第6節 心の埋め合わせの間に合わせ

  ほのかが心配していた事は、しばらくして現実のものになった。
  彼女の幼馴染である鈴原圭が、他の女子生徒と一緒に帰宅しようとしているのを、ほのかが目撃して
しまったのだ。
(何であんな子と……)
 ほのかはその瞬間、鈴原君と長年培ってきた愛情が音もなく崩れ去り始めている心境に陥った。
 ふとその時、数日前にメンバーの女たちと話していたことを思い出した。
(もしかして、この子が……)
 彼女の心は幾分落ち着き、あるひとつの疑問が浮かんだ。そして、ほのかが起こした行動は?
 沙奈は、珍しく双子の兄の悟と一緒に帰路についていた。その時、ほのかからメールが届いた。
〔やっぱりそうだった。鈴原君が別の子と帰宅している〕
 ほのかにとっては、自分のヴァージンを捧げた人を誰かに盗られてしまうという思いが人一倍強いのだろう
か。デコメも絵文字もまったく使わないメール本文からも伺える事ができる。
 沙奈自身は、好きになった人と別れた経験は多くないが、それなりに好きな人を失ってからの絶望感は味
わっている。
 とりあえず、〔その相手の子だって、心の傷を持っているはず。しばらくは様子を見たほうがいいのでは〕と
返信し、隣に居る悟に、こう話した。
「さっき、唯崎さんからメールが来たんだけど、彼女、悩んでいるらしいの」
「これって何となく分かる。それって、鈴原が諸星そっくりの姿になったので、彼を好きだった子が、接近して
きたって言う話だろ?」
「そうなんだ。けど、唯崎さんって、どことなく純情なところがあるから、こういう場面を見ちゃうと、どうしても感
情が高まっちゃうんだよね」
「僕にはそう見えないけどな……まあ、鈴原も女には晩生(おくて)なところがあるから、きっと相手のほうが
飽きちゃうんじゃないのかな?」
「そうならいいけどね」
「とりあえず、明日それとなく聞いてみるよ」
 沙奈は、兄の言葉には何となく含蓄があると判断した。なにしろ一年前、この学校に編入したばかりの始業
式の日に、彩華の美貌を遠巻きにして見ていた男子生徒の中に圭が含まれていたからだ。
(なるほどね。後でほのかちゃんにそう返信しておくか)と思う沙奈。

 翌日。悟はいつもより早く登校し、教室でぼんやりと座っている圭を見かけるや否や、
「おはよう。ちょっと話があるんで……」
と言いながら彼を誘った
 誘った先は、男子トイレ。
 男子の特権のひとつである、俗に言う【連れション】だ。数人の男子生徒が大っぴらに打ち明け話や下ネタ
を言い合える数少ないスポットともいえる。
 早速悟は、
「昨日の放課後のことについて……」
 と言い始めると、
「まさか、あのことを知っているのか?!」
 トイレの外にまで聞こえそうな大声で叫ぶ圭。
「いや、唯崎さんがたまたま目撃したって。その事をサナにメールしてきて僕は知ったんだけど……一体あの
子って誰?」
「あああ、一番知られたくない人に……。どうすればいいのか……」
「一応、心配するな、って言う返信をしたんで、とりあえずは大丈夫だけど……」
 圭は、少しうなだれながら、昨日のいきさつを話し始めた。
「ほら、いつかパープルで賭けマージャンをしてから、諸星君と安達君との仲が悪くなった時があったじゃない。
あの時から諸星君と付き合うようになった子で、A組の上原香奈っていう子なんだ。結構かわいい感じなんだ
けど、おとなしいところが2人をひきつけたらしいんだ。それが春になって、何の前触れもなく諸星君が突然新
潟に引っ越してからは、『別れも言わずに去った』とかで、ずっと悲しみにくれていたそうだって」
「そうだったんだ。やっぱりその子は諸星君に一方的に振られたと思っていたんだ。だから」
「うん。2学期になって、諸星君からもらった服を着て、髪も伸ばしたことで、上原さんの目には僕を諸星君とし
か見えなくなったらしい」
 悟は、(やっぱりな)と思いながらも、
「それで、諸星君の代わりになっていたというわけなんだな」
「そうなんだ。上原さんにとっては僕は鈴原圭という男であって、諸星博樹ではないという事を知っているはず
なんだけど、まだ未練があるみたいなんだ」
「分かる分かる。その気持ち。僕も同じようになったら、きっと金井さんのようなメガネの子を探すだろうな」
 圭も、少し照れながらも、
「だから、上原さんの心が癒えて、別の恋人を見つけるまでは、しばらくは彼女の心の支えとしていたいんだ。
もちろんほのかちゃんのことはひと時も忘れていないさ」
「分かった。サナにそう伝えておく。打ち明けてくれてありがとう」
 トイレから出た圭の姿はどことなくさわやかになっている。彼が恋人・ほのかと二股をかけるような男ではな
いと言う事は悟はもちろん、きっと安達君も知っているであろう。それは物語の最後で打ち明けるとして……。
 一時間目の休み時間に、トイレでの話を沙奈にも教えた。
 沙奈は、それを聞いて少し驚いた。
「上原さんって、私と同じだったテニス部にいた子じゃない。私たちとは接点はなかったけど、きっと唯崎さんもそ
の子の事は知っているはずよ」
それを聞いてすぐに沙奈はほのかに伝えたことは言うまでもない。その事実を知って、ほのかはかなり安心した
様子だったのが印象的だった。
 落ち着きを取り戻したほのかは、
「それなら大丈夫よ。なにしろ鈴原君はあたししか眼にないんだから。けど、彼もやさしいところがあるんだね。な
んだか少し見直しちゃった」
「そうね。少しでも諸星君の代わりをすることによって上原さんの心の隙間が埋まってくれるならね。私にはでき
ないよ」
 さらにほのかは意地悪そうな言い方でこう言った。
「けど、鈴原君には、上原さんの体の隙間は埋めそうにないって!」

 その日の夜、岡村きょうだいは自室で、
「とりあえず、鈴原と唯崎さんの件はどうにか片付いたな」
「本当。けど相手がほのかさんとも知っている人でよかった」
「けど、鈴原があんなにイケメンになるとは僕も夢にも思わなかった」
「そういえばほのかさんが、鈴原君とは上原さんの体の隙間は埋めそうにないって言っていたけど、なぜ?」
 悟は、沙奈の耳元でつぶやいた。
「だって、鈴原君のアレって、まるで小学生みたいなんだもん!」
 と言いながら沙奈の目の前で腰に手をかけて前後にくねらした。
 沙奈は、昨年の年末、メンバー全員が家に集まったときのことを思い出した。カラオケ大会で異様に盛り上がり、
安達君たち3人が一斉に【ご開帳】をした時に、思わず指の間から見た姿!確かに鈴原君の一物は、安達君と諸
星君と比べても貧弱だった。
「なるほどね」
「だから、鈴原君はその事にコンプレックスを持っていて、スキーに行ったときも、風呂場で鈴原君が、剥けていな
い一物をブラブラさせながら『僕のアレはほのかちゃんだけの物なんだぜ!』と空威張りしていたんだから!」
「そうなんだ。それならほのかさんも安心だね。と言うか、はじめから鈴原君は別の女の子とは一発させないって
知っていたのかも?」
悟は、そのことに関しては一人のオトコとしてこう諭した。
「とにかく、男って言うものは、いい女の子がいれば、すぐに付き合いたいと思うんだけど、最終的にはどうしても、
自分が隠したい事って避けようとするもんだよ」
 沙奈は、話を聞きながら、
「男って結構不思議なんだね。まあ女も、好きな男が別の子とイチャイチャしているだけで嫌気がさしてしまう人っ
ているから。ほのかさんのように」
 岡村きょうだいが談笑しているその瞬間、ほのかがくしゃみをしたかどうかは定かではない。

【続く】

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