「さあ、これでこの部屋には私とあなたの二人しか居ない。他に誰もあなたの話を聞く人がいない
のだよ。思う存分、心置きなく語って欲しい」
 そこまで祭り上げてもらうと、何となく嫌な気分になってしまう。それ相応の見返りをしないと絶対
にここから出してくれないな、と言う事は神部からもはっきり目に見えている。
 さらに総理は、神部にとってきついとどめを刺した。
「あなたのような一般市民からすれば、私のような日本国政府総裁にはまさに雲上の人であろう。
この様な人に向かって語るのも抵抗があるに違いない。けど私には一般市民の関心事は興味が
ない。どんな内容を話したって全く大丈夫だ。むしろあなたのような市井の人々の忌憚なき意見を
取り込む事によって、この国が良くなる可能性も秘めている。私に夢を語っても決して他言はしない
し、あなたにとっても被害を受ける事はない。どうか私を友人だと思って気軽に話してくれ!」
そう語り終わると、ついに総理は神部に対し土下座をし始めた。
 ここまで国のトップに頭下げてもらっても、出来ない事が出来る訳が無い。何しろ実際に見た夢が思
い出せないのだから。でも断るとどうされるか解らない……
(そうだ、適当に話してその場をやり過ごそう!)と決意した。
 神部は総理に小声でこう話した。
「総理大臣にここまでしてもらったなら仕方ない。夢の話を語りましょう……実は私の恋人に【真里菜】
という人がいて、そのコと色々な所に出かけたりしたりデートをしたり……と言う夢なのです」
 と言い切ると、神部はとりあえず肩の荷が下りた。けど敵はたやすく攻略できる相手ではなかった。
 すかさず総理は反論した。
「貴社の社長からあなたの夢の事を判事を通して聞いていました。けど先ほどの話は社長から聞いた
内容と違いますね。あなたの恋人は【明美】ではないのでしょうか?」
 神部はドキッとした。まさか、まさか総理大臣が社長と内通していたとは……神部の心の中に諦めと
後悔が漂い始めた。
「すると、さっき話した内容は全て嘘だったのですね!日本国の代表に向かって虚偽の発言をすると
はいい度胸ですね!」総理の顔が引きつり始めた。
「いいえ、そんなつもりではなかったのです。さっきの発言は私の言い間違いでした」
 今更弁明しても、口から出てしまった以上無駄なことだった。
「そこまでして自分の非を認めないのか。するとあなたは、完全に私をおちょくるつもりで出鱈目を言った
のですね!私の多忙な公務の間を無理して割いて、わざわざここに来てあげているのに……!」
 返す言葉すら思い浮かばず、ますますたじたじとしてきた。(ああ、総理に素直に謝ればそれで済んだ
かもしれないのに…………)今更反省し後悔しても後の祭りだ。
 総理の発言はさらに発展して、
 「先程のあなたの言動は、まさしく虚偽報告と公務執行妨害と侮辱罪に相当します。しかも国家のトップ
である総理に直に対する行為ですから、国家反逆罪にも相当します。あなたのした行為は、紛れもなく
犯罪行為です。今すぐSPを通じ、警察に通報します!」
 神部は力尽き完全に消沈した。床にうずくまり泣きながら、まさか自分が見た夢の内容を語らないだけ
で逮捕起訴されるとは……。と思うと、地位も身分もプライドもかなぐり捨てて、叫び狂い始めた。
「これは不当だ!完全に理不尽だ!この国はどうにかしてる!」
と大声で必至に抵抗して、部屋中大暴れしても全く相手にしなかった。総理は薄笑いをしながら貴賓室を
後にした。その入れ替わりで警官が数名来て、すぐさま逮捕状を提示されると、警官は暴れる神部の身を
無理やり拘束した。
 神部は必死になって、
「逮捕は無効だ!夢の内容を言わなかっただけで起訴されるとは絶対におかしい!許してくれ!そんな事
絶対に理不尽だ!!」
と叫びながらも、数人の警官によって取り押さえられた神部は、警察署に護送された……。






「……ゆるしてくれ!!……そんなことぜったいにふじんだ!!!……」
 群馬事業所の事務室。神部はいつものように寝言を言っている。いつもと違って彼は冷汗を流
し、大声を言いながらうなされてるので、普段は【寝言】に慣れてしまってさほど気にしていない社
員も神部の様子を興味深そうに伺っている。
 その時、昼休み終了のベルが鳴った。神部ははっと気づき目を覚ました。すると隣の席に座って
いる近藤をはじめ神部と同じ部署の社員数名が近づいてきて、一斉にこう言った。
「今日は珍しくずいぶんうなされていたけど、一体どんな夢を見ていたんだ?」
【完】
この話は古典落語「天狗裁き」を現代風にアレンジしたものです。

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