第4節 「イイトコロッケ」
 沙奈は悟と別れると昇降口の入り口で彩華が来るのを待っていた。
 数分くらい経っただろうか。
 「お待たせ!」
 彩華の明るい声が聞こえてきた。確かほとんど同じ時間に教室から出たのに私より時間が
かかったのを不思議に思った。
「ごめん!A組にいる友人が他の子とおしゃべりしていたんで、終わるまで待っていたんだ」
「A組に友達がいるの?」
 沙奈が尋ねると、隣にいた子が、
「はじめまして。あたしが自称2年A組で一番かわいい、唯崎(ゆいさき)ほのかで〜す!あな
たが転入生ね。あたしのクラスにもかなりイケた男の子が入ってきたよ」
「実は私の双子の兄なの。私はB組の岡村沙奈よ」
「やっぱり〜!ぱっと見てサナちゃんがその子と良く似ていたから!双子だったんだ〜!」
「ありがとう。兄を褒めてくれて」
「けどアヤちゃんと友達だったとはあたし知らなかった!転入一日目なのに」
「あたしが誘ったの。新入生とかは誰もアタックしないうちに狙っとくのがいいから。知らないう
ちに別のグループに入ってしまったら損じゃない」
「そーかも!」
 2人の話を聞いての判断だが、彩華とほのかはかなり前から友人だったらしい。ほのかも彩
華に負けず劣らずの美少女だ。彩華よりもスリムで、スタイル的には負けるもののスレンダー
である。話し方や服装からどちらかといえば子供っぽいところがあるのかもしれない。
 こうしてみると、沙奈は彩華とほのかに比べればまだまだ地味な感じがする。ひょっとして【二
人の引き立て役】として彩華に誘われたのかな、と一瞬妙な事を考えてしまった。
 けど(きっとそうではない)と自分に言い聞かせた。まだまだ一日目、どう動くかは全く分から
ないからだ。
「ところで、これからどこに行くの?」と聞くと、
「六本木の喫茶店で、ドラマのロケがあるんで、これからみんなで行くんだ」
「ロケか!私まだ本物を見たことが無いんだ」
「じゃあ良かった!その前になんか食べてかない?」
 ほのかが急に提案してきた。
「おごってあげるから!」と彩華。
 3人が向かった先は麻布十番駅の近くにある商店街。
 麻布十番と言う場所柄なのかおしゃれな店が多いが、その中に一軒だけ【肉のイケダ】と言
う肉屋がある。
「ここのコロッケがスゲー美味しーんだよ!」ほのかが笑みを浮かばせた。
「コロッケ3つ、ソースをたっぷりね」
 店の人はすぐに熱々のコロッケを渡した。
 すぐさま3人は、まるで男のように豪快にかぶりついた。
「おいし〜!」
 沙奈はあまりのおいしさに感激した。男爵イモの本場である北海道出身でありながら素朴な
コロッケの味は今まで口にする事が出来なかったのもあるかもしれない。
「ここのコロッケは昔からのおいしい味を守っているんだ……おじさん、また買いに来るよ」
 彩華は代金を払い店から離れた。
 3人は熱々のコロッケを食べながら商店街を歩いた。
 商店街を抜け、大きな道路を越えると六本木に入る。北海道に住んでいたが六本木くらいは
テレビでも取り上げられるのでよく知っている。
 しばらく歩くと人だかりが出来ている喫茶店を見つけた。どうやらここがテレビドラマロケの現
場らしい。
 3人はロケを行ってる喫茶店の前から店内を覗くと、沙奈も知っている女優の姿が見えた。
「誰だっけ?」
「安達麻紀だよ。今一番人気の女優!」
「知ってる!あの人が主役のドラマは良く見ているから」
 沙奈はテレビ画面でしか見ることのできない有名人が間近にいる事自体が嬉しかった。有名
人と言えば麻布が丘高校も有名人の子供が多い。とするとひょっとして……。
 今から数時間前、学校の廊下で下級生にからかわれた時に助けてくれたイケメン君、確か
苗字が安達で、ここに居る安達麻紀さんの子供だと言っていた……。
「もしかして2年C組にいる安達君の親って、麻紀さん??」
「そう。元カレの母」
 彩華は冷めた口調で答えた。今年の春まで安達佳宏と付き合っていたらしい。クラス替えの
時に喧嘩別れをし、今ではただの友人関係だそうだ。
 空気を読めていないほのかは、
「この店のケーキがこれまた絶品なんだよね〜」
と言いながら店内に入ろうとした。
 すると番組スタッフであろう人がすかさず、
「本番中なので関係者以外は入らないで下さい」と言われ制止された。
「当たり前じゃない。撮影中なの分かっていたの?」
 沙奈は当然のように答えた。
「しかーし!、そこがあたしたちは一般人と違うんだな〜」
と彩華が笑微笑むと、さっきのスタッフに話しかけ始めた。
「安達麻紀の知り合いです」と答えると、スタッフは今までの態度から一転し、
「先ほどは相すみませんでした。ただ今撮影がひと段落しましたので休憩時間中ならば会う
事は可能です。お入り下さい」との事。
 3人は、詰め掛けるファンや地元の人たちをよそ目に店内に入った。
 既に彩華が店の人と連絡をしていたのか、テーブルに紅茶とケーキが3つ用意されていた。
「あんたの編入祝ということで、あたし達からのささやかなウェルカムパーティーさ!」
 何と言う用意周到さなのだろうか?彩華とほのかはそれだけ私のことを仲間として受け入れ
てくれるのか!と感激した。
 と言い終わると彩華は麻紀の所に行き話をしている。いくら元カレの親といってもそれ以上
の付き合いがあるのかもしれない。ま、それ以上は詮索しないが、有名人とコネを持っている
という事はそれだけ心強い。
 間近で彼女の姿を見るのは勿論初めてだ。おそらく私には話すら出来ない存在だが、それ
でも十分だ。近くで見てもやはり美人だ。高校生の子持ちには全く見えない。
 おいしいケーキと紅茶を戴きながら、めったに見る事のできない撮影現場を見ることも出来た。
 彩華が用件が終わったらしく、私たちのいる席に座った。
「もうすぐ撮影を再開するみたいだから、そろそろ出よーか?」
 3人はケーキを食べ終わると店内を後にした。沙奈は改めて麻紀に一礼をすると笑いながら
手を振ってくれた。
 夕焼けで町が赤く染まっている。今は午後6時くらいになっているのだろうか?
「時間だからもう家に帰らなくちゃ。今日はとてもいい所に連れてくれてありがとう、これからも
いい仲でいようね。じゃあまた明日!」
 沙奈はそう言って2人と別れた。
 今日は本当にいい一日だった。コロッケとケーキも最高だったし。
 目黒の家に着いたのは午後7時を回っていた。
 北海道の家にあった家財道具が届けられ、既に配置が済んでいた。これで本当に東京の生
活と新しい高校生活が始まるんだ。と感じたのであった。
「さっき、六本木で女優の安達麻紀さんに会ってきたんだ!」
「すごいな!やはり東京は違うね!」と母。
「どうだった?美人だった?」と父。
 その日の夜は、沙奈たちが見てきたロケの話で団欒が弾んだのは言うまでも無い
【続く】
※文中に登場した【イケダ肉店】は拙作「商店街とコロッケと出来心」より引用しました。