第8節 新聞部
「新聞部か、珍しいな……」
 悟はどうしようか、と思った。なぜなら彼自身文章を書くのが得意で、中学の時学校文集に採用
された事や、読書感想文コンクールに入賞した事があったので、それなりに自信があったからだ。
 しかし文化部室棟に入ったばっかりなので、他にも興味のある部活があるかもしれないと思い、
新聞部は候補として挙げて置いた。
 5分後、文化部室棟を一通り回ったが、悟の興味がある部活動がなったので、新聞部に入ろうと
心に決めた。
 新聞部で自らの文才を生かそうかな、と思いながら部室の扉を開けた。
 教室の半分くらいの広さの部室内には、書物が隙間なく並んだ本棚と、パソコンデスクがある
だけの簡素なつくりで、生徒は1人しかいなかった。
 悟は思い切って、
「新聞部に入ろうかと思っているのですが、今は活動していないのですか?」
と尋ねた。
 すると、女子生徒は、
「7月に3年生が引退したので、今は私一人しかいませんが、部活動は活動して、校内新聞も滞り
なく発行しています」
「そうなのですか。僕は新聞部に入ろうと思いここに来ました」
「あなたは編入生の岡村君ですね?」
「ええ、始業式の日から存じていました。私は新聞部部長でであり、2年C組の金井桜子(かない
さくらこ)と申します」
 悟が今まで麻布が丘高校に入ってから出会った生徒とは違って、いたって真面目な優等生。服
装は他の生徒と比べると地味だが知性がカバーしている。容姿は【お嬢様高校】の生徒という事
だけあってそれなりに美人であるが、眼鏡をかけている事で他の生徒と一線を画している。
 しかも話し方も上品で、麻布が丘高校一の女史と言っても過言ではない。
「……それでは部活の内容を簡単に紹介します。学校新聞を発行するのが一番の目的で、校内の
出来事を取材して記事にしてもいいし、新聞社の記事などを独自に斬っても構いません。部活動の
時間で予め取材してきた内容や原稿を、部室にあるパソコンを使って記事にして印刷します」
「よくわかりました。僕でも出来そうです。入部して色々な記事を書きたいです」
「とても嬉しいです。岡村君が入ってくれるなんて夢のようですわ!」
 さっきまでの無表情から急に笑顔になった。まさしく桜子は悟の〔入部希望〕の言葉を待ちかね
たようだった。
 部室の様子を説明する時や、パソコンの使い方を教えている最中にも桜子は悟にしきりに話しか
けて来る。確かに狭い部室には男子生徒と女子生徒しかいない。2人が話しかけないと、待ち構える
ものはただただ沈黙だけである。
 切れることなく桜子が質問をしてくるので悟は、
(彼女は沈黙だけは避けたいと思っているのであろう)という感じがあった。
 まあ彼女は穏やかな性格みたいなので、その点は安心して話をすることが出来るが。
「……あなたも地方出身者だからきっと私の気持ちも分かると思います」
「金井さんも地方出身ですか。どちらなのですか?」
「私の出身地は島根県浜田市にある周布(すふ)と言う漁師町です」
「島根県ですか。北海道からだとかなり遠いですね」
「地元の中学をトップの成績で卒業して、市内でもたった一人東京の私立高校に推薦で入学する
と言う事で、地元でちょっとした話題になったの」
「そうかもしれないですね。地方の小さい都市では【東京のお嬢様高校】に入れる事自体珍しい
話題ですから」
「この高校に入って、おかげさまで優秀な成績をキープしているのですが、やはりそれを嫉む人は
ここでも沢山いまして……他の生徒から『田舎者はこの学校に来るな』『山陰生まれの人は麻布
が丘高校から去れ』『お前の体から磯のにおいがするぞ』と悪口や罵声や嫌味などを朝から晩ま
で散々聞かされたの……」
「やはりそうでしたか。実は僕達も編入当日に下級生に……」
「地方出身の人は仕方ないみたいですね。私もこの高校が東京一金持ちの人が通う所と分かっ
たのが入学してからなので、私の場合は完全な調査不足でしたけど……」
「まあ僕の場合も、親の働く会社が勝手に決めた学校だったので全然情報も収集していなかったけど」
「そうだったのですか。けど私は(この人は心が貧しいんだ)と考え、無視するようになると不思議に
気が楽になり、学校に行くのも苦ではなくなりました」
「そういう心を持っているとは素晴らしいですね。僕なんかにはとうて真似が出来ない」
「ちょっとした気の持ち方一つなのですけど、まあ誰でも出来る事ではないですけど。……実は、私に
とって最も頼りがある人がうちの学校にいます」
「その人って、ひょっとしてC組の安達佳宏君でしょ?」
「あら、良くお分かりになりましたね。私も入学してから何回も安達君に助けられました。あなたも
そうでしたか」
「そうなんです。僕達兄妹も、編入当日に下級生からからかわれていた時に安達君がやってきて、
その生徒を追い払ってくれました。それから数日後にはちょっとした事で安達君と彼の親友2人と
知り合いになったし……」
「本当に安達君は私達のような地方の人には親切ですね。私にとっては同じクラスなのに、何とな
く話しにくくて……とても感謝しているのに……」
「ならば明日学食で顔をあわせた時に、金井さんの事も話しておくよ」
「いいんですか?すみません、お願いします」
「分かった」
「……けど岡村君とは出会ったばかりなのに話が弾みますね!」
 2人は微笑んだ。その時悟と桜子の間に何か特別な関係が芽生えてきた感じがした。
 こうして新聞部への入部はすんなり決まった。
 2人しかいないので勿論悟は副部長だ。金井部長と一緒に新聞製作をしていくうちに、境遇や
趣味が同じという事から、単なる部員の域を超えてきたのは言うまでも無い。
【続く】