所長の説教も終わったみたいだし、そろそろ自分の仕事を取りかかろうか、と思った途端
所長の口から出た言葉は、
「さっき見た夢はどんな内容だったんだ?」
(また同じ事かよ……)上司なので口答えは出来なかったが、半分嫌な顔をした。もちろん
近藤に言われた時と同じ回答をした。けど所長はそうたやすくは引かなかった。
「たいていの人は、起きたら見た夢を忘れることは判っている、けどほんの少しなら覚えてい
る筈だ。どんな小さい事でいいから私に教えてくれ!」
(警察の聞き込みじゃないんだから……)と思い、早くこの場から去りたい気持ちになった。
 しばらく黙り込んでいると所長は全く御門違いな発言をしてきた。
 「君を一人前の技術者に誰がしてあげたと思っているんだ??会社で教育指導をしてくれた
人の依頼を断るつもりか?上司への裏切り行為に値するぞ!」
 全く予想のつかない展開になった神部は怒る気持ちを抑え、焦りながらも、「知らない」と弁明
するしかなかった。
 すると所長は急に態度を180度変え、
「そうか、君は有能な社員かとおもったが、どうやら私の目が狂っていたようだ。些細な事にも答
えられないなら君はここに居る必要はない。君は明日から四国出張所に行き給え。今から本社
に行って、君の勤務地を変更するように頼んでくる!」
「そんな〜こんなにむちゃくちゃな話はないでしょう!」と言ったが時はすでに遅し。
 進退の件について所長と車で東京本社に一緒に行くはめになった。
 所長と2人で自動車に乗ること2時間。東京にある本社に到着した。既に所長は本社に連絡を
取っていたのか、すぐにビルの5階にある社長室に2人は通された。
 所長は、社長に向って神部の左遷理由を説明すると、社長は半分あきれた顔つきで、
「君は何年社員を統制してきたんだ!こんなつまらない事を理由に左遷はできない。神部の様な
真面目で有望のある社員を捨て駒にする事は会社として出来ない。よってこの申し立ては無効だ。
頭を冷やして反省しろ!」
 さすがは一企業の社長だ。話がよく分かる。(というか当たり前なのだが)
 神部は社長の言葉に胸がすっとした。けどその胸も数分後にまた締め付けられるのであった。
 社長は所長を追い返すと神部に、
「君はそこで待ってくれ」との一言。
 数分後、菓子と麦茶が置いてある応接机に招かれた。
「先ほどの群馬事業所の所長の行動に対しお詫びしたい。君の様な誠実な社員の士気を潰すよ
うな事は会社にとって大きな損害になる」
 神部は(さすがに社長の言葉だ。一言一言に重みがある。)と感心した。
 嫌な雰囲気にならないうちに切り上げてここを帰ろうと思った途端、
「ところで君の夢の件だが……」
 この言葉に神部は目の前が真っ暗になった。もう何回も同じ台詞を聞かされているので、
(今度はどのような【罰】を受けなければならないんだ……)と思った。
 社長はご機嫌な顔で、
「君の噂話は東京にも広がっている。何でも【寝言】が凄いと事でで有名だとか……。その寝
言、一度でいいから聞いてみたい」
 その言葉に一瞬希望の光が見えてきたように感じた。
神部は機転を利かせて、
「ならば早速ここで寝てみます」と提案した。社長は快諾し、秘書に簡易ベッドを社長室に持ってく
るように頼んだ。すぐさまベッドが用意された。
「会社のトップが勤務中の睡眠を許可しているんだ。心置きなく寝てくれたまえ」
 これで帰れる……と安堵すると、神部は有無を言わずベッドに横たわった。
 しかし社長の面前で緊張しているのかどうか分からないが、この時に限って寝言らしい寝言を
一言も言わなかった。これは神部にとって痛恨のダメージだ。
 社長の顔が引きつり始めた。
「すると今日は特別に寝言を言わなかったのか?それとも社長の前では言いたくない寝言だか
らわざと言わなかったのか?はっきりして欲しい。せっかく寝る所と時間を提供してあげたのにな
んという有様だ!」
 こうなるともう土下座して謝る他なかった。しかし社長は冷酷な心の持ち主なのか、
「君の寝言の件は、後日群馬工場の職員に聞き取り調査を行う。それよりも、そもそもの問題の
発端になった夢の内容が聞きたい!」
と間髪を入れず神部に【会心の一撃(神部にとっては痛恨の一撃)】を与えた。
 相当の精神的ダメージを受けながら(またこれかよ〜!いい加減にしろよ〜!!)と思った。
 社長にも丁重に、見た夢は覚えていないからどんな夢の内容なのかは分からないと伝えた。
 社長は、(こんなありきたりな答えはいらない)と云ったような顔つきをしながら、
「君をわが社に採用したのはこの私だ。君に毎月給料を払っているのはこの私だ。君はその恩
を忘れたのか?」
 とつぶやくと、社長は神部を鋭い目つきで睨み始めた。
 社長の眼差しがものすごく痛く感じる。神部は(早くどうにかしなければ)、と万策を練り始めた。

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