第8節 パープルの今後は?

  村崎さんが経営する喫茶店【パープル】の移転問題を任されたメンバー。とりあえず全員でパープルの2
階席で、この店の今後について話し合う事になった。
 パープルの店員であり、今回の件について村崎さんから説明を受けた悟が、
「都の六本木地区再開発事業により、ここ一体を取り壊して、大型ビルを建てることになった。一応パープル
もビルのテナントとして入れるのだが村崎さんは難色を示してる。今回の相談は、僕達で村崎さんを説得して
テナントの中に入る事にするか、または別の場所に移転をするかという事なんだ」
と軽く説明すると、メンバーはしばし沈黙した。その後いくつかの発言が出てきた。
「とりあえず俺の案としてはだ、今度建てるビルの中にテナントとして入って、内外装を今の店とそっくりにす
るのってはどうだ?」
 幸親が珈琲をすすりながら提案した。それに同調する桜子。
「まあ、無難な線ですね。もとから店があった場所を壊してビルにするのですから、堂々と1階に店構えができ
ますね」
 だが、その案に水を差すように悟が、
「昨日僕が村崎さんに同じ事を話したんだけど、そのビルの設計基準があって、内装は自由にできるんだけど、
外装は全体的なバランスが崩れるので全テナント統一にしないといけないらしいんだ」
「無理か〜」
 幸親が残念がる。
「なかなかいい考えが思いつかないな」
 沙奈がつぶやく。隣でケーキを食べながらほのかが、
「結局はこの店は取り壊さなければならないんだ。寂しいな……」
「壊す……待てよ、それならこんなのはできないか?」
 圭がいい事を思いついたのか、立ち上がって、こう話した。
「一度この店を取り壊して、別のところで新たに立て直す、ってのはどうだ?」
この発言には一同大きく頷いた。とくにほのかは、
「さすが鈴原君。えらい!」
といいながら彼の頭をなでる。これで流れが決まったかな、と思った矢先、
「一度取り壊してから再建築となると、結構手間と費用がかかるでしょうね。いくら状態が良くてもかなり築年数
が経っていますから」
 学がある桜子は現実的な目線で発言した。何人かが、「そうだよな〜」と言う、諦めに近い言葉を漏らす一方、
「金の事なら、この安達様にお任せあれ!これで一気に解決さ!」
 と、わざとらしく腹を叩くまねをする佳宏。すぐさま、
「ど〜せ、またいつもの怪しいところからの金策ではないでしょ〜ね!」
 彩華がいやらしく釘を刺す。
(過去に何かしでかしたのかな?)と悟と沙奈は考えていると、佳宏も負けじと反論する。
「そんな怪しいところからではないってば!。お袋の知り合いもパープルをファンが多いんで、そいつらに一声
かければ、あっという間に金なんか集まるって!」
 さっきにも増して得意ぶる。
「確かにそれは言えますね。小母様は有名な女優ですからね。昔からの顔なじみや、パープルを贔屓にして
いる人は結構たくさん居ると思いますよ」
 桜子も佳宏の意見に支持する。
「あと、ここだけの話、意外と政治家にもパープルの愛好者がいるそうだ。親父も俺が小さい時分から良くここ
を使っていたそうだ」
 と幸親がつぶやく。
 そうなると金の面は気にしなくてもいい。あと問題はこの店をどうするかだ。進行役になっている悟は、
「そうすると、一度この店を壊して移転するという事で決まりと言いたいところなんだけど、一つだけ難点があ
るとするとしたら、この店って、なにしろ昭和時代からのつくりだから……」
 彩華も話に乗ってくる。
「そーね!ここって古いから、ちょっと壊してみたらいきなりガターって全部崩れちゃうんじゃない?」
「いくらなんでもそれはないよ」
 ここで沙奈のツッコミ。更に沙奈は、
「壊したはいいけど、いざ建て直したら柱が貧弱で使えない、という事もあるかもしれない。だとしたら、使え
る所はなるべく今の建材を使って、古くなったところは新しくするしかないね」
「そうだな。屋根瓦とかけっこう傷んでいるから、立て直すときは新しくした方がいいかもな」
 圭もこう発言した。素人判断だが、なかなか歴史のある建物を再建築するのは難しいに違いない。
「けど、古い建物を復元移築する話って、歴史的建造物が多いではないですか!パープルのような普通の店
に、大工さんが引き受けてくれるのでしょうか?」
 桜子の発言は的を得ている。そう言ってみればそうだ。明治時代の屋敷や商家の移築は聞いた事がある
が、普通の店の移築はまず聞かない。
「金井さんの意見は重要だ。まずは引き受けてくれる業者を探さないと……」
 けど、悟が思っている以上にメンバーの行動範囲は広い。
「親父の仲間に大工が居て、家を建て直す時に古い建材を再利用しているそうだ。ここなんか脈がありそう
じゃないのか?」
 さすがは幸親だ。政治家から大工まで人脈が幅広い。
「まあ、安全策として大手建設会社も一応相談してみるように村崎さんに言っておくよ」
 と、悟が付け足しておく。
「ところで、移転先はどうしようか?」
 彩華が質問する。
「いい質問だね、と言いたいところだが、まだ決まっていないし、村崎さんもどこでもいいって言っていた。
 相変わらずアナウンサー気取りの佳宏。
「いっそのこと伊勢君の言っている大工に、空いている土地のことも調べるようにすればいいんじゃない?
大工さんなんだから不動産とも知り合いが居るんじゃない?」
 ほのかも相変わらず他力本願と言うか、要領がいいと言うか。けど、この考えも、餅は餅屋的なものだし、
案外いいかもしれない。
「みんなすごいね!これだけ頼りになる知人が居れば、いざという時便利ね」
 庶民歴の長い沙奈は、ただただメンバーに感心するばかり。
「便利といえば俺の親父だ。政治経済司法全てにおいて専門家が知り合いに居るぞ」
 幸親は自慢する。負けじと佳宏も、
「オレ一人居ればすべて安心さ。大船に乗った気持ちで居ればいい!」
「何が大船よ!泥舟のあんたで一体どこまで役に立つか…」
 またまた彩華だ。二人はカップルなのに仲がいいのか悪いのか。
「ま、あたしも人脈を持っているけど、レジャーとファッションとグルメ関係!」
 これはまた、実にほのからしい発言だ。特にファッションは得意分野だろう。女性陣は口々に「今度いい
店を教えてね!」とつぶやく。
「話がそれてきたな〜。とにかくみんなどうもありがとう」
 苦笑しながらも皆に感謝する悟。全員で決めた事をまとめて、1階に居る村崎さんに伝えた。
 無論喜んだのは言うまでもない。

 それから1週間後。六本木にあるパープルは、再開発後のビルのテナントとして入らず、別のところで
営業をする旨を正式に関係者に伝えた。
 そして10月に店を閉店し、順次建物の解体をする運びになった。再建築や移転費用は有志の寄付で
賄う事が出来、土地選定と建設関係は幸親の紹介した業者が行う事も決まった。
 おそらく閉店後しばらくしたら移転先が決まるらしい。
 六本木でのパープルの営業は残り少しになった。そうなると何となくさびしくなるものである。
 人の出会いや別れと同じように、建物の別れもさぞかしつらいものである。特に村崎さんは……。そう
思うと、人生にも似た複雑な気持ちになったメンバーであった。
【続く】

  次へ    戻る    目次へ