理不尽な夢

 夢と言うものは不思議なものである。目覚めた瞬間にさっきまで見ていた夢をなぜか
忘れてしまうものだ。もっとも目が覚めても夢の内容をはっきりと覚えている人もいる
にはいるけど……
 また、寝言やいびきは、していること自体自分には分らないのが普通である。他人に
迷惑なのは分っているけど、自力ではやめられないから困ったものでして……
 国内数箇所に事業所を持つ中堅企業。群馬県にある事業所で勤務する会社員、神
部順二、30歳。彼はまじめで仕事もよくこなしているが、ひとつだけ欠点があった。
 それは寝言がうるさいのである。ストレスがあるのかそれとも別に何か要因あるのか
わからないが、とにかく眠っている他の社員に迷惑千万!その為昼休み中は事務所内に
ある休憩室には入れず神部だけ自分の机で休息をらざるを得ない。
 とある夏の暑い日、昼休みが終わる午後一時前、神部は相変わらず寝言を言いながら
眠っていた。
「……あけみちゃん……だ…………」
 当の本人は、いい夢を見ているのか薄笑いをしている。端から見ると実に情けない姿だ。
 その時、昼休み終了のベルが鳴った。神部ははっと気づき目を覚ました。すると彼と同じ部
署で働いている近藤が近づいてきて、
「今日もまた恋人の夢か?全くいつもいつも心地よく眠っているもんだよ。本当にお前はめで
たいやつだな」と茶化された。
 普段は神部に向って皮肉を言い終わると、さっさと自分の仕事に取り掛かる近藤だが、今日
に限ってちょっと違っていた。さらに話が続いたのだ。神部は何となくいやな雰囲気になった。
「全く神部はいつもいつも面白そうな夢を見て幸せ者だな。どんな夢を見ていたんだ?」
と言われた。
 しかし神部は見た夢はたいてい忘れてしまうタイプなので、答えるに答えなかった。
「いや、今見た夢は覚えていないから言えない」
と答えると更に近藤は言い寄ってきた。
「そんな事はない。笑っていたり怒った口調で言ったり謝ったりと実に波乱万丈で面白そう
だ。是非どんな夢なのかいつか一度聞きたかったんだ」
 そう言われても思い出せないのだから仕方ない。近藤のいう言葉を無視して自分の仕事に
取り掛かると近藤は、半分むきになって、
「話が終わってない!質問に答えるのが先だ!」
と反撃してきた。この時点でいつもの近藤ではなくなっていた。飛んでくる火の粉を振り払う為
に神部は更に声の調子を上げて、
「忘れたものは忘れた!今度見た夢を覚えたらその時に言う!」と抵抗した。
 二人の小競り合いは、案の定口げんかにまで発展してしまった。

それに気づいた所長が大慌てで駆けつけ、
「社内で喧嘩は止めなさい!」
との一言。神部はいきさつを所長に話すと、話の内容を納得したらしく、
「つまらない事で言い争いはするな。ほかの社員に迷惑がかかる。今後は二度とするな!」
と近藤に注意した。
 神部は(やれやれ、やっと仕事に取り掛かれる)と思った矢先、所長は笑顔で、
「ちょっと話があるので休憩室に来てくれ」と言いその場をあとにした。
 不安な気持ちを残したまま休憩室に入った。部屋に入るなり所長は、
「全くさっきの件は君にも迷惑だっただろう。けど君の寝言をあまり良く思っていない社員が
結構いるのも事実だ。今後はもう少し注意した方がいい」と諭された。

「これからはあまり昼休みの時は昼寝しないほうがいいぞ」とも言われた。
 尤も、神部自身寝言には気をつけなくてはいけないかな、と本気に思っているが、こればか
りは一朝一夕で治るものでもなく、昼食を食べた後はつい眠くなってしまうものだ。などど自
分勝手な主張を心の中で思っていた。

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