第6章 いざ、大学入試
第1節 認定試験結果と現実
移転開業した喫茶店【パープル】に、悟は再びアルバイトとして働くようになった。
赤坂での仕事始めの日、悟の知っている子が友人を連れて入ってきた。
「あの〜、この店で店員を募集していると聞いたんですけど……」
この声は、紛れもなく岡村家の親戚である、早瀬由美だ。ふと目を向けた途端、
「あ!岡村君、こんなところで何してんの?」
悟は、
(見つかっちゃったか)と思いながらも、ここでは冷静を保ちつつ、
「この服装見れば分かるでしょ、僕はこの店で働いているの!」
「そっかー、それじゃあたしも雇ってくれるよね?」
それを聞いていた村崎さん。
「ん、この子は岡村さんの知り合い?ここで働きたいの?」
友人の姿は消え、店内にほかの客がいないのか、村崎さんのテンションがやけに高い。
「ええ、岡村君とはいとこ。……先月コンビニを辞めさせられて新しいバイト先を探していたときに、友人にこの店を教えてもらったんだ」
村崎さんは少し考えた後、電卓を由美の元に差し出し、
「この時給でいいなら、掃除などの雑務をお願いしたい」
「う〜ん、前のコンビニと時給は同じくらいだけど、岡村君と一緒の店ならいいよ」
「よし分かった。採用しよう。明日から働きに来てください。……それではこの紙に名前と住所と連絡先を書いてください……。それと私の名前は村崎と
言います。贔屓の客からは【村ちゃん】とか【村さん】と呼ばれていますので良く覚えてください」
「……僕を採用したときと同じせりふだ!」
「そうなの?採用されてうれしいけど、なんだかあっけなくて、拍子外れな感じ」
「けど良かったじゃない。僕のときもこんな感じだったから」
こうして、由美もパープルで働くようになった。思いがけない出来事だが、悟は沙奈をはじめメンバーには内緒にしておいた。
翌日の放課後、いつものメンバーでパープルに向かう。
「いらっしゃいませ!」
と由美の明るい声。
「あっ!早瀬さんだ!パープルで働くようになったんだね」
いち早く気が付いたのは沙奈。確かに父親と一緒に帰宅した当初は、彼女にいろいろと手こずらされたことはあったが、それは過去の話として割り
切っている。
むしろ今では彼女の心の支えになってくれればと思い、グループへの誘いも当初から試みていて、パープルへの就業もそのきっかけの一つとして考
えていた。それがこちらから転がり込んできたのだから嬉しいことこの上ない。
その他のメンバーも、
「この子すごく美人ジャンか!」
「サナちゃんのいとこ?」
と反応は様々。特に強く好意的なのが佳宏で、昨晩村崎さんから連絡が入ったのか、
「早瀬さんはじめまして。この店のオーナーの安達と言います。ちなみにどちらの学校に通っているの?」
「あなたはここのオーナーなのですね。……私は平成女子大学の1年生です」
由美の言葉を聞いて、佳宏はまるで天に昇るような喜びで一杯になった。
佳宏の頭の中では(オレもあと数ヶ月で大学生。この前受けた認定試験にパスすれば、卒業後はエスカレーター式に平成大学に進学できる。平成大学
と平成女子大学は姉妹校なので、早瀬さんとも出会えるチャンスは格段に増える。そうすると彼女の友人のカワイコチャンたちとも知り合えて、それから
アンナコトヤコンナコトも……)
もはや自主規制せざるを得ないレベルにまで、勝手に舞い上がっている。その姿は悟を初めとする男性陣には薄々分かるような仕草で、はたから見て
も実に滑稽だ。その様子を撮って動画サイトに投稿したら沢山のコメントが付くだろうとも思ったりもした。
由美が給仕した紅茶を飲みながら悟は、
(安達君が、こんなにハイになっているのはめったにないこと。こんな時に認定試験の話をするのは野暮だな)と思い、
「安達君ったら、また変な妄想でもしているんじゃないの?」
「いやいやいやいや、そんな滅相もない!ただオレは、新しく店員になった早瀬さんと交流を深めたに過ぎないのでございますよ〜!」
佳宏の彼女である彩華にも、この発言には少しピンときたのは言うまでもないが、何故か彼女は意味深な笑みを、彼氏である佳宏に向かって見せた。
折しも、この日は大学入学認定試験の結果発表の前日であった……。
翌日。麻布が丘高校3年生全員に【審判】が下される日。
講堂に張られた大学入学認定試験結果の張り紙を見に、3年生が次々とやってくる。そしてその日を境に2つのチームに分かれてしまうのだ。
一つは張り紙に名前が載った人で、無事にエスカレーターに乗れ、来年の4月に自動的に平成大学1年生になれる。もう一つは、張り紙にかすりもしな
かった人で、自動的に平成大学に入学できない生徒だ。しかし、このチームにも敗者復活の道は残っており、推薦入学か一般入学で平成大学に入ること
が出来る。
悟たちのグループも容赦なく審判が下された。
当初から慶欧大学への進学を決めている桜子以外全員試験を受けた。その結果を見て、歓喜を表わしたのは、悟・沙奈・彩華・幸親の4名。名前の挙
がらなかった3名にはエスカレーターの切符には届かなかった。
計算高い幸親は、この試験に向けて必死でがんばったらしい。それゆえに喜びもひとしおであった。
無論、この時点で佳宏の「野望」はあえなく崩れ去った。しかし、まだまだ野望への道は閉ざされていない。
「後は平成大学への一般入試があるのだから、今からがんばって合格すれば」と悟。
すっかり意気消沈した佳宏も、
「そうだな。今のオレに残っているのはそれしかないな……」
とつぶやいた。
近くで聞いていた彩華も、
「そうよ。あなただったら猛勉強すれば何とかなるって。くじけそうになったらあたしが〔サービス〕してあげるから」
教室の隅にいた圭の耳にも入ったのか、
「僕にもしてくれたら……」
とほのかに向かって囁いたが、この時点ではほのかからの返事はなかった。
圭は、認定試験に落ちたことによる反動なのか、いきなり、
「世の中大学に行くのが全てではないんだ。大学に行かなくても成功した人は沢山いるんだ!」
何かの糸が吹っ切れたのか、進学をあきらめる発言を言い始めた。それにつられてか、ほのかも、
「だよね!あたしはママの後を継いでもいいって事だよね!」
彼氏の考えに乗せられたのか、それとも幼馴染の結束なのか……。どうやらグループ内で進学組と就職組に分かれてしまったみたいだ。とにかく、一般入
試までまだ時間がある。今回涙を呑んだメンバーも今日から、いや明日からがんばれば何とかなる。特に悟と沙奈は、2人には一緒に同じ大学に行く事を考
え直して欲しい、そういう気持ちで一杯になった。
放課後、またもやパープルに向かうメンバー。赤坂に移転してパープルに行く回数が増えたのも言うまでもない。
客がいないパープルで今回の結果を村崎さんに報告すると、
「受かった人へのお祝いと、そうでなかった人への将来をこめてワシからのおごりだ」
と言いながら出してくれた珈琲の味は、砂糖が少ないのか涙が思わず中に入ってしまったのか、どことなくほろ苦かった。