「ですから私は見た夢は覚えない性分なので、さっきここで夢は見たのだけど、起きた途端に全て記
憶がなくなってしまったのです」
と必至で弁明しても、
「見たのは確かなら思い出せる筈だ。会社でも成績優秀な君なら朝飯前だろう」
の意見にも、神部は反論も弁解も出来ずただ無言でいるだけだった。過ぎていく時間がもの凄く苦しい。
すると社長は手のひらを返したように、
「そうか……君の言いたいことはよーく分かった。君がこんなに頑固者だったとは夢にも思わなかった。
会社のトップである私に言えない事があるような裏表のある人間は、はっきり言って会社にとって無駄
な存在だ。君には明日からわが社に来る必要はない。今すぐここから去りたまえ!」
いきなりの解雇に目を白黒するばかりだった。
(なぜ俺は夢の内容を言わないだけで、会社を首にならなければいけないんだ????)
神部は本社ビルから追い出されると、すぐさま労働組合に電話していきさつを最初から最後まで話し
た。そして組合の力で特別に簡易裁判所で【解雇無効】を訴える裁判を開く事が出来た。
その日の夜、理不尽な一日を過ごした神部の下に一本の電話がかかって来た。
「もしもし、こちらは関東放送のワイド番組放送担当の者ですが、『昼休み中にあなたが見た夢を会社
の人に言わなかった為に一方的に解雇された』という情報を入手したのですが、私が担当する番組に
だけ、特別にその夢の話をして戴けませんでしょうか。もちろん【お話】を聞かしてもらうのですから、相
応のギャラをお支払いします。場合によっては、来週から私の番組のゲスト出演も検討いたします……」
これを聞いて神部は唖然とした。もう情報が外部に漏れている……面白いネタだから、マスコミが異
常に騒いでる……。相手が相手だけにエサは魅力的だが、それ目当てでふらふらと誘われたら完全
に相手の思う壺だ。神部は無言で電話を切り、携帯電話の電源も切った。
「どうかこれが悪い夢でありますように……」
と祈りつつ神部は早々と床についた。
翌日、簡易裁判所には異常なまでの数のマスコミが待ち伏せしていた。背広姿の神部が裁判所に
到着するなり、マスコミ陣のインタビューの荒波を受けた(重大事件でもないのにこのマスコミの過熱
報道ぶりは一体何なんだよ!)と思いながらもマスコミのインタビューを無視して入廷した。
簡易裁判所の小法廷。普通の人ならあまり行きたくない場所だ。
「これより裁判を開始する!」
静寂な空気の下で神部と社長、そして判事と書記だけの裁判が始まった。
「右の者、神部順二は社内で見た夢を右が所属する会社の社長に語らなかった為、、社長が独断で
解雇を決めた。これに間違いないか?」
神部と社長は「その通りです」と答えた。粛々と審議が進んでついに判決を言い渡す時が来た。
「勤務態度が良好で社内において何ら過失のない者に全く理不尽な内容で一方的に解雇を言い渡す
のは不当極まりない。よって右の者の解雇命令を無効とする。以上!」
神部に(当たり前ながら)勝訴の審判が下った。閉廷後、神部の元に社長がやってきて、
「私の言動が行き過ぎた。些細な事で安易に解雇命令を出して本当に申し訳ない。この通りだ。私の愚
行を許してくれ、君は会社になくてはならない存在だ」と頭を下げながら謝罪し、また明日から普段どお
りに出勤するようにと話した。マスコミの対応も全部社長がすると言う。
神部は社長が最大限の謝罪をした事によって本当に安寧の気持ちになった。これですべてが終わった
のだ。今までの全てが理不尽だったのだ、ようやく明日から普通の生活に戻る。そう思うと神部は、ほっ
と胸をなで下ろした。
その時さっきの判事が神部のところにやって来た。
神部は判事に向かって、
「裁判の件本当にありがとうございました。感謝します。」と深々と礼をすると、判事は、
「あなたにぜひお会いしたい人がいる。すぐに2階の貴賓室に来てくれたまえ」と話した。
誰かな?何かな?と不安と期待の心が入り交ざりながらも神部は2階の貴賓室に赴いた。
貴賓室には判事と数人の男がいて、部屋の奥にある大きないすに、背広を着こなしていて、神部がどこ
かで見たことのあるような顔の人が座っていた。
「こちらの方は日本国内閣総理大臣(←名前はあえて匿します)で御座います。あなたの事を新聞で知り、
大変興味を持たれたそうです。粗相の無い様に対応をお願いします」
と話すと判事は部屋をあとにした。
総理は、「私の方から突然お呼びして申し訳ない。少しだけ話がしたい」と話した。
神部は、まさか総理大臣という雲の上の存在のお方に、このような己の恥になる様な内容でわざわざ
謁見していいものかと不安に思った。なぜならここまですべて面白いように、まるで誰かが裏で指示して
いるかの様に話が面白いように膨らんできているからだ。もしかしてこれら全ては、全て俺に対しての嫌
がらせなのか……とまで思った。もはや半分人間不信の領域まで達している。
「君が見た夢の内容について、会社の同僚が聞きたがり、上司が聞きたがり、社長が聞きたがり、マスコミ
までもが聞きたがっている。もはや全国民が知りたがっておるに違いない。あなたの【お言葉】を是非この
私だけに全てを語って欲しい……」総理は神部に向かって話し終えると、
「そうか、まだ私のSPがここに居たか。失礼した。これでは落ち着いて話せないであろう……」
とつぶやくと、付き人すべて部屋から退出させ、総理自らが部屋に鍵をかけた。