草原を歩きながらアニーは、
「キミがさっきまで居た森林公園周辺は、大昔は豊かな自然あふれる丘陵地帯であった。やがて
人間が住むようになり、町ができるようになった。20世紀になると鉄道や道路が整備され、首都・
東京に近いという理由で公園の周りはどんどん宅地や工場が建設していった。土地の開発を食
い止める事は私たちの力ではどうする事もできないが、せめてそこに住む罪のない生き物だけ
は救いたい、と思ったのが始まりなのよ」
ボクはアニーの話をじっと聞いていた。
「すると、さっきまで森林公園で聞こえていた犬の遠吠えは?」ボクは質問した。アニーは間髪を
入れず答えた。
「この森に住む野犬の声の事ね。昔、心無い人がこの辺りに飼っていた犬を捨てていって、野良
犬になってしまったのを、私たちが一匹ずつ捕獲してこの国に送っているの。もちろん生きたまま
連れて行くことができないから、エルフの力で麻痺させてから連れて行っているの」
「『麻痺させてから』とは?」アニーが言う難しい言葉にボクは質問した。
アニーは持っている羽でまた空に絵を描いた。長い棒のようなものを書くと、それは細長い銃に
なり音を立てて地面に落ちた。
「これを使って生き物に向かって銃を放つの。うまく命中すると生き物は眠った状態になるので、
眠っているうちにこちらに送っているのよ。まあ、私にはまだ使いこなせないけど」
ボクは納得した。エルフたちが生き物を守る為に活動しているので、森であのような遠吠えがし
きりに聞こえたのである。
すると、アニーは少し寂しい顔つきになって、
「残念だけど一度破壊した自然は再び戻す事はできない。だからといって開発が全ていけないと
いう事ではない。日本でも、ここの森林公園のように自然を残している地域もあるし昔からの景
色を残している山村もたくさん残っている。だからこそツバサ君のような子供に自然の素晴らしさ
を教えようと思ってここに誘った(いざなった)のかもしれないね」と語ってくれた。
午前中パパも環境について少し話してくれたが、また環境の話か、とボクは少し不機嫌になった。
するとアニーは羽で大きな鳥を描いた。
真っ赤な大きな鳥がボクの目の前に現れると、ボクは「アニーってすごいね。キミの羽で描いた
物が実際に色々な物になっていくとは!」と誉めてあげた。
アニーが描いた大きな鳥は、大きな羽で大空に飛び立とうとしている。
「鳥の背中に乗って!大丈夫、怖くないから!」アニーの声が弾んだ。
ボクが鳥の背中に恐る恐る乗ると鳥はゆっくりと羽ばたき始め大空を飛んだ。草原から森へと
景色が移って行く。どこまで行っても雲ひとつない青い空と豊かな自然が広がっている。
眼下では沢山の動物がのんびり暮らしている。その一方で動物たちの熾烈な争いも起きている。
「弱肉強食の動物たちの世界。地球では大昔から繰り広げてきたごくごく当たり前の風景なのよ」
「そうかー。動物も生きていくには他の動物を殺さないといけないんだよね」
「動物界では当たり前の光景が、ここだけでしか見られなくなってしまわないように、ね」
ボクは鳥の背中から見た風景こそが自然そのものであると感じた。いつものんびりと暮らしてい
るように見える動物たちも、実はこうして敵と戦いながら生きていているんだ、と改めて感じた。
学校では教えてくれない事をアニーから教えてもらったような感じであった。
ボクはすっかり時を忘れて不思議な世界で楽しんだ。
鳥の背から降り、再び地上に降り立った。鳥はそのまま大空へ飛び立った。
今度はアニーは大空に花の絵を描いた。描いた花はそのまま地面に植わり、見る見るうちに一
本の花がどんどん増えて辺り一面が一瞬にして花畑になった。
アニーが雲の絵を描くと雲は次々と空に浮かんでいった。
ボクは花畑の中で、流れていく雲や鳥を眺めていた。マンガやゲームも楽しいが何もしないで
ぼんやりとすごすのもたまにはいいなと感じた。
アニーもボクとすっかり仲良くなった。子供のエルフとしてはなかなか物知りで、ボクの知らない
色々な話をしてくれた。
この世界にも時間の概念が存在するのか、太陽が西に傾き始めていた。
突然ボクははっとした。
(早くこの世界から帰らなくちゃ!)
時間がたつのを忘れて遊んでいたのでついうっかりしてしまった。
ボクの行動を察したのか、アニーは空に大きな木の絵を描いた。木は次々と増え、森に変わって
行った。まるでボクがこの世界にたどり着く前に居たうっそうと茂っていた森林のようであった。
「アニー、これは何?」と聞くと、
「この森の道を抜けるとツバサ君がさっきまで居た森林公園に戻れるよ」
「ありがとう!」僕は喜びながらアニーに礼を言った。
すると、アニーは真剣な顔つきでこう言った。
「この森を抜ける時、絶対に後ろを振り向かないで。振り向いたら二度と今まで居た世界には戻れ
なくなるの」
「なぜ?」ボクは質問した。
「ここは、もともと動物とエルフだけの世界。入ってはいけない人間が入ったからにはそれなりの
罰を受けなければいけません」
最後にアニーは満面の笑みを浮かべて言った。「今日はここに来てくれてありがとう。キミたち
人間がもっと自然と共存できる日が早く来ることを願っているよ。さようなら」
ボクもアニーに「楽しかったよ。またいつか遊ぼうね」と言うと森の中に入った。
暗い森の中を進むと突然アニーの声が聞こえなくなった。
ボクは思わず振り向こうとした。しかしそれはためらった。(生きて日本に帰りたい)との思いでい
っぱいだからだ。
ふと気がつくとボクは小川の前にたどり着いていた。小川の向こうには自転車が止まっている。
ボクは(帰れたんだ!!)と喜んだ。それと同時におなかが減ってきた。そう言えばあの世界で
遊ぶのに夢中になって、何も食べたり飲んだりしていなかったのだ。
ボクは自転車に乗り、ポケットの中に持っていた地図を見ながらパパとママの居る南口まで急
いだ。時折曲がり角に設置してあった案内板を見ながら、南口までの近道を通っていった。
ボクは何とか南口にたどり着いた。ゲートの近くにあった時計は4時半を回っていた。
ゲート付近にあるみやげ物店の入り口でパパとママがボクの帰りを待っていた。
ボクを見るなり「遅かったね。どこに行っていたの?」とパパ。
「サイクリングをしてきたんだよ」とボクの一言。もちろんあの世界に行ったこともエルフのアニー
に会ったことも内緒。
ボクの背中を見て、ママは、
「あれ、こんな所に鳥の羽と花びらが……」
ボクは(やばい!)と思い、半分しどろもどろになりながら、
「サイクリングロードの途中で芝生があったから、そこに寝そべっていたんだ。その時にくっつい
てしまったのかも」と答えた。ママも納得したみたいだ。
けどボクにとっては、この羽と花びらは、【あっちの世界に行った証拠】としてボクの宝物にしよう
と決心した。
ママがレンタサイクルの使用料金を払いに行っているうちに、パパはボクに缶ジュースを買って
もらった。のどがからからになっていたボクはそれを一気に飲んだ。ごく普通のジュースなのだが、
今までに一番おいしい飲み物のような気がした。のどが渇いているのと、不思議な世界の【冒険】
から元の世界に戻れてほっとしたことがあるみたいだ。
「さあ、お家に帰ろう!」
一家は森林公園を出て、駐車場に向かった。閉園時刻が近いからか、止まっている車は少なか
った。パパが「出発進行!」と言うと車は一路ボクの家に向かった。
車の窓から後ろを見た。さっきまで居た森林公園がだんだんと小さくなってくる。ボクが大人にな
っても、この森林公園が緑に囲まれた自然をずっとずっと残してほしいと思った。
そして帰りの車の中で、花びらと鳥の羽を見ながら小さい声でつぶやいた。
「またアニーに会いたいな」
【完】
参考資料:子供と出かける埼玉遊び場ガイド(メイツ出版)
作品の舞台:国営公園武蔵丘陵森林公園(埼玉県滑川町) http://www.shinrin-koen.go.jp/
「キミがさっきまで居た森林公園周辺は、大昔は豊かな自然あふれる丘陵地帯であった。やがて
人間が住むようになり、町ができるようになった。20世紀になると鉄道や道路が整備され、首都・
東京に近いという理由で公園の周りはどんどん宅地や工場が建設していった。土地の開発を食
い止める事は私たちの力ではどうする事もできないが、せめてそこに住む罪のない生き物だけ
は救いたい、と思ったのが始まりなのよ」
ボクはアニーの話をじっと聞いていた。
「すると、さっきまで森林公園で聞こえていた犬の遠吠えは?」ボクは質問した。アニーは間髪を
入れず答えた。
「この森に住む野犬の声の事ね。昔、心無い人がこの辺りに飼っていた犬を捨てていって、野良
犬になってしまったのを、私たちが一匹ずつ捕獲してこの国に送っているの。もちろん生きたまま
連れて行くことができないから、エルフの力で麻痺させてから連れて行っているの」
「『麻痺させてから』とは?」アニーが言う難しい言葉にボクは質問した。
アニーは持っている羽でまた空に絵を描いた。長い棒のようなものを書くと、それは細長い銃に
なり音を立てて地面に落ちた。
「これを使って生き物に向かって銃を放つの。うまく命中すると生き物は眠った状態になるので、
眠っているうちにこちらに送っているのよ。まあ、私にはまだ使いこなせないけど」
ボクは納得した。エルフたちが生き物を守る為に活動しているので、森であのような遠吠えがし
きりに聞こえたのである。
すると、アニーは少し寂しい顔つきになって、
「残念だけど一度破壊した自然は再び戻す事はできない。だからといって開発が全ていけないと
いう事ではない。日本でも、ここの森林公園のように自然を残している地域もあるし昔からの景
色を残している山村もたくさん残っている。だからこそツバサ君のような子供に自然の素晴らしさ
を教えようと思ってここに誘った(いざなった)のかもしれないね」と語ってくれた。
午前中パパも環境について少し話してくれたが、また環境の話か、とボクは少し不機嫌になった。
するとアニーは羽で大きな鳥を描いた。
真っ赤な大きな鳥がボクの目の前に現れると、ボクは「アニーってすごいね。キミの羽で描いた
物が実際に色々な物になっていくとは!」と誉めてあげた。
アニーが描いた大きな鳥は、大きな羽で大空に飛び立とうとしている。
「鳥の背中に乗って!大丈夫、怖くないから!」アニーの声が弾んだ。
ボクが鳥の背中に恐る恐る乗ると鳥はゆっくりと羽ばたき始め大空を飛んだ。草原から森へと
景色が移って行く。どこまで行っても雲ひとつない青い空と豊かな自然が広がっている。
眼下では沢山の動物がのんびり暮らしている。その一方で動物たちの熾烈な争いも起きている。
「弱肉強食の動物たちの世界。地球では大昔から繰り広げてきたごくごく当たり前の風景なのよ」
「そうかー。動物も生きていくには他の動物を殺さないといけないんだよね」
「動物界では当たり前の光景が、ここだけでしか見られなくなってしまわないように、ね」
ボクは鳥の背中から見た風景こそが自然そのものであると感じた。いつものんびりと暮らしてい
るように見える動物たちも、実はこうして敵と戦いながら生きていているんだ、と改めて感じた。
学校では教えてくれない事をアニーから教えてもらったような感じであった。
ボクはすっかり時を忘れて不思議な世界で楽しんだ。
鳥の背から降り、再び地上に降り立った。鳥はそのまま大空へ飛び立った。
今度はアニーは大空に花の絵を描いた。描いた花はそのまま地面に植わり、見る見るうちに一
本の花がどんどん増えて辺り一面が一瞬にして花畑になった。
アニーが雲の絵を描くと雲は次々と空に浮かんでいった。
ボクは花畑の中で、流れていく雲や鳥を眺めていた。マンガやゲームも楽しいが何もしないで
ぼんやりとすごすのもたまにはいいなと感じた。
アニーもボクとすっかり仲良くなった。子供のエルフとしてはなかなか物知りで、ボクの知らない
色々な話をしてくれた。
この世界にも時間の概念が存在するのか、太陽が西に傾き始めていた。
突然ボクははっとした。
(早くこの世界から帰らなくちゃ!)
時間がたつのを忘れて遊んでいたのでついうっかりしてしまった。
ボクの行動を察したのか、アニーは空に大きな木の絵を描いた。木は次々と増え、森に変わって
行った。まるでボクがこの世界にたどり着く前に居たうっそうと茂っていた森林のようであった。
「アニー、これは何?」と聞くと、
「この森の道を抜けるとツバサ君がさっきまで居た森林公園に戻れるよ」
「ありがとう!」僕は喜びながらアニーに礼を言った。
すると、アニーは真剣な顔つきでこう言った。
「この森を抜ける時、絶対に後ろを振り向かないで。振り向いたら二度と今まで居た世界には戻れ
なくなるの」
「なぜ?」ボクは質問した。
「ここは、もともと動物とエルフだけの世界。入ってはいけない人間が入ったからにはそれなりの
罰を受けなければいけません」
最後にアニーは満面の笑みを浮かべて言った。「今日はここに来てくれてありがとう。キミたち
人間がもっと自然と共存できる日が早く来ることを願っているよ。さようなら」
ボクもアニーに「楽しかったよ。またいつか遊ぼうね」と言うと森の中に入った。
暗い森の中を進むと突然アニーの声が聞こえなくなった。
ボクは思わず振り向こうとした。しかしそれはためらった。(生きて日本に帰りたい)との思いでい
っぱいだからだ。
ふと気がつくとボクは小川の前にたどり着いていた。小川の向こうには自転車が止まっている。
ボクは(帰れたんだ!!)と喜んだ。それと同時におなかが減ってきた。そう言えばあの世界で
遊ぶのに夢中になって、何も食べたり飲んだりしていなかったのだ。
ボクは自転車に乗り、ポケットの中に持っていた地図を見ながらパパとママの居る南口まで急
いだ。時折曲がり角に設置してあった案内板を見ながら、南口までの近道を通っていった。
ボクは何とか南口にたどり着いた。ゲートの近くにあった時計は4時半を回っていた。
ゲート付近にあるみやげ物店の入り口でパパとママがボクの帰りを待っていた。
ボクを見るなり「遅かったね。どこに行っていたの?」とパパ。
「サイクリングをしてきたんだよ」とボクの一言。もちろんあの世界に行ったこともエルフのアニー
に会ったことも内緒。
ボクの背中を見て、ママは、
「あれ、こんな所に鳥の羽と花びらが……」
ボクは(やばい!)と思い、半分しどろもどろになりながら、
「サイクリングロードの途中で芝生があったから、そこに寝そべっていたんだ。その時にくっつい
てしまったのかも」と答えた。ママも納得したみたいだ。
けどボクにとっては、この羽と花びらは、【あっちの世界に行った証拠】としてボクの宝物にしよう
と決心した。
ママがレンタサイクルの使用料金を払いに行っているうちに、パパはボクに缶ジュースを買って
もらった。のどがからからになっていたボクはそれを一気に飲んだ。ごく普通のジュースなのだが、
今までに一番おいしい飲み物のような気がした。のどが渇いているのと、不思議な世界の【冒険】
から元の世界に戻れてほっとしたことがあるみたいだ。
「さあ、お家に帰ろう!」
一家は森林公園を出て、駐車場に向かった。閉園時刻が近いからか、止まっている車は少なか
った。パパが「出発進行!」と言うと車は一路ボクの家に向かった。
車の窓から後ろを見た。さっきまで居た森林公園がだんだんと小さくなってくる。ボクが大人にな
っても、この森林公園が緑に囲まれた自然をずっとずっと残してほしいと思った。
そして帰りの車の中で、花びらと鳥の羽を見ながら小さい声でつぶやいた。
「またアニーに会いたいな」
【完】
参考資料:子供と出かける埼玉遊び場ガイド(メイツ出版)
作品の舞台:国営公園武蔵丘陵森林公園(埼玉県滑川町) http://www.shinrin-koen.go.jp/