第5章 夏から秋へ

第1節 念願の沖縄へ  (【第4回 夏祭り】参加作品(第1節〜第4節))

 夏休みに入ってすぐのある日。東京に住む岡村家に一通の手紙が届いた。その差出人は、何と……。
「女優の安達麻紀さんから我が家に手紙が届いた!うちとは接点も縁もない筈なのに、一体どういう風の吹
き回しだ?」
 手紙を見た父親が、驚きと不思議と期待が入り混じった表情でリビングに駆けてきた。
「どうした、どうした!?」
 父の意外な行動にすぐさま一家が集まってきた。皆ミーハーではないが、テレビでも映画でも活躍している
大女優から手紙が来たのだから、驚かない方がおかしいという物で……。
 悟は、手紙の差出人を見てピンと来た。
「あ、これは、学校の同級生の安達くん家からじゃない!」
 この言葉を聞いて両親は目を白黒させた。確かに、うちの子供が通っている私立麻布が丘高校は、東京一の
金持ち子息が集まっている学校だという話は聞いたが、まさか、あの人気女優の子供も通っているとは夢にも思
っていなかったからだ。
「でも、何で宛名が私になっているんだ……」
 父はつぶやきながら手紙を開封し、中に入っている便箋を読みはじめた。
「……ほう、なるほど、そう言うことだったのか……」
 父は、北海道を拠点にした航空会社に勤めていて、安達さんの所属している芸能プロダクションが、ロケや出張
で移動する際の交通機関として父の会社を積極的に利用してくれるとの事。将来的には航空会社の株式も所有
してくれるらしい。
「安達さんの息子さんがうちの悟と友達になっていて、その縁で私の会社を贔屓にしてくれるそうだ」
 母も悟も父の話に聞き入っている。
 その時、沙奈が帰宅した。家に入るなり、
「皆リビングに集まってどうしたの?」
「おお、沙奈か。さっきうちに安達君の親から、手紙が来たんだ」
 悟は軽く説明すると、父は、手紙の文言を更に読み続けた。
「あなたの息子様から、経済的に各地を移動できる航空会社を紹介していただいたお礼として、今年の夏は是非
私の別荘に一家で遊びに来てください。と書いてあるぞ!」
「本当!?それってどこ?」
「沖縄って書いてある」
「沖縄か!一度行ってみたかったんだ!」
 悟と沙奈は沖縄と言う言葉を聞いただけで、もう心が躍り始めている。けどそれと裏腹に心が穏やかではないの
は両親の方で、
「けど、お相手は大女優さんだよ。私のような庶民とでもいいのかい?しかも職業柄非常に多忙なお方だ。本当に
平気なのかい?」
「大丈夫だよ。安達君とは僕と友達だし、そこに親が入ってくるだけでしょ?」
 さすがにお大尽高校の生徒だけあって、スケールが大きすぎている。この学校に編入してくるまでは、素朴でお
となしい子だったのに……と思っていた父親。かたや母親は、東京に来てから、前よりずっと活動的になり、親より
もずっとずっと凄い人脈を持つようになったな。と感心してしまった感じだ。
 沙奈も、
「あたしの友達からも聞いた事あるよ。麻紀さんは、毎年一週間くらい夏休み休暇を取り、知り合いやお得意様を、
毎年夏に沖縄の別荘に誘って、親交を深めているとか。実際に友達も沖縄に行ってきたそうよ」
「そうなんだ。……あれ、封筒にまだ何か入っている……これは!!」
 何と、封筒の中には羽田から那覇までの往復航空券が4枚入っていた。ここまでお膳立てしてくれるとは、何と凄
い友人なのか!と驚く両親であった。
「ここまでしてくれるとは太っ腹だね。何だか、別荘に行かないといけないみたいになってきたな……」
「そうそう。たまには東京を飛び出して、南の海でバカンスを楽しまないと!」
 と言う事で、ひょんなことから夏休みの家族旅行が決まった岡村家。父は会社に有給届けを提出し、悟は早速、安
達麻紀の子息である佳宏の携帯に、来週沖縄の別荘に行く旨のメールを送信した。

 8月に入ってすぐの金曜日。那覇行きの飛行機に乗り込む岡村一家。
「一週間ってあっという間ね、急いで準備したから大変で大変で」と母。
「まさか、息子にこんなに凄い友人がいるとは思わなかった。本物の麻紀さんに会えるんだ!」と緊張気味の父。
「つい先日、修学旅行で北海道に行ったばっかりなのに、また沖縄にいけるなんて夢のようだわ」とうきうきしている
沙奈。
「あの時佳宏に父の仕事を教えたのがきっかけでこんないい結果が来るなんて」と悟。
 4人の期待と緊張と共に飛行機は飛び立った。
 機内で、沖縄のガイドブックを見ながら、バカンスの計画を考えている悟と沙奈、一方麻紀さんに会った時、どのよ
うな挨拶をしたらいいのかあわてふためく両親。
 最終的に「挨拶はいつもと同じでいい」と言う結論に達した時に飛行機は那覇空港に到着した。
 空港のロビーに入るなり、南国特有の熱気と、関東地方とは違った独特の潮風が岡村一家に降りかかった。これ
だけでも沖縄に着いたんだという感じは十分受け止められた。
手続きを済まし空港を出ると、バス乗り場の一番奥で安達一家が待ちかねていた。
「岡村様、ようこそ沖縄へ!」
 南国らしく、アメリカンスリーブにミニスカートのスタイル、麦わら帽子をかぶりサングラスをかけているものの、声で
安達麻紀さんだとすぐに分かる。それにしても子持ちとは思えないほっそりとしたスタイル、顔を隠していなければ誰
もが彼女の周りに集まるに違いない。
「このたびは、言葉に出来ないくらいの計らいを受け、本当にありがとうございます。あなたと比べれば遥かにレベル
の違う一般庶民ですが、お付き合いできるということを大変嬉しく思います」
 と、父は、まるで社長に向って報告をしているかのように、淡々と棒読み的な挨拶を交わした。
 すると麻紀さんは微笑みながら、
「そう硬くならなくてもいいですよ。私を親しい友人だと思って、気さくに話してください」
 隣にいた、麻紀さんの息子の佳宏も、
「そうそう。いくら人気女優だって人間。神様でも偉い人でも何でもナイんだから、いつもと同じでいいさ」
さすがに女優の子供だけあって、服装は小奇麗で、様相も今風のイケメン。日焼けして体格ががっちりしているので
ジャニ系よりも体育会系に近いが、それでも十分モテるタイプだ。
「そうですか。それではお言葉に甘えて……これは、北海道にいる知人から頂いたものですが……」
 と言いながら、母は麻紀さんに土産のジンギスカン料理セットを手渡した。
「ありがとう、別荘に着いたら早速、今日の夕飯で頂きましょう」
「ジンギスカン?!バーベキューだと最高ッス!」
 肉を頂いたと聞いて、早速佳宏が反応した。
 ここは沖縄。気候は関東とは違うが、暑いのは変わりない。
「ここで立ち話をしては何ですから、続きは車の中で語りましょう」
 との麻紀さんの問いかけに、全員賛成した。隣に停車しているワゴン車はずっとエンジンがかかっているので、車
内はエアコンが効き過ぎている。沖縄の空気にやっと慣れたが、それでも暑いのは変わりない。
「では、私達の別荘に行きましょう!」
 6人を乗せたワゴン車は空港を後にした。

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