第4節 クールガイとKY
 沙奈が小会議室に入ったのは朝礼が終わって5分後であった。悟はすでに入室していて家か
ら持ってきた書類に目を通している。幸い教頭はまだここに来ていない。
 沙奈が書類に目を通し始めた頃に教頭がやってきた。
 教頭が入ってくるまで静かに、かつ比較的真面目に待っていたという事で、さほど問題の無い
生徒と判断したらしく、オリエンテーションと言っても、この学校の簡単な行事日程や時間割、校
内案内等といったありふれた内容であり、
「詳しくは小冊子の中に詳しく書かれているから」の一言でまとめられた。
 小冊子はご丁寧に簡易製本されていて、読めば麻布が丘高校の概要が分かるように構成さ
れている。おそらくオリエンテーションに半日の時間を割いているという事はそれほど学業に専
念しない生徒の為に事細かに教えているからであろうか?とも思われた。きっと教頭が汗かき
ながら手取り足取り教える姿を想像すると滑稽なのか、それとも哀れなのか?と悟は思った。
 小冊子を読んでいるうちに教頭は安心したのか椅子に座って文庫本を読み始めた。まるで定
期テスト中の監視官みたいである。まあ小難しい内容ではなく退屈しないで読めるので、授業よ
りはましだが。
 内容が内容だけに、分からない箇所は質問をしたりトイレの場所を教えてもらったりして午前中
の時間は過ぎていった。
 沙奈は難しい講義みたいなものかと覚悟をしていたが、意外と楽しかった。
 ただ本当はここからが本当の試練らしく、最後に教頭は、誰も聞かないで自分の教室に行く
事を2人に命じられた。確かに小冊子には校内配置図は小さくしか載っていなかった。
 自分のかばんを持って2人は小会議室から出た。大海原に放り投げ出されたような大それた
雰囲気ではなかったが、初めての場所でさ迷うのは沙奈にとっては心細かった。
 格段に前の高校より広い校舎なのであるが、あちこちに案内板があるのでそれなりに迷わな
かった。
 2階の隅に2年生の教室があった。2人はそれぞれ別の教室に入った。
 悟は教室に入るなり「転校生だ」と言われた。特にバカにしたり囃し立てる口調ではなかった
のでほっとした。しばらくすると担任がやってきた。改めて僕はクラス全員に自己紹介をした。全
校よりは少ないもののやはりほとんどが【金持ち】という印象があった。
 新学期当日という事で授業は行われず、午後の時間はホームルームであった。主に自己紹介
で僕を含めクラスメイト全員の紹介をして終わった。さすがに金持ち高校だけあって、親が銀行
員、政治家、モデル、自衛隊員、警察官などかなり特徴的な職業を親に持つ生徒が多かった。ま
あ悟の親も似たようなものであるが。
 すると後ろから背中を叩かれた。
「おっと、俺のすぐ前の席が新入生とは偶然だな。こうして知り合えたのも何かの縁という事でよ
ろしく!」
彼の言葉に無駄が無い。僕も「よろしく」と言った。
「俺の名前はさっき言った通り、伊勢幸親(いせ ゆきちか)だ。決して『お伊勢さん』とは呼ぶな
よな。俺を拝んだって、男相手には何も出てこないから」
 僕は思わず笑った。きっと幸親独自の宣伝文句なのだろう。
「ま、この学校は他とちょいと違うところが多い事で有名だ。分からない事があれば俺に聞いてく
れ。知らない事以外は教えてやるから」
 所々擽り(くすぐり)を織り交ぜて話すが笑みは見せなかった。恐らくこれが地なのだろうか。
 幸親は見た目としては、髪はそれなりに整い、はっきりとした顔立ち。背は悟より高いが無愛
想でやや気難しそうな一面があるが、言動はクールそのもの。悟が北海道時代に今までに出
逢った生徒には当てはまらない個性の強いタイプだ。一方で新参者には親切なのか、今の段
階で友人がいない悟とはすぐに意気投合した。
 放課後、沙奈と悟は偶然昇降口で出会った。双子というものは不思議である。
「一緒に帰ろう」と言うと、
「同じクラスの子と遊ぶ予定が出来ちゃったの」と沙奈は話した。
「そうか、もう友人が出来たんだね。僕も出来たよ」
 そう話していると突然、
「やーい!道産子の田舎者!黒のダサい制服着てやがる!」
 何人の生徒から罵声を浴びせられた。背の高さと顔つきからして1年生らしい。
 2人は(嫌なやつ!)と思い無視して靴を履き替えようとすると、それを見かねた生徒が、
「おい、そこの1年坊主!転入生をからかうな!お前達だって四国出身の田舎者だろ!少しは
言動を慎め!」
 その言葉は昇降口をはじめ周辺に響き渡った。どこからか賞賛の声や拍手がしてくる。勇気
ある行動を讃えているかの様だ。その生徒が一目散に逃げ出したのは言うまでもない。
「ありがとうございます」
 2人は礼を言った。その生徒は茶髪で髪は長めで見た目はイケメンである。身長は悟と同じ
くらいだが体格はがっちりしている。言動は短絡的で意外と子供っぽい感じであった。
「オレは正しい事をしただけだ。……奴らにはオレが後で絞めておくから安心しておけ。……おっ
とオレの名前は安達佳宏(あだち よしひろ)って言うんだ。どうだい、覚えやすい名前だろ!」
 2人はどう答えていいか迷っていると、空気を読めない性格なのか、
「テレビに出ている女優で安達って言う人がいるだろう。実はオレの母だ!」
 近くにいる他の生徒もじっと聞き入っている。確かにドラマに出演しているベテラン女優で安
達麻紀さんという人がいる。けど麻紀さんと佳宏とどうしてもつながりが見つからない。まあ芸
能界というものは、半分闇に包まれているのが常なのだが。
「この学校はオレの様に有名人を親に持つ人が多い。みんな一癖あるが実は根がいい奴ば
かりだ。オレは2人と別のクラスのC組だが、双子ということで気に入った。こんなオレだが仲
良くしてくれば嬉しい。まあ金棒担いだ鬼が付いていると思って安心したまえ!」
 ちょっと変わった人だが気さくで面白そうな雰囲気だ。やはり芸能人の親だから話芸もそれ
なりに身についているのか?
 2人は自己紹介すると意外な質問が帰ってきた。
「君んとこの親は何をしているんだ?」
「北海道航空システムという会社の東京営業所所長だ」
 すると佳宏は目の色を変えて、
「飛行機会社か!ちょうど良かった!実はお袋が遠征をする際に安く行ける会社を探してい
たんだよ」
 いきなり何の話かと思ったら!本当に変わっている。
「関係ない話をしてごめん。とにかくいい人にめぐり合えたみたいな。って感じだな。ちょっとオ
ーバーかな?」
 本当に子供っぽい。まあ佳宏は悪くなさそうな人なのが救いだ。
 そう言うと佳宏は、靴に履き替えるなり学校を飛び出すように出て行った。きっと親に連絡す
るのか?
「じゃあ僕は先に家に帰るから。帰り道は分かるよね」
「うん。結構簡単だから」
 そう言って悟も家に向かった。
 今日は沢山の人と仲良くなって、幸せな日だった。
【続く】