第12節 パープル新装開店
  
   秋も深まった11月の下旬。岡村家に一通の手紙がとどた。パープルの村崎さんからだ。
   悟は自室に入ると、早速封を開けて中に入っている手紙を読んだ。
   来週の月曜日にパープルが赤坂に移転するので、開店前日の日曜日にメンバーだけで開店祝いをしたいとの事。
   これを見て、
  「やっと開店したか!意外と早く出来上がったんだな」
   と悟。すると脇から沙奈がぬうっと現れて、
  「パープルが開店するのね!早速アヤちゃんたちにメールするわ」
   悟もすかさず、
  「今度の日曜にうちらだけで開店祝いパーティーをするってさ。それも付け加えといて」
   と念を押すと沙奈は了承してくれた。無論悟も男性陣にメールをしたのは言うまでもない。
   数十分後、次々とメールが返ってきた。案の定全員「参加したい」とのこと。
   その中でパープルのことを良く知る佳宏からは、
  〔移転先の店は、赤坂の一ツ木通りから奥に入ったところだ〕と、詳しい場所まで教えてくれた。
   もちろん同封の手紙の中には地図も入っていた。しかし北海道から引っ越してきて日も浅い岡村きょうだいにとっ
  ては、赤坂は未知の場所であり、地図を見ただけでは今ひとつピンとこなかった。
   ただ分かることは、いつも通学で使ってる地下鉄南北線からは直接行けないという事だ。
   まあ、北海道と違って交通機関が充実している東京。乗り換えればすぐ目的地に着けるのであろうと、二人とも軽く
  思っていた。
   翌日、教室で佳宏に話しかけると、
  「赤坂のパープルの場所?それが思ったよりも近くてさ、南北線の永田町駅から歩いてすぐだそうだ。学校帰りでも
  十分寄れるところさ」
   さすがは東京を良く知っている人たちだ。まあずっと東京に住んでいるから当たり前だが。
   その話をしていると、圭が割り込んできた。
  「赤坂といっても狭いようで広いんだ。〔駅イコールその町〕と言うわけではないのさ。だから、この学校のある麻布
  も東麻布だと東京タワーに近く、西麻布だと青山に近いんだ」
   確かにそれはいえている。少し前住んでいた苫小牧も、広い町だから町外れとなると別の市に近くなっている。
   けど、地下鉄一本で行けるとなると少しほっとした。しかし、赤坂と言えばテレビ局のある一ツ木通り周辺も一度
  は見てみたいと思ったので、
  「一ツ木通りからパープルに入りたい」と頼んだ。
   北海道みたいに数キロも離れていないみたいなので、これは了解された。
  「ま、サナちゃんたちには赤坂界隈での散歩もいいかもな。ってことで日曜の11時に赤坂駅で!」
   なんだかいつの間にか佳宏が仕切ってしまったようだが、考えてみれば自分の持っている物件のひとつがパー
  プルなのだから、張り切るのは当然だが。
  
   日曜日。赤坂駅のテレビ局の前で8人は集まった。
   岡村きょうだいと桜子にとっては生まれて初めて来た町だが、他のメンバーは庭のようなものだ。
   早速ほのかが沙奈に赤坂のおいしい店とかを説明しだした。
   幸親は「相変わらず空気を読めてないな」とつぶやいていたが、空気を読めないイケメン・佳宏が、
  「女の子にとっては、初めて来た町には夢と憧れが詰まっているんだよ」
   と諭した。それを聞いていた彩華が、
  「大体そんな感じなのね。何といっても赤坂青山六本木表参道自由が丘はファッションの先端の町だからね。ま、
  ヒロの言うことは、少し気取っているけど〜」
   ほのかの説明が終わったのか、沙奈が、
  「待たせてごめんね。早速パープルにいってみようか」
   と呼びかけてきたので、すぐさま佳宏がバスガイドよろしく、
  「さあ、こちらでございます」
   と言いながら右手を大きく振りかざした。恥ずかしい気持ちも少しはありながら、佳宏についていくメンバー。
   テレビ局の前の道を進み、少し坂道になっている一ツ木通りを進む。確かにこのあたりはしゃれた店が多い。
   かなり坂を上り、少しわき道に入ったところに新しいパープルはあった。さっきまでいたテレビ局のある通りと比
  べるとここはかなり静かで、同じ赤坂とは思えないようなたたずまいだ、
   まるでそこにひっそりと建っているかのようなパープル。まるで都会で活動する紳士淑女達の心憩う【隠れ家】
  といった感じか。
   2階建ての店の外観も、古きよき昭和のたたずまいを適度に残しており、六本木時代の外観の雰囲気を再現し
  ているかのようだった。
   おそらく六本木の店を解体するときに、程度の良い建材はそのまま使っているのが功を奏しているのだろうか?
   そう思いながら店の中に入った。
   中は以外にも現代風になっている。確かに以前の店内は少し手狭だったから、このくらいのスペースがあれが
  ゆっくりくつろぐことも出来るだろう。
  今日に限っては村崎さんも小奇麗なスーツを身にまとっている。こんな姿を見たことがなかったのか、
  「おっ、今日の村ちゃんはキマッテますね!」
   と佳宏がはやし立てる。
  「まあ、せっかくの開店祝いなんだから、たまにはいい格好をしないといけないかな、って思って」
   と聞くと、ほのかは、
  「なじみの客なんだから、普段着でも良かったのに……」とつぶやく。すると圭は、
  「多分、うちらが帰った後で、お偉い方がくるんだよ、きっと」とフォローする。
   こうしてみると、店内が新しくなったのか、スーツ姿が似合っているのか、いつもの村崎さんが少し若返ったかの
  ように見えた。
  「今日は、開店前ということで、特別にお世話になっている安達様をはじめ皆様をお呼びいたしました。腕によりを
  かけた料理を用意しました」
   妙に改まっている村崎さんを、
  「そんなにかしこまらなくてもいいよ。高校生なんだから!」
   と突っ込む彩華。
   それを聞こえたのか、
  「おっと、普段着込んでいない服を着ているからかな?」
   と思わず村崎さんが照れる。一方食べる事に目のない圭は、大きなテーブルに用意された料理を見るなり、今
  にも食べたそうな眼をしだした。
  それに気づいた村崎さん。
  「お昼も近いことですし、暖かいうちに料理をどうぞ。私はこれから珈琲を淹れてきますから」
   その言葉を聞くや否や、まるで小学生のように、
  「いただきま〜す」と言いながらパスタが盛られている皿にフォークを突き出す圭。
  「相変わらずだね」とほのかがつぶやく。とか言いながら他のメンバーも料理を自分の更に取り分ける。
  「おいしいですね」
   桜子が感激の声を出す。
  「パープルで出す料理の中で一番だな、こりゃ」
   舌が肥えている圭も褒める。
   めいめいが舌鼓を打っていると、奥から村崎さんが珈琲を運びながら、
  「ありがとうございます。改装工事中に、少し料理のほうも勉強しまして……」
   と、いつもながらの気さくな口調に戻っている。
  「これなら、毎週でも食べに来たいな」と幸親。
  「そうなると、僕もこれからはバイトをがんばらないと」
   悟がちょっとだけ意気込む。
  「今度の店は、若い人にも心地よく過ごせるようにしたので、これからも前と同じ様に気楽に着てくれたらうれしい
  です。私も皆様が来ないと張り合いがなくなりますよ」
   村崎さんの言葉に、皆口々に、
  「これからも来るさ」「前より居心地がいいでうから」と感想を述べ合う。
  「ついでに珈琲の味も変わらない!」
  との彩華の感想に思わず笑みがこぼれると、広い店内に笑いが響いた。
   やはりというか男子高校生が何人もいると、食の進みが速い。1時間もしないうちに更にたくさんあった料理が
  すっかりなくなった。
  「食った食った」「世は満足じゃ」
   食べ物が腹に入ればいつだって満足の圭たち。それを見て心が和む村崎さん。
   やはり料理人として、人がおいしく自分の料理を食べてくれる事に幸せを感じてるのだろうか。
   沙奈はその事に気づいたのか、
  「村崎さんは、料理を学んで良かったって思っていますね」
  「おお。そうだとも。これは昔から珈琲を淹れているので良く分かるのだが、お客さんに以下に喜んでくれるか、
  というのがワシらの仕事ですから」
   さすがはプロの回答だ。村崎さんもメンバーのことを気遣ってくれるらしく、
  「そういえば、あなたたちは来年卒業するんですよね。進路のほうはどうなっていますか?」
  「私達の学校は、大学はエスカレーター方式で一応進めるようになっています。まあ、その認定試験がこの前あ
  りました。まあ私はこれとは別に慶欧大学への進学を希望していますが……」
  と桜子が答える。
  「そうですか。それならとりあえずは大丈夫ですね」
   この言葉にメンバーの何人かが翻弄されるようになるのは、これから数日後のことであるが、今はその由もな
  かった。
   時計の針は2時になりつつある。
  「3時からは、お偉い方が集まってパーティーを行いますので、今日のところは……」
   との言葉に、メンバー一同は了承し、改めて礼を言うと、店内を出た。
   新しいパープルでの楽しいひと時の後は、現実の世界が待っている。明日から大学進学という試練に真っ向か
  ら立ち向かう8人であった。
  
  【第5章 完】
  
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