第2節 プライベートビーチIN沖縄

 6人を乗せたワゴン車は、しばらくは那覇の町中を進んでいたが、大きな橋を渡ると、綺麗な海が見えはじめた。
 果てしなく続く水平線と綺麗な海、車の中でも聞こえる蝉の合唱、そして南国特有のヤシ並木。関東では見られな
い美しい風景に岡村一家は感激した。既に悟は携帯のカメラで何枚も写真撮影をしている。
「北海道もいいけど、ヤッパ沖縄は最高だな!」
「私が招待した人は必ず言いますね。沖縄の海は日本でも有数の美しい所ですし」
 さすがは全国的に知名度が高い人気女優、きっと日本のあちこちに別荘を持っているに違いない。ひょっとしたら夏は
沖縄、冬は北海道、春と秋は京都とかに住んでいるのだろうか?と沙奈は思ったりもした。

 海岸沿いを走る事一時間。ワゴン車は突然速度を落とし左折。蚊がたくさん飛んでいそうな竹やぶの中にある細い道
を入って行った。100m位進むと、そこに突如として現れたのは真っ白な砂浜と、小さな別荘だ。
「ここがうちの別荘だ」
との佳宏の声。
「長旅お疲れ様です。お昼の用意ができていますので、ぜひどうぞ」
 麻紀さんは車から降り、別荘のドアを開けた。
 岡村一家が別荘に入ると、麻紀さんの主人が待ちかねていて、
「ようこそ、私達の別荘へ」と歓迎され、リビングに通された。リビングは吹き抜けになっていて、真夏の光を程よく受け、
しかも窓からは沖縄の海が眩しいくらいに広がっている。
 麻紀さんの主人は有名な人では無いらしく、メガネをかけていて、背もあまり高くない、中肉のごく普通のサラリーマ
ンタイプだ。
「私が心を込めて作りました」
と、安達さんの主人は冷し中華を7人分テーブルに運んだ。沖縄らしくラフティが贅沢にトッピングされた豪華なものだ。
 岡村一家と安達一家は、『別荘で冷やし中華』というややミスマッチでありながらも美味な昼食を堪能した。
 昼食後、「ゆっくり海岸の風景を堪能したい」と思うのは大人であり、若者は断然、「沖縄の海で心行くまで遊びたい」
と思うのは当然だ。正に若さの象徴とも言えるであろう。
「そんじゃ、早速海の中に入ろうではないか」
 佳宏は照らすから直接砂浜に降りると、シャツを脱ぎはじめた。
悟は、
「安達君はすぐにでも泳ぎたいと思うし、水着の準備もしているだろう。けど僕達は今ココに着いたばっかりで、何の準
備もしていない。せめて着替えだけはしたいよ」
と話した。安達家の主人がすぐにフォローしてくれて、2階にある部屋を着替えに使って良いと答えてくれた。
 2階に上がると、そこは佳宏の部屋だった。室内には大型のTV・DVDセット、そして最新式のパソコン、望遠鏡など
高級品が所狭しと並んでいた。
「さすがにお金持ちの子だね!うちと大違い!」沙奈がいきなり圧倒した。
 10分後、2人は水着に着替えると、真っ先に砂浜に向った。佳宏は既に水着姿で、波打ち際に寝転がっていた。
「ここは、うち専用のプライベートビーチさ。しかも道路側からだとただの竹やぶにしか見えないので、本当にお忍び用
の別荘と言ってもいい。しかもこの辺りでは唯一の砂浜なので、海水浴もうち専用みたいなもんさ。誰も来ないから、
普段オレは裸で海水浴をしている。ま、今日はサナちゃんもいるし、親も見ているから水着を履いているけどね」
 確かにこのビーチから少し離れると岩場になっている。ここだけ特別に砂浜になっている。だからここは正に誰から
も邪魔する事のない秘密のビーチなのだ。周囲の景観は【地上の楽園】と言う形容は当てはまらないものの、沖縄の
綺麗な海岸がここでは独り占めできる。
「せっかく水着になったのだから、泳ごうよ」
 沙奈は綺麗な海で今すぐでも泳ぎたいと、気持ちが高まっている。
 悟は沙奈の手を掴み、海に入っていった。
「うわあ、冷たくて気持ちいい!」
「佳宏も泳ぎにおいでよ」
 岡村兄妹は誰もいない海岸で、気持ちよく泳ぎはじめている。佳宏も悟の呼びかけに応じ、海の中に入ってきたけど、
単に水の中で浮かんだり水遊びをしたりするだけで、泳ごうとはしなかった。
「安達君って、泳げなかったっけ?」
「いや、学校のプールでは立派にクロールや平泳ぎをしていたぞ」
「じゃあ、泳げるのに、何でここでは泳がないの?」
「実は、ここの海岸は浅瀬が狭く、30mも沖に行くと深みになっているんだ」
 佳宏は海から出て、砂浜に座ると、2人にこう話し始めた。
「実は、この海岸で以前溺れかけた事があって、それ以来ここで泳ぐのをやめたんだ」
 そう話すと、2人は納得した。(それなら仕方ないな)と感じると、佳宏は、また海の中に入って水遊びをはじめた。沙
奈にとっては、学校ではスポーツマンのイメージがある佳宏が、ここではまるで子供のように無邪気に海で水遊びをし
ている姿を、意外に感じた。
 沖縄の海岸でも、全国共通に時間の流れ方は平等だ。水遊びに興じていると、太陽が西に沈みかけてきた。砂浜で
水平線に沈みゆく夕日を見る3人。まるで青春ドラマに出てきそうな印象的な風景。
「ここは何もかにもが美しく見える、まさに楽園だな」と悟。東京では絶対に見る事の出来ない夕日。しかもそんな絶景
を独り占めできる安達さん一家は非常に幸せだな、と思う悟であった。
 別荘に戻り、全員でジンギスカン焼肉の夕食を味わうと、あとは寝るだけだ。沙奈は両親と同室、悟は佳宏の部屋で
寝ることになった。エアコンが効いて、申し分なく娯楽用具が揃っている室内。女優の子供だから、金はうなるほど持っ
ていると言うことは承知だが、どうしても羨望ばかりが目に行ってしまう。学校では友達だし、メンバーの一員なのは確
かだ。でも自分の家が同じような裕福と言うわけでもないし、だからといって佳宏のものを、悟がもらえるわけでもない。
(どう見ても僕より幸せだよな)とついつい思ってしまう。
 布団に寝転がると、悟はついさっき思っていた事を口にしてしまった。
「本当に佳宏って、幸せだよな!親が金持ちだから、こんなにたくさん欲しい物を買ってもらって」
 この言葉に、佳宏はいくらかカチンときたが、友人なのだし、せっかくのバカンスに誘ってあげたなのだから、ここで怒
ってはいけないと思い、黙っていた。
 すると、佳宏は何を思いついたのか、悟にこう語り始めた。
「さっき砂浜で、オレが以前この海で溺れかけたって話したよね。この話、実はオレにとって忘れられない思い出がある
んだ……」
「そうなんだ。教えて欲しいな」
「いいけど、この話はうちのグループ内でだけの秘密と言う事にしてもらいたいんだけど、いいかな?」
 悟が、学校で新聞部の部員なので、己の想い出を新聞記事にされるのを嫌がっているみたいだ。
「分った、記事にはしないよ。けど、サナちゃんと親ならいいよね」
「OK。実際のところ、3人でこの話がしたかったんだけど」
「そうだね。まあ、明日にでもそれとなく話しておくよ」

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