第5節 二学期初日

 楽しかった夏休みが終わり、二学期が始まった。
 岡村家でもまた慌しい朝が再開したのは言うまでもない。
「うわー!寝過ごした!」
「サトシ、おはよう。サナならもう学校に行っちゃったよ」と母。
「今日から二学期だと言う事、うっかり忘れて……そんな喋っている余裕はない。朝食いらないから、行ってき
ます!」
 大慌てで家を飛び出し、駅に向かう悟。学校に着いたのは始業開始直前だった。
「ふう、ぎりぎりセーフ!」
 既に教室には、沙奈をはじめメンバーが揃っている。夏休みの間会っていなかった仲間と再会するや否や、
「岡村君、お久しぶりー!」
 一斉に歓声を受ける悟。何となく嬉しいやら恥ずかしいやら。
 ちょうどその時始業のチャイムが鳴った。けど担任は教室に来ない。今日は始業式と言う事なので、きっとそ
の準備とかで忙しいのかもしれない。
 そうなると、まだ夏休み気分が抜けきらない生徒達は、また仲間同士で談笑を始める次第。
岡村達のメンバーも例外ではない。
「皆久しぶり!、まあ安達君とは沖縄で会ったけど」沙奈が話し始めると、
「そうか、岡村も沖縄の別荘に行ったか。あそこはのんびりしてていい所だな」
 何回も行っている幸親がつぶやく。
「ああ、とてもよかった」悟が答える。
すると、まだ誘われていないほのか達が口々に、今度誘って!と佳宏にアプローチをかける。
 その姿はまるで有名人と追っかけのやり取りのようで結構滑稽に見えた。
 その中の一人で、昔から佳宏の子分格の圭は、意外にも別荘の話題に関して冷静を保ち続
けている。
何回か行った事があるみたいで、
「あそこの別荘って、トイレがボットンなんだよね。せっかくのバカンスが幻滅しちゃうよな〜」
と愚痴をこぼす。それでもほのかは、そのくらいは平気さ、と言わんばかりの雰囲気。
 その時に悟は気づいた。いつもの圭の姿ではなかったのだ。それもそのはずで、先々月に野球部を引退して
から、ずっと髪を伸ばし続け、9月の始めには、一般的な男子と同じような髪型に変わっていたのだ。尤も遅刻
寸前で教室に入った悟以外は既に気がついていて、沙奈や桜子も、彼の変貌ぶりに驚きながらも、何かしらの
モーションを振りかけはじめている。
 しかも、服装も2学期に入ってから微妙に変化している。なぜなら夏休み中に、新潟に引っ越した諸星博樹と
逢ったらしく、博樹から幾つかのお気に入りに衣類を譲ってもらったらしい。
 となると、髪型を似せれば諸星そっくりになるという計算と言う事で……。
 午前9時半。始業式を終え、2学期最初の授業。担任でサッカー部顧問の野口先生がB組の教室に入る。
「あれ?いつの間にか諸星君がウチのクラスに?」
 案の定担任が引っ掛かった。すぐさま髪をアップにする圭。
「な〜んだ!鈴原君だったのか!それにしても良く似てるな」
 教室のあちこちで笑い声が聞こえてくる。
「初っ端から野口先生の勘違い」幸親が一人つぶやく。

 始業式と言えども、午後の授業がしっかりあるのが麻布が丘高校。お金持ち学校と言えども学業には手を
抜いていない。
「あ〜あ。二学期に入ったらすぐに勉強か!嫌になっちゃうな!」
「せめて今日ぐらい昼に帰らせろよ!」
 男どもは愚痴をこぼしながら学食に向かう。悟も、
「そう言えば、朝食を抜かしたから、もう腹が空きに空いている、と」
と言いながら教室を出ようとしたその時、
「そんなサトシくんの為に、今日は弁当を持って来ました」
 と桜子の声。その一言に思わず頬がほころんだ。
「金井さん。僕の為に作ってくれてありがとう」と言うと頬にキスをした。それを見ながら佳宏達は、
「ああ、熱い熱い。早く学食行って涼んでこよっと」
との言葉を残し姿を消した。
 弁当箱の蓋を開けると、中には大きめのおにぎり2つとゆで卵、そしてミニトマト3個だけの質素なもの。まるで
運動会か遠足の弁当のようだ。
「店の台所でパパッと作ったんで、あり合わせのようだけど……」とさも弱弱しく答える桜子。けど、悟にはこれで
も満足したようだ。何しろ初恋の子から初めて手作りの弁当をもらえたのだから。
 ふと桜子の方を見上げると、彼女も同じような弁当を食べているのだ。
「一つ作るのも二つ作るのも同じだから。私も同じのを作ったのです」
これを見て悟はますます嬉しくなった。
「ふふふ。なかなかお似合いのようね」
 彩華達、女3人組は2人の姿を見ると、笑みをこぼしながら購買へ向かった。

 教室を出た沙奈は、
「へへっ、作戦成功。と」彩華とほのかに向かってニンマリ。
「それにしても、金井さんに弁当を作らせる、ってアイディア、良く思いついたね」
 彩華が質問すると、
「このところ、お兄ちゃんが何となく浮かない感じだったから、きっと愛を欲しがっていたのかな、と思って」
「けど、なぜ今日遅刻しそうだって分ったの?」とほのか。
「そりゃ私達双子だからその位のことは大体わかるのよ。だから昨日金井さんにその事をメールしたのさ」
「今度試してみよっと。……けど鈴原君、夏休みを終えてあんなにカッコよくなって、ちょっと複雑な気分……」
 ほのかの表情が少し暗くなった。
「あれ、二人は夏休み会わなかったの?」と沙奈。
「新潟に行く直前に何回か逢ったけど、暑いとか言ってずっと帽子をかぶっていたから、まさか髪
を伸ばしていたとは気がつかなかったの」
「まあ、鈴原君とは幼なじみなんだから、ちょっとやそっとでは愛は崩れないよ」
 彩華が元気付けようとすると、
「それならいいんだけど、諸星君を好きだった子が、面影を頼りに彼に近づくような事があったらと思うと……」
「そんな事はないって。まあオトコは色々なオンナと遊びたいとは思うけど、結局は、ほのかチャンの所に落ち着
くって」
 沙奈の励ましが効いたのか、
「そだね。サナちゃんの言う通りかも」
 購買へ向かう足取りはいくらか軽くなったようだ。

【続く】

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