第3節 佳宏の苦い想い出

 佳宏は、ベッドの上で胡坐をかき、ゆったりとした口調で話し始めた。
「……あれは、中学2年の夏だった。この年の春にオレのお袋が病気で入院し、その時にお世話になった病院の
一家と、いつもお世話になっている国会議員の一家を招いたんだ。
 一家ぐるみと言う事なので、子供も一緒に連れてきた。議員の方はうちが昔から付き合いがあるので何回かオレ
も会った事がある。しかもそこの子がうちのメンバーの一人の」
佳宏の話を挟むようにして悟が、
「もしかして、伊勢君?」
「そう。前も話したかもしれないが、伊勢幸親とは、小学校の時からの親友だ。ここにも何回か誘った事もある。そし
て病院の子が、これまた……」
「千代田さんでしょ?」
「そうなんだ。千代田彩華ちゃんだったんだ。実はこの時にオレも初めて出逢ったんだよ!」

「へえ〜!幼なじみだとずっと思っていたけど、実はそんなに古い付き合いじゃなかったんだ」
 悟は納得した。何しろ学校一の美女と自負する千代田さんは、佳宏と恋仲になっているのは前から知っているし、
当の悟も千代田さんをずっと憧れていたのだ。
「伊勢一家は、うちの別荘には何回も行っているので、あの竹やぶの中を通り抜けられるのだが、千代田一家は初
めて別荘に来るので、あんたのように空港で待ち合わせした」
「とすると、あのタクシー乗り場の奥で……」
「その時、初めてアヤちゃんに出逢ったんだ。今より少しやせていたけど、髪はポニーテールで、それはそれは可愛
かった。その時オレの心がときめいたんだ。(あんなに可愛い子がオレの別荘に来てくれる!)ってね」
「へえ〜。安達君も、彼女を見てビビビと来たんだ!それに千代田さんって、中学の時から可愛かったんだ!見てみ
たい!」
「ああ、アルバムに張ってあるから明日にでも見せてあげるよ。んで、ワゴン車の中ではオレとアヤちゃんとは隣の席
で、空港から別荘までずっと沖縄の案内をしたり、雑談をしたりで、それはそれは楽しい時間だった。確かに中学でも
もててはいたが、完璧な美少女と話すのはアヤちゃんが初めてだからだ。けどオレにとっての至福な時間はここまで
だった」
「え、とすると、別荘に着いてから何かあったの?」
「何かって、そんな単純なものじゃない……。別荘では既に伊勢一家がビーチに置いていた椅子に座ってくつろいで
いた。その姿を見てアヤちゃんは、
『あら〜伊勢君じゃないの?こんな所で逢うとは!』と幸親の姿を見るなり叫んだんだ。つまり幸親とアヤちゃんは、
前から親しい仲だったんだ。世の中広い様で狭いって事が分った気がしたのを今でも覚えている」
「そうだったんだ。じゃあ、別荘では、ずっと千代田さんと伊勢君はずっとベッタリしていたって事?」
「そう。これって悲しいでしょ。オレの別荘に知り合いや世話になった人達を誘うのはいい。けど誘ってあげたのはオ
レ達一家だ。客同志知り合う場所じゃない。ましては主役のオレを差し置いて、気を使ってやるのが普通だろ。それ
にもかかわらず人目を気にせずイチャイチャしおって。確かに幸親はオレの友人だった。またアヤちゃんと初めて知り
合ったのも事実だ。だけどその2人が何でここでくっつかなくちゃいけないの!」
 佳宏の話に力が入り始めた。それを聞いて悟は、何だか彼の言い分が自己中心的に思えて来た。
 まあ、「客として迎えたんだから」というおごりの気持ちが飛躍してしまったのだろう。けど、呼ばれた者同志が幼な
じみだったとは、何とも出来すぎた偶然と言うか……。
「確かに、あの時は嫉妬の気持ちが少しはあった。けど、幼なじみと逢ったばかりの片思いとでは勝負になるわけが
ない。あの時、オレが別荘に戻っていなかったら、きっと今もアヤちゃんは幸親のものだっただろう……」
「じゃあ、安達君は怒って別荘に戻ったの?」
「そうだろ。砂浜で2人がベタベタしているのを見ていられるか?オレは我慢できなくなって、別荘に戻って、自分の
部屋でCDでも聴いて心を落ち着かせようと思った。別荘に戻り2階に上がろうとしたら、一本の電話がかかってきた
んだ。今思えばこの電話を取らなければきっと人生は変わっていたかも知れない」
「電話をかけた人は、一家が別荘にいるって分っていたの?」
「違う。うちの場合、各地にある別荘にいる間は、東京の自宅にかかってきた電話は全て転送されるようにしてある。
……その時、ある男性からかかってきたんだけど、お袋への電話をオレが取ってしまったんだ。その電話を取ったば
かりにオレの心が大きく揺らぎはじめたんだ。そしてオレの知られざる過去を突然知ってしまったんだ」
「えっ!そんな衝撃的な電話がかかってきたの?」
「その電話の内容は何かは後で話す。けど、その電話のあと、オレの心の中に、【どうでもなれ】との思いがふつふつ
と湧いてきた。そして少し考えたあと、ある事を決意すると、水着に着替え再び砂浜に向ったんだ」
「砂浜には2人がいるんでしょ。何かちょっかいでも出したの?」
「そう。あの時は気が動転していたから、幸親にこんな事を言ったんだ。『千代田さんとベタベタするな!ここはオレの
ビーチだぞ!』幸親はとっさのことに驚きながらも、
『オレと千代田さんはずっと昔からの幼なじみだ!ベタベタしてどこが悪い!』
そこからどんどんエスカレートして、ついに殴る蹴るの大喧嘩。勝ち目はないと分ったのか、ついついムキになってし
まったんだ」
悟は佳宏の話を聞き入っている。更に佳宏の話は続く。
「『オレと安達君、どっちが好きだ?』幸親がアヤちゃんにこう質問した。そしたら、
『二人とも好きよ。けどどっちかと言ったらスポーツマンの方かな?』子供の遊びじゃないんだから、3人で付き合う事
態は避けたい。そうなったら(どちらかに決めなくちゃ)と思った。何しろオレの心の中はどうにでもなれと思っていたの
だから、今となっては思いもつかなった事を口に出してしまったんだ。
『幸親、オレと一緒にモーターボートに乗らないか!』自家用のモーターボートを持っているので、一緒に乗ろうと誘っ
た。幸親は沖で話し合いでもしようかと思ったのか、素直に乗ってくれた。そして2人でモーターボートに乗って3分後。
沖に出るとモーターボートを止めた。
『今からお互いライバルだ。ここは男らしく競争で決めよう。ここから砂浜に向って泳ぎ、砂浜に一番先に着いた方が
千代田さんと付きあっていい。これは男と男の勝負だ!』て言ったんだ」
「それでどうなったの?この勝負は?」
「もちろんオレは気が動転していたから、有無を言わずボートから飛び込み、やみくもに泳ぎ出した。幸親もつきあい
で一緒に泳ぎ出したが、もともとクールな性格の幸親は、冷静に考えれば無茶極まりない行為なのは目に見えていた
から、そのまま引きかえしてボートに戻ったらしい。そんな事は知らずオレは一目散に泳いだ。けど泳ぎがうまくないオレ
が無謀を承知で勝負をしたのは明らかで、砂浜の遥か手前で力尽き、案の定溺れてしまった。オレが溺れてわめいて
いるところを幸親が救助してくれて一命は取りとめたが、水を少し飲んだという事で、すぐに病院に運ばれた」
「こんな事があったから、海で泳がなくなったんだ……。で、それからどうしたの?」
「病院で診察後、異常がなかったが、念のためその日は病室で安静と言う事になった。すぐにアヤちゃんがかけつけて、
『私の一言であんな事になってしまって……けど無事で本当によかった』と涙をこぼしながらオレのことを心配してくれた」
「なるほど。確かに最初に千代田さんがそう言ったから、ついついそんな行動をとってしまったからね。けどこれがきっか
けで付き合うようになったんだ……」
「結果としてはそうかもしれない。で、その次に病室に来たのは幸親だ。
『古くからの友人なので、お前を助けてやったが、今日のお前本当に変だぞ!いきなり怒ったり無茶したり、たかが女
友達の事で勝手に腹立って、どうかなっちゃったんじゃない?いつものお前じゃないぞ!おまけに散々とばっちりを受け
て、親にもアヤちゃんにも気まずい思いをした!』とか言われて、そのままぎくしゃくした関係は改善されないまま。と、ここ
まではオレも想定の範囲内だった……」

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