第4節 本当の幸せとは

  沖縄にある安達家所有別荘での夜。佳宏の話は更に続く。
「そのあとに病室に来たのはお袋だった」
「子供が起こした突然の出来事に、親だからきっと心配していたでしょう」
「もちろん、入ってくるなり『何でそんな馬鹿なことをしたの?!』と叱られた。けど事の発端はというと、お袋宛に
かかってきた電話だと言うこともあり、すかさず反論した。
『いいんだ、あの時幸親が助けないで、ほっといてくれたらよかったんだ!オレなんかあのまま溺れて死んだ方
がましだった!』」
「えっ!!そんな事を親に向かって言っちゃったの!?」
「そうだ。あの電話がそう言うきっかけを作ったんだ。
『お袋はずっと黙っていたけど、さっき秘密は知っちゃったんだ!!オレはお袋の愛人の間にできた子だっていう
事をな!!!』実は、あの電話はオレの生みの父親からで、今月の養育費が払えなくなったから待ってくれ、との
内容だった」
 佳宏は隠し子だった!!思いもよらない展開になり、息を呑む悟。佳宏は時折息を詰まらせながらも、
「養育費って言うのは、要は離婚したり別居している父が、子供のための生活費を払うもの、というものは既に知
っていたけど、お袋が離婚したという話を聞いていない。と言うことは考えられることは一つだけ……その言葉を
聞いて、お袋は崩れだし泣きながら、『ああ、ついに知ってしまったのね……いつか言おうと思っていたけど、あん
たにどうお詫びをしていいのか……』その後は声が出なかった。けれど、生まれて14年も一緒に暮らしたのだし、
作ったきっかけがどうであれ、オレを育ててくれた事は感謝している。……事実は事実なのだから、悲しいけれど
受け止めなければならないと思い、病室で泣き崩れて無心で謝っているお袋に対し、これ以上強いことは言うのを
やめて、海での騒動を陳謝し、今までのお袋の経歴をすべて許して、いずれ生みの父にも会うと約束する事で、お
袋はやっと泣き止んでくれた……」
「だろうね。けど、安達君がこんな関係で生まれたとは……本当に思いもつかなった。入院したということは、結局
別荘でのバカンスどころじゃなくなったんだよね」
「そうだ。オレがこのざまになったので、招いた家族には、親父が車代を渡して帰らしたそうだ。……やがて病室に
親父も入ってきたので、お袋がいきさつを全て話した」
 佳宏は自分の母が【佳宏の実の父】と出逢ったいきさつから、今の夫に逢い、結婚するまでを淡々と話した。麻紀
さんがまだ駆けだしの劇団員だった時の同僚と恋に落ち妊娠。その相手が妻子持ちだとわかり、毎月養育費を払
う事を条件に相手と別れ、劇団も脱退。その後レコード会社の幹部である今の夫と知り合い、麻紀さんが未婚の母
である事を承知で結婚し、その後佳宏を認知、やがて女優としてデビューし今に至る……。
 悟にとっては、文章にすれば一冊の本にもなりうるような、壮絶な人生模様を佳宏の母が歩んだのだなと痛感させ
られた。
 それと同時に佳宏は、私生児として生まれ、しかも母が名の知れた女優と言う、一般庶民では想像する事の出来
ない環境の中で、運命に翻弄されながらも必死で育ってきたのだな、とも思った。
「知っての通り、お袋が人気女優になってから家に帰っても両親は仕事で帰ってこない毎日が続き、面倒はすべて
賄いのおばさんに見てもらってきた。その代わり、小さいときから小遣いだけは湯水のようにもらって、好きなものも
買えたし、金の力でやりたいことも自由にすることができた。しかしオレの心はいつも寂しかった。両親の愛情を注が
れずに育ったオレの気持ちがわかるものか!そう思う日々が続いた」
 ここまで佳宏の話を聞いて、悟は思わず悲しくなってしまった。父親と血がつながっていないことの悲しみ。初めて
自分の出生の秘密を知ったときの絶望感とやるせなさ。そして思わずとった自暴自棄的な行動……
 悲しいがすべてが真実なのだ。しかもその事実を隠す事無く打ち明けてくれたことにも感服した。それだけ人生を
冷静に受け止める事が出来るのも卓越した心の持ち主なのだなと思っていると、
「実は、それだけ堂々と打ち明ける事が出来たのも、麻布が丘高校に入ってからなんだ。アヤちゃんが同じ学校に
入学した事によって、本格的に付き合うようになったのだけど、その当の本人も小さい時から親の愛情をあまり注い
でくれず、金だけで親子の絆をつなぎとめていた事を知った。そして幼なじみの幸親も、小さい頃に母親と死別し、一
家崩壊に近い状態というのも高校入学してから初めて教えてくれたし……そうなるとオレよりも深刻ではないものの、
一家の絆が弱かったり、精神的に寂しかったりしている人が身近にいるんだな、と思うと、(辛いのはオレだけじゃな
いんだ)と思うようになった。だからこそ以前、岡村ん家に呼ばれた時は、こんなに幸せな家庭があったんだ、って正
直羨ましかったよ!」
 悟は、
「はじめて安達君に会ったときから、なんて恵まれた環境に育って、豊かな日常を過ごしているんだ。とずっと憧れ
ていたけど、今日この話を聞いて、全く違っていた事を思い知ったよ。しかもうちの方がずっと羨ましいと思っていたな
んて、考えもしなかった」と語った。そう考えると、物質的な豊かさよりも、心の豊かさの方が何倍も勝っているのだな。
と、つくづく考えさせられた。今まで、うちなんか他のメンバーの子より使える金も少なく、持ち物も少なく、なんて我が
家は金持ちじゃなかったんだ。と悔やんだ事もあったが、本当は我が家を憧れていたのだなというように考え直すべ
きだな、とも思ったりした。
 また、確かに他のメンバーの面面も、親が多忙な家庭ばかりで、家族団欒を味わってこなかった子が多いのは知っ
ている。幸親は、そういった寂しさを紛らす為に、一人パープルでタバコを吸っていたし、みんな口では言えないけど辛
いんだ、と感じた。
「少しでもオレの心の中がわかってくれたらいいと親友のお前に話した。表面は派手で物質的に幸せのように見えて
も、実はそうではないということがわかっただろう。これからもお前の家に遊びに行くよ。そのときはよろしくな」
 佳宏は、自分の心の内を明かすと、気持ちが落ち着いたらしく、安堵の表情に変わっていた。
そして、全てを聞いていた悟も、佳宏を今までは派手で見た目は僕よりも幸せに見えていたが、実はまったく違って
いた事を。しかしそんな苦しみを見事に乗り越えたのは同じ境遇にある友人の支えがあってこそだったとは……。
ふと窓の外を見ると、既に空は真っ暗で、時計の針も午後11時を過ぎている。
「もう時間も遅いから、そろそろ寝ようや」佳宏は電気を消してベッドに潜りこんだ。
 悟はとても複雑な思いで床についた。
 もし自分が佳宏と同じような立場だったら……。そして【真の幸せ】とは………。

 翌朝。
 昨日の青空と打って変わって時折通り雨が降るような、はっきりしない天気に変わっていた。窓辺から見える水
平線もぼやけて見える。
 こう言う天気だと朝食を食べ終わっても砂浜に出ようと言う気になれない。と言う事で、近くにある名護の観光を
提案された。ワゴン車も乗って良いと言われたので、早速岡村一家で名護に観光に出かけた。
 その車の中で、悟は昨夜佳宏から聞いた話を家族にも教えてあげた。
 一通り語り終わると、あまりの衝撃的な内容に、暫し沈黙した。特に沙奈は、学校内で佳宏の派手な服装と快活
な声からでは考えられないような過去を背負っていたとは夢にも思っていなかったからだ。
 まあ、有名人の親ならではの現象と言えばそれまでだが、本人が意外と開き直っているのがまだ救われている
な、と感じた。
 沙奈の、
「そうなると、うちはとっても幸せなんだね!」と、
「そうよ、うちは金持ちではないけど、心だけは温かいから」との母の答えが印象的だった。
父の転勤で、北海道の片隅から一気に大都会・東京、しかも金持ち高校に編入して来た悟と沙奈。華やかさばか
り目に行くが、金持ち特有の悩みや悲しみがあるのだな、とつくづく感じてしまった。
 まあ、せっかくの沖縄なので、こういった堅い話は不似合いと感じたので、すぐに話題を変えた父。
「もう少しで、名護城址に着くぞ」
 沖縄観光を終え、一家は別荘に戻り、家でのんびりしていた安達さん一家と合流した。沙奈は佳宏を少し心配して
いたが、普段どおりの明るい表情なのに安堵した。
 その後、砂浜でスイカ割をしたり、自家用モーターボートに乗せてもらったり、レストランで食事をしたりと、沖縄で
の楽しい3日間を過ごした。それは2人にとって忘れられない、夏の思い出になった。そして佳宏の真の心の中を知
り、それを認め助け合う事によって、改めて友人の結束が強くなったのであった。

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