桜沢は完全に職員の話術に丸め込まれているな、と思いながらも3階へと上った。
何となく階段を上るのが嫌になってきた。まるで建物のワンフロアが【試練の間】に感じるように
なって来た。まるでテレビゲームでの主人公になったかのようである。
3階に着いた。今までとは2倍くらいの大きさの室内の入り口に【申請所】と書かれた窓口があっ
た。ここまで来ると半分慣れっこになってしまった桜沢は、
「ここは何をする所なのですか?」と尋ねた。
受付にいる30代の女性の係員はこう答えた。
「ここでお客様は当組合の料理を本当に食べると言う宣言を行います。この宣言が承認されると、
これ以降は万一お客様のご都合で当組合が供する料理の飲食を取り消される場合は解約金が
発生し、諸々込みで参萬円かかりますのでご了承下さい」
(料理食べるのになぜ契約???)一般世間では全く理不尽なのだがこの建物の中では邪(よこ
しま)とされる考えが桜沢の脳裏を駆け巡った。
この発言が無意味である事を承知で、
「なぜ食事を食べるだけなのに契約なんかをわざわざするのですか?」と質問した。
係員はまるで文章を暗誦するかの如く、
「お客様が当組合の料理を食べて万が一お口に合わなくても当組合は一切の責任を負いません
と言う事を誓約書という形で明言化させて頂きます。以前お客様が、『料理の味が不満なので代
金を返せ』と言う内容の抗議を起こし、裁判まで進んだ例が過去に14件ほどありましたが、全て
の審理でこの誓約書が有効な証拠となり全て当協会が勝訴しました。誓約書は公式な文書であ
り、私どもで3年間厳重に保管されます」と流暢な口調で説明した。
半分嫌気がさしてきたが、美食家の名にかけてここまで来ていまさら引き下がる事もできない
と思い、桜沢はとりあえず了承した。
係員は早速誓約書に一階の受付から上がってきた桜沢の個人データを記入すると、
「ではこちらの欄に実印で捺印(なついん)をお願いします」との妙にはきはきとした声。
(料理食べるのに実印!?)完全に理不尽な気持ちになり、驚きすらも失せてしまった。本当にこ
の建物内で起きている事は現実に即しているのか?との疑問もだんだん野暮になりつつあった。
「実印は用意してません」と答えると、係員は「ならば拇印(ぼいん)で結構です。ただしその場合
お客様が市役所に届出されている印鑑登録を確認する諸費用として五百円が追加となります」係
員の笑みがこぼれる。
(はいはい、いいですよ。もう何でも出て来やがれ!!)桜沢は怒りを抑えながらも了解した。
そして数分後滞りなく誓約書が完成した。
「用紙代と作成料と実印手数料込みで参千円になります」係員の声が異様に明るかった。
(まあこの内容なら妥当な金額だろう)と思い桜沢は五千円札を手渡した。
すると係員はお釣りと誓約書のコピーを渡した。そこにはA4の紙にびっしりと誓約書の文言が
書かれていた。所々桜沢が関心ある箇所があったので目を凝らして見てみると、
【この店の内容を文書叙述および電子媒体等に記録記載する事を禁ず。もし規約を遵守(じゅん
しゅ)しない場合相応の処置を取る】との記載。
その項目を見た途端桜沢は嫌な予感になった。
(だからどんな評も掲示板に載ってなかったのか……)良い評価も悪い評価もこの店に関する事は
公表してはいけないのだ。これによって彼の不安要因がますます増えていったのであった。
最後に桜沢は、
「こんなに手続きが煩雑なのはなぜ?もっと簡単にできないのでしょうか?」と尋ねた。
係員は「全てお役所仕事の悪い所がそのまま引き継がれました。さらに民間企業のご都合主義
も追加され今の形になりました。制度の変更は今の時点では未定です」とのあっさりとした答え。
「この次は4階にい行けばいいのですね?」と桜沢が言うと係員は無言で首を横に振った。……か
なり嫌な予感がする。
「とすると今度はどこに行くのですか?」桜沢は尋ねた。
係員は住宅地図を広げ、「このビルを出て徒歩10分の所にある浅草支部に行って下さい。この
誓約書を正式に受理してもらウ必要があります。この建物では昨年まで4階で受理できたのです
が、4階の改装により移転を余儀なくされました。お手数ですが浅草支部に行って下さい。ちなみ
にここの営業時間は午後2時までとなっています。それ以降を過ぎると如何なる理由であっても食
事をする事ができませんし払い戻しも出来ません。予めご了承下さい」
桜沢は唖然とした。今すぐに浅草まで行かなければならない。しかも書類を受理してもらうだけ
で。しかも制限時間を守らないと食事すらも出来ないとは!本当に嫌になってきた。
けどもう乗りかかった船。ここでリタイアしたら男も廃ると思い、桜沢は地図の書かれたメモ用紙
をもらい時計の針を気にしつつも浅草に向かった。
ビルを出て浅草方面に進んだ。東京都内はあちこち行っているので浅草もたいていは知ってい
る。浅草寺の裏にある細い路地に【東京創作料理組合浅草支部】と書かれている小さいビルを発
見した。中に入ると意図的なのか上野にある建物と同じ様なつくりになっている。
1階の受付で係員に名前を告げた。係員は本部から送られてきた書類に一通り目を通すと、
「千葉県市川市在住、40歳、独身、平社員の桜沢真広様!」と大声を上げた。
(何だよ、個人情報丸出しじゃないか!何が『個人データは厳重に取り扱います』だよ!全然言って
いる事とやっている事が違うじゃないか!!)桜沢は完全に憤慨し落胆した。
更に係員はこう言った。「誓約書の申請は2階の誓約室で行われます。専門の係員を呼び出し
ますので開催まで若干時間を要します。2階の待合室でしばらくお待ちください」
桜沢は階段を上り、突き当りの部屋にある【誓約待合室】に向かった。
まるで病院の待合室のような薄暗く冷たい室内で自分の名前を呼び出されるまで待った。こう
いう時間は恐ろしく早く過ぎていくように感じる。
5分後、「千葉県市川市在住、40歳、独身、平社員の桜沢真広様!誓約室にどうぞ」と一階と同
じ様に個人情報丸出しで告げられた。
誓約室は薄暗く、まるで神社の祭壇のような感じであった。背広姿の中年係員に誓約書を手渡
すと係員は文面を読み始めた。
小さい声であったが内容の要所要所を流暢に読んでいた。そして最後に、
「この内容をあなたは遵守しますね?」と聞かれたので桜沢は半分投げやりで「遵守します」と答
えた。更に「我が組合の料理を食す事を誓いますか?」と神妙な声付きで尋ねた。桜沢は小声で
「誓います」と言った。
係員は桜沢に誓約書を渡すと薄笑いを見せながら、
「これで正式に誓約されました。引き続き書類の提出がありますので上野本部の4階に行って下
さい。誓約された旨は本部に伝えておきます」と淡々とした口調で話した。
桜沢は上野の東京創作料理組合本部にやっとの思いで到着した。時計の針は既に12時を指し
ている。
途中障害があったものの何とか4階までたどり着いた。この階はさっきまでの階と違ってかなり
きれいな造りになっている。
ここの階の窓口は広く作ってあって今までとは違う雰囲気だった。(今度の手続きは楽そうだな)
と感じた。この階になると桜沢も手続きを踏まなければ料理に辿り着けないと言う事が理解出来る。
この階の係員は20歳そこそこの若い女の人であった。係員でさえ今までとは違う感じである。
桜沢がたどり着くなり、まるでハンバーガーショップの店員宜しく「いらっしゃいませ!!」との声。
(場違いじゃないのか?)と感じた。
係員は5枚の用紙を見せ、「こちらが『火気使用許可書』、これが『漁業許可書』、『水道使用許
可書』、『料理人委任状』、最後に『廃棄物適正処理依頼書』です。用紙代書類作成料込みで総額
五千円になります」
桜沢は【驚く】という感情すらも忘れてしまった。何から何まで書類ずくめである。けどよく考えれ
ば魚を捕獲するには漁業関係者の許可が必要だし、調理には火を使って焼いたり煮たりしている
のだし、調理や下ごしらえに水も必ず使う。調理に生じた廃棄物は誰かがどこかで処理している訳
だし、そもそも料理は客が作るのではなく、料理人に委託して作ってもらう……全てこの書類は理
にかなっている!!
普段は当たり前だと思っていた事がこんなに大切な手続きを知らず知らずのうちに踏んでいたの
か、と妙に納得した。
何となく階段を上るのが嫌になってきた。まるで建物のワンフロアが【試練の間】に感じるように
なって来た。まるでテレビゲームでの主人公になったかのようである。
3階に着いた。今までとは2倍くらいの大きさの室内の入り口に【申請所】と書かれた窓口があっ
た。ここまで来ると半分慣れっこになってしまった桜沢は、
「ここは何をする所なのですか?」と尋ねた。
受付にいる30代の女性の係員はこう答えた。
「ここでお客様は当組合の料理を本当に食べると言う宣言を行います。この宣言が承認されると、
これ以降は万一お客様のご都合で当組合が供する料理の飲食を取り消される場合は解約金が
発生し、諸々込みで参萬円かかりますのでご了承下さい」
(料理食べるのになぜ契約???)一般世間では全く理不尽なのだがこの建物の中では邪(よこ
しま)とされる考えが桜沢の脳裏を駆け巡った。
この発言が無意味である事を承知で、
「なぜ食事を食べるだけなのに契約なんかをわざわざするのですか?」と質問した。
係員はまるで文章を暗誦するかの如く、
「お客様が当組合の料理を食べて万が一お口に合わなくても当組合は一切の責任を負いません
と言う事を誓約書という形で明言化させて頂きます。以前お客様が、『料理の味が不満なので代
金を返せ』と言う内容の抗議を起こし、裁判まで進んだ例が過去に14件ほどありましたが、全て
の審理でこの誓約書が有効な証拠となり全て当協会が勝訴しました。誓約書は公式な文書であ
り、私どもで3年間厳重に保管されます」と流暢な口調で説明した。
半分嫌気がさしてきたが、美食家の名にかけてここまで来ていまさら引き下がる事もできない
と思い、桜沢はとりあえず了承した。
係員は早速誓約書に一階の受付から上がってきた桜沢の個人データを記入すると、
「ではこちらの欄に実印で捺印(なついん)をお願いします」との妙にはきはきとした声。
(料理食べるのに実印!?)完全に理不尽な気持ちになり、驚きすらも失せてしまった。本当にこ
の建物内で起きている事は現実に即しているのか?との疑問もだんだん野暮になりつつあった。
「実印は用意してません」と答えると、係員は「ならば拇印(ぼいん)で結構です。ただしその場合
お客様が市役所に届出されている印鑑登録を確認する諸費用として五百円が追加となります」係
員の笑みがこぼれる。
(はいはい、いいですよ。もう何でも出て来やがれ!!)桜沢は怒りを抑えながらも了解した。
そして数分後滞りなく誓約書が完成した。
「用紙代と作成料と実印手数料込みで参千円になります」係員の声が異様に明るかった。
(まあこの内容なら妥当な金額だろう)と思い桜沢は五千円札を手渡した。
すると係員はお釣りと誓約書のコピーを渡した。そこにはA4の紙にびっしりと誓約書の文言が
書かれていた。所々桜沢が関心ある箇所があったので目を凝らして見てみると、
【この店の内容を文書叙述および電子媒体等に記録記載する事を禁ず。もし規約を遵守(じゅん
しゅ)しない場合相応の処置を取る】との記載。
その項目を見た途端桜沢は嫌な予感になった。
(だからどんな評も掲示板に載ってなかったのか……)良い評価も悪い評価もこの店に関する事は
公表してはいけないのだ。これによって彼の不安要因がますます増えていったのであった。
最後に桜沢は、
「こんなに手続きが煩雑なのはなぜ?もっと簡単にできないのでしょうか?」と尋ねた。
係員は「全てお役所仕事の悪い所がそのまま引き継がれました。さらに民間企業のご都合主義
も追加され今の形になりました。制度の変更は今の時点では未定です」とのあっさりとした答え。
「この次は4階にい行けばいいのですね?」と桜沢が言うと係員は無言で首を横に振った。……か
なり嫌な予感がする。
「とすると今度はどこに行くのですか?」桜沢は尋ねた。
係員は住宅地図を広げ、「このビルを出て徒歩10分の所にある浅草支部に行って下さい。この
誓約書を正式に受理してもらウ必要があります。この建物では昨年まで4階で受理できたのです
が、4階の改装により移転を余儀なくされました。お手数ですが浅草支部に行って下さい。ちなみ
にここの営業時間は午後2時までとなっています。それ以降を過ぎると如何なる理由であっても食
事をする事ができませんし払い戻しも出来ません。予めご了承下さい」
桜沢は唖然とした。今すぐに浅草まで行かなければならない。しかも書類を受理してもらうだけ
で。しかも制限時間を守らないと食事すらも出来ないとは!本当に嫌になってきた。
けどもう乗りかかった船。ここでリタイアしたら男も廃ると思い、桜沢は地図の書かれたメモ用紙
をもらい時計の針を気にしつつも浅草に向かった。
ビルを出て浅草方面に進んだ。東京都内はあちこち行っているので浅草もたいていは知ってい
る。浅草寺の裏にある細い路地に【東京創作料理組合浅草支部】と書かれている小さいビルを発
見した。中に入ると意図的なのか上野にある建物と同じ様なつくりになっている。
1階の受付で係員に名前を告げた。係員は本部から送られてきた書類に一通り目を通すと、
「千葉県市川市在住、40歳、独身、平社員の桜沢真広様!」と大声を上げた。
(何だよ、個人情報丸出しじゃないか!何が『個人データは厳重に取り扱います』だよ!全然言って
いる事とやっている事が違うじゃないか!!)桜沢は完全に憤慨し落胆した。
更に係員はこう言った。「誓約書の申請は2階の誓約室で行われます。専門の係員を呼び出し
ますので開催まで若干時間を要します。2階の待合室でしばらくお待ちください」
桜沢は階段を上り、突き当りの部屋にある【誓約待合室】に向かった。
まるで病院の待合室のような薄暗く冷たい室内で自分の名前を呼び出されるまで待った。こう
いう時間は恐ろしく早く過ぎていくように感じる。
5分後、「千葉県市川市在住、40歳、独身、平社員の桜沢真広様!誓約室にどうぞ」と一階と同
じ様に個人情報丸出しで告げられた。
誓約室は薄暗く、まるで神社の祭壇のような感じであった。背広姿の中年係員に誓約書を手渡
すと係員は文面を読み始めた。
小さい声であったが内容の要所要所を流暢に読んでいた。そして最後に、
「この内容をあなたは遵守しますね?」と聞かれたので桜沢は半分投げやりで「遵守します」と答
えた。更に「我が組合の料理を食す事を誓いますか?」と神妙な声付きで尋ねた。桜沢は小声で
「誓います」と言った。
係員は桜沢に誓約書を渡すと薄笑いを見せながら、
「これで正式に誓約されました。引き続き書類の提出がありますので上野本部の4階に行って下
さい。誓約された旨は本部に伝えておきます」と淡々とした口調で話した。
桜沢は上野の東京創作料理組合本部にやっとの思いで到着した。時計の針は既に12時を指し
ている。
途中障害があったものの何とか4階までたどり着いた。この階はさっきまでの階と違ってかなり
きれいな造りになっている。
ここの階の窓口は広く作ってあって今までとは違う雰囲気だった。(今度の手続きは楽そうだな)
と感じた。この階になると桜沢も手続きを踏まなければ料理に辿り着けないと言う事が理解出来る。
この階の係員は20歳そこそこの若い女の人であった。係員でさえ今までとは違う感じである。
桜沢がたどり着くなり、まるでハンバーガーショップの店員宜しく「いらっしゃいませ!!」との声。
(場違いじゃないのか?)と感じた。
係員は5枚の用紙を見せ、「こちらが『火気使用許可書』、これが『漁業許可書』、『水道使用許
可書』、『料理人委任状』、最後に『廃棄物適正処理依頼書』です。用紙代書類作成料込みで総額
五千円になります」
桜沢は【驚く】という感情すらも忘れてしまった。何から何まで書類ずくめである。けどよく考えれ
ば魚を捕獲するには漁業関係者の許可が必要だし、調理には火を使って焼いたり煮たりしている
のだし、調理や下ごしらえに水も必ず使う。調理に生じた廃棄物は誰かがどこかで処理している訳
だし、そもそも料理は客が作るのではなく、料理人に委託して作ってもらう……全てこの書類は理
にかなっている!!
普段は当たり前だと思っていた事がこんなに大切な手続きを知らず知らずのうちに踏んでいたの
か、と妙に納得した。