえてくる。
 やがて車は森林公園の駐車場に着いた。結構広い駐車場で、駅から出ている路線バスも止ま
っていた。駅から近いので、駅からレンタサイクルに乗ってここに来る人もいる。
 夏休み期間中なので、結構たくさんの家族連れの人が森林公園に遊びに来ている。
 ボクは犬の遠吠えの事はすっかり忘れて、森林公園内に入った。
 園内に入ると、森林公園という名前のとおり、一帯が森に囲まれている雰囲気であった。けど本
当の森林ではなく公園であるので、入園客の為に所々整備はされているが、手付かずの自然が
園内のあちこちに残っている。
 ボクは入り口でもらった園内の地図を見ながら(さあ、今日はどこに行って遊ぼうか?)とあれこ
れ考えていると、パパは、
「みんなでサイクリングをしようか?」と言った。
 ボクもママも賛成した。さすがはパパである。
 レンタサイクルセンターで自転車を借りると、早速園内サイクリングを始めた。
 真夏の太陽がボクたちを照らしている。しばらくすると心地よい汗が流れてくる。自転車で風を
切るのもすがすがしい。
 一家はサイクリングロードの脇にある東屋(あずまや)で休憩を取った。東屋の辺りには公衆ト
イレや水飲み場や自動販売機もあり、サイクリングの疲れを取る所として整備されている。
 トイレや自動販売機がある以上、どこからか電気や水道をここまで引っ張っているに違いない。
 パパは、「せっかくの森林なんだから無理にこう言った物を設置しなくてもいいのに。東屋だけ
でもあれば十分なのに……」
 そうつぶやくのも理由がある。実はボクのパパは自然環境について興味があり、時々ボクに
地球環境について簡単に教えてくれる。
 はっきり言って小学生のボクには少し難しくて解からないのだが、環境を破壊してはいけない
という事は何となく分かる。
 ボクは家から持ってきた水筒のお茶を飲みながら、
「午後から一人でその辺を一周してきてもいい?」と聞いた。
 パパは、「広いから迷子になるなよ。もし迷ったらその辺の人に『南口はどこですか?』と訊く
んだよ」と答えた。
 たまの家族サービスということでパパもあまり怒らない。
 日陰になっていて涼しい風が入ってくる東屋で一休みしたので今までの汗と疲れが吹き飛ん
だ感じだ。
 ボクが森の中を自転車で走っていると、また犬の遠吠えのような声がしてきた。やはり森林公
園のどこからかで鳴いているみたいだ。
 まあ、人を襲わないみたいだし怖いものではないと思ったのでそのまま走り続けた。
 休憩して再び走り始めからて三十分後、木々に囲まれていて薄暗かったサイクリング道路に急
に広い空が広がった。【わんぱく広場】という名前の広い遊び場に出た。
 そこにはアスレチックあり水遊び場ありの、まさに子供の為の広場だ。
 ボクも久しぶりに広場を駆けたりアスレチックに挑戦したりした。
 楽しい時間はあっという間に過ぎ、気がついたらもうお昼だ。広場の隣にあるベンチで、ママが
作ってくれたおにぎりと、水筒のお茶を飲んだ。大空の下で食べる手作りおにぎりはとてもおいし
かった。学校の給食もおいしいが、たまにはこういう食事もいい。
 パパとママはすっかり疲れた様子だが、ボクはまだまだへっちゃら!
 午後からまたサイクリングをしよう!と張り切った。
「パパとママはこの広場で休んでいるから、その辺で遊んできなさい。この公園は夕方五時で閉
まってしまうから、必ず五時までには南口に帰るんだよ」との言葉を残し、ボクは再びサイクリング
を始めた。
 一人で悠々と自転車がこげるのは本当に嬉しい。いつもはママと買い物に近所のスーパーまで
自転車で行く事もあるが、住宅地なので車の通行が激しく、安全の為いつもゆっくりとしか走らせ
てくれない。ここは車もトラックも走ってない専用のサイクリングコースだから気兼ねなく走れる。
 林の中の道を自転車で進むと、またどこからか犬の遠吠えが聞こえてきた。今度は今までのよ
りも格段にはっきり聞こえる。もしかしてこの辺りにいるのかもしれない?と思った。
 ボクは思い切ってサイクリングコースを外れ、林の中に入っていった。
 林の中に、獣道(けものみち)みたいな草を掻き分けたような道があったので、少しは自転車
に乗って林の中に入っていけたが、しばらく進むと小川の流れで道が遮ぎられていた。
(どうしよう……)ボクは考えた。どうせ遠吠えの主が野良犬なら別に怖くないし、ここから逃げれ
ば済む事だ。またこんな森林公園にオオカミやヒョウがいるわけがない。
(とりあえずは安心かな?)ボクは決意した。ボクにとっては森林公園に着く前から時々鳴いてい
た遠吠えの主さえ解かれば気が済む事なのだ。たとえ正体が何であろうとかまわない。ボクにと
ってはなぜか物悲しく聞こえてくる動物が何なのかが分かればそれでいい。
 ボクは小川の脇に自転車を置いて、靴が濡れる事を覚悟で小川の中に足を入れた。この暑さ
だから水に濡れてもすぐに乾くだろう。
 小川が浅く流れが緩やかなので楽に渡れた。小川を越えた先はさらに深い森になっている。一
応辺りを見回したが、【立入禁止】の看板はどこにもない。
「行こう!」
ボクはまるで冒険家になったかの様に張り切って森の奥へと進んだ。
 森の中は光があまり入らなく、うっそうと茂っている。犬の遠吠えは森の中であちこちから聞こえ
てきた。森の中で反響しあい不気味なうなり声にも聞こえる。