第11節 桜子の夢

 麻布が丘高校は、東京一のお金持ち高校だが、決して学校の中だけに閉じこもってない。普通の高校と同じ様
に、他校や地域との交流も行われている。
 その内のひ一つとして、近所の公立小学校に、「特別教師」として生徒が訪ねるという事業を毎年行っている。
 3年生の中から代表数人が、区内の小学校に赴き、総合学習の時間を使って、小学生に勉強を教えたり、遊ん
だりして、交流を深めたりすると言うものだ。
 もちろん生徒の全てがこれを出来ることではなく、各クラスから3名1組の2班ずつ、計18名が学校代表として
決められるのだ。
 こういった決め事は、積極的な生徒と、そうでない生徒がいるのは当然なことで……
 3年B組。ホームルームの時間にそのことが話題に上がり、早速希望者を募ることに。
 すぐ挙手したのが、岡村兄妹と金井さん。やはりと言うか決まりきった事というか、誰もが容易に想像できた。
 これでまず1班が決まり。そのあとの1班というのが、なかなか決まらず、結局、担任の独断で半強制的に決め
た次第。

 放課後、特別教師をすることになった悟・沙奈・桜子は、いつもの帰り道に、
「私達が行く学校では総合学習の時間がある金曜日に行くことになったんだ」
 沙奈が、担任からもらったメモを読むと、
「となると、僕達が金曜にその学校に行って小学生と何かすればいいんだね?」
 悟が暢気に尋ねると、桜子は、
「その何かのことですけど、私は、小学生と教室でじっとしているのはありきたりだと思います」
「教室でないとすると、外がいいですね」
 沙奈の発言に、悟は、
「じゃあ、近所の公園で遊ばせるってのは?」
「それはいい考えですわ。最近の子供は家でゲームしたり塾に行ったりで、外で遊ぶ経験がないみたいですし、
子供もストレスがたまっていますから」
「こんな機会がないと、みんなで遊ばないから、いいんじゃないの?」
 悟は賛成し、女性2人も同意した。

 金曜日。3人が赴いたのは、白金にある小学校。場所柄いかにもお金持ちそうな子供もいる。
 その学校の1年生の教室。児童の大きな拍手で迎えられた。1年生と言う事で、どの子も皆かわいらしく、かつ
とても元気だ。
 悟が、
「これから、みんなで近所の公園に行きましょう」と言うと、児童は歓声を上げた。
 そして出かけたのは、近所にある公園。公園内に入ると、沙奈は、
「今から、この公園で、自由に遊んでいいですよ。ただし、道路に出たり、危ない遊びはしないでくださいね!」
 と児童に約束させた。
 その直後、悟が児童に向かって、
「さあ、遊ぼう!」
 と、いかにも元気良く公園内を駆け出すと、児童は喜んで散り散りになった。
砂場で遊ぶ子、ブランコで遊ぶ子、完けりをする子。それぞれの児童の顔が皆、生き生きとしている。
「これで正解のようでしたね」
 桜子は安堵した。さらに桜子は、現在の子供事情について沙奈に語った。
「現在は子供に遊び場を提供しても、大人が監視しないといけない時代なんだね」
「何かあると、すぐ『何が悪い、これが危ない』と大人は指摘しますから」
「昔はそんなではなかったんですけどね。本で読んだことがあるのですが、昔の子供は、多少危ない遊びをし
ても、そこから危険認知を学び取ったし、抵抗力もついた。けんかだって、ある程度のところで手加減をしない
と危ないということを誰でも体感で知っていたんだって」
「そうなんだ。昔の子供のほうが今よりも性質が悪いと思っていたんだけど…」
「そうではないみたいなのです。これもガキ大将がいたからこそという説もあるみたいです」
「となると、今はかえって怖いんじゃ?」
「岡村さんの言ったとおりです。危ないからということで子供から危険物を取り上げられたことで、刃物もマッチ
も上手に使えな子供が増えた。また程度を知らないのでけんかで人を死なす事件も起きた……」
「今の時代の子供って、幸せなのか?それとも不幸なのか?」
 2人は沈黙してしまった。せっかく公園に来たのに、何となく気まずくなってしまった。
「今は、子供達の楽しんでいる姿を見ていたほうがいいですね」
 沙奈が方向転換をするように諭した。桜子も了承した。
 公園の広場のほうを見ると、悟は、いつのまにか数人の児童たちと一緒に鬼ごっこをしている。彼は社交性
豊かなので、子供の遊び相手にはぴったりなのかもしれない。悟の顔も児童たちと同様笑顔になっている。
 もちろん半分くらいの児童は、それとは別行動で何人かのグループを組んで遊んでいて、その子たちの監視
をしなければならない。
 沙奈と桜子は、監視をしながらお互い雑談をはじめた。
 今まで1年以上グループの一員として付き合っても、2人でいることは意外となかった。
 だから、沙奈は、このときばかりに、桜子にいろいろと質問した。それに対し桜子も喜んで質問に答えた。
「金井さんって、なぜうちの高校に入ったの?」
「このことは、あなたのお兄さんにも教えたのですが、中学校の進路指導室にあった進学情報誌に、たまたま
うちの学校の記事が書いてあり、それがきっかけだったの、けど……」
「何かあったの?」
 沙奈はさらに突っ込む。すると桜子は、
「確かに記事には、都内一設備の整った一流高校と書いてあったからここに決めたのだが、入学してすぐに、
いわゆる「お嬢様高校」だと知り、ちょっと後悔したのよ。まあ、学校では常にトップの成績でしたが」
 沙奈は、ちょっとした情報不足がきっかけで麻布が丘高校に入ってしまった事を知り、桜子の意外な一面を
垣間見た感じになった。更に、
「ところで、金井さんは将来の夢ってある?」
 すると間髪をいれずに、
「私は、将来弁護士になろうと思っています」
 との一言。理由を尋ねると、
「知っているとおり、私は島根県浜田市の生まれで、小さいときから大都会東京にあこがれていたの。そして
私の生まれ育った町が過疎地なので、少しでも町が活性化すればいいと思っていた。私が中学のときに、地
元で殺人事件があったの……」
「北海道でも、このニュースが流れたので、私も知っています」
「だけど、小さな町なので弁護士がなかなか決まらず、審理に時間がかかり、いまだに刑が確定しないとの事。
それならいっそのこと私が弁護士になって、地域の人の正義に尽くしたい……。もちろん道は険しいけど、少し
でもふるさとの役に立てればと……」
 これを聞いて、沙奈は感激した。高校生でありながら、もうすでに自分の将来を決めているし、なによりも故郷
のために命を賭けたいというはっきりとした信念が彼女にはある。これだけでも尊敬に値すると感じた。
 桜子は、そんな信念から一生懸命勉強し、本校に推薦特待生で入学したとのこと。そして親に一切の学費負
担をかけまいと、進んで新聞奨学生に入会し、高校に近い浜松町の新聞店に住み込んでいるとの事。
 沙奈は、新聞配達について質問した。そしたら、
「毎朝4時に起床して、自転車で大体250件くらい配っているの。朝刊だけだけど、時々集金も手伝います」
 との答え。
「私は、朝が弱いから、絶対に無理だね」
 と思わず苦笑。更に、いろいろと談笑して分かった内容として、趣味はクラシック鑑賞と投稿!今までに新聞社
の投書欄で採用されたことがあるという。田舎でイヌとネコを飼っているのでペットは好き。そして、
「私のお兄ちゃんと付き合っているけど、今はどうなの?」
「ええ、部活のときのほか、休刊日とかにデートをしてるの。悟さんは、私が社交的になったきっかけを作ってく
れたので、今でも感謝しています。もちろんこのメンバーの方々もいい人ばかりよ」

 今回いろいろ話を聞いたことでますます桜子のことを尊敬するようになった。地元をこよなく愛し、そして地元
の為にしっかりとした未来予想図を立てている事、単身大都会へ乗り込み、新聞配達に勤しみながら学業とを
両立している事……。
 全てが感心する事柄ばかりだ。兄・悟が、桜子のことを女史と言うのも納得する。
 そう思っていると、桜子は、
「そろそろ正午になりますね」
 と語りかけた。沙奈は頭のチャンネルを切り替えて、
「みなさーん!そろそろ学校に変える時間ですよー!」
 と叫んだ。子供達も一緒に遊んでいる悟も一斉に沙奈のほうを向き、めいめい入り口に集まった。桜子がみ
んなを整列させると、学校へ向かった。

 後日、小学校から3人宛てに手紙が届いた。
「この前は、公園で楽しく遊んでいただきありがとうございました。こんなに楽しく過ごせたのは久しぶりでした。
僕達私達と一緒に遊んでくれたお兄さん、本当にありがとうございました。また遊ぼうね!」
 手紙を読んで、悟の頬が一番こぼれたのは言うまでもない。
 未来の宝である子供達が大人になるまでには、住みよい東京になっていればいいな、と沙奈は思った。
【続く】

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