第13節 修学旅行最終日

 今日は、班別行動の最終日。夕方には飛行機で東京に帰る日でもある。
だからかもしれないが、今日は日程的に結構きつめになっている。何しろ朝早く出発して、最終目的地
に行かなければならないからだ。

 午前6時。各部屋にモーニングコールが流れた。
「なんだよ…こんなに朝っぱらから……」
 マイペースで一日を過ごしている何人かは、苦痛な朝になった。
 けど、多くのメンバーは、眠い目をこすりながらも、もう気持ちを切り替えている。特にうきうきしている
のが沙奈だ。
 なぜかって?それは彼女の生まれ故郷・苫小牧に立ち寄れるからだ。それと……。
 午前7時、一行は朝食を済ませ、宿泊施設を出ると、送迎バスで静内の駅に向かった。
 午前8時、駅に着くや否や、
「サナちゃーん!」
 5人の女子高生が沙奈を迎えに来ていた。彼女らは沙奈の友人だ。前日の夜に北海道での高校時代
の友人に連絡し、静内の駅に来るようにしてもらったのだ。
 修学旅行の日程中に、他校の生徒との交流は出来ないようなプログラムになっているが、その裏を読
み、移動中に偶然他校の生徒と同乗したというシチュエーションなら問題ないと判断した沙奈。
「まあ、今回は大目に見てやってよ」
 と、悟は他の6人に了承を得た。
「そうね。久しぶりに逢える友達なんだから」
 ほのかは納得した。
 午前8時18分発の苫小牧行きの列車に乗る一行。2両編成なので、沙奈と友人達は1両目、悟達は2両
目。始発なので他の客はいない。1両目から女の子の談笑の声が聞こえるのを見ると、沙奈はさぞかし
嬉しそうだ。
「友人とは、実にいいもの哉」
 全てを知ったような言い方をした幸親が印象的であった。
 沙奈にとっては楽しい時間、他のメンバーにとってはのんびりとした時間を車内で過ごした。
 列車に乗る事1時間半。最後の目的地である苫小牧に着いた。といっても列車の終着駅ではなく、一つ
手前の駅である。もちろん沙奈の友人とはここでお別れだ。
「楽しかったよ!」
「またいつか会おうね!」
「さよーならー!」
 沙奈は、駅のホームを降りてもしきりに同級生に手を婦っている。名残惜しさが良くわかる。列車が出発
し、小さくなるまで手を降っていた沙奈。
「楽しかった?」
「もちろん。久しぶりに色々話をする事が出来たよ。もちろんあなた達のことも教えてあげたよ」
「積もる話はまた別の日と言う事で……気持ちを切り替えて、早速今日の目的地に向いましょう」
 悟が皆を連れて案内した先は、駅前のタクシー乗り場。そこからタクシーに乗る事30分、メンバー一行が
向かう先は、白鳥など多様な動植物の生態系が保たれている希少な湿地帯であるウトナイ湖。
「麻布が丘高校の方ですね。お待ちしておりました」
 出迎えてくれたのは、湖のネイチャーセンターに勤務するレンジャーと呼ばれる指導員の男性だ。
「こちらは、湖周辺で見る事の出来る野鳥や花などの案内や散策などの案内をする場所です。今回は、こ
ちらで自然豊かな自然観察路と湖のウォークラリー等を体験していただきます」
 メンバーは、ネイチャーセンター内にある休憩室で、ドリンクを飲みながら、環境についてのスライドショー
を観覧した。
「綺麗ね」
「映画じゃないからちょっと退屈」
 などと賛否があるものの、各人それなりに頭に入ったみたいだ。
「それでは、観察路を散策しながらウトナイ湖に行ってみましょう!」
 とのレンジャーの声に、
「賛成!」と、いつもの元気の良い声を発する圭。体育会系は、机に座っているよりも歩き回るのが好きな
性分なのはいうまでもない。そこに横槍を入れるかのように、
「単なるハイキングではなく、野鳥や水鳥を観察しながら、北海道の雄大な自然と触れ合うように心がけま
しょう」とレンジャー。
 林の中の小道を歩いていると、時折聞こえる野鳥の鳴き声。その声の主を探しに周囲を見渡すと、何羽も
の野鳥が飛び回ったり、木の上に止まっていたり……。
「癒されるね」と彩華。
「こんな風景、東京ではまず見れない」
 珍しくまともな感想を述べる佳宏。
 林の向こう側に湖が見え隠れするが、それよりも野鳥や水鳥の方に関心が集まる。
 20分も歩くと、観察路は終わり、湖が見えてくる。
「大きな湖だ」
「ここが苫小牧の町中にあるとは信じられない」
 地元では小学校の遠足で良く行く所で、岡村きょうだいにとっては何回か足を運んだ場所なのだが、改め
て訪れると自然がそのままで残っている事自体素晴らしいことと思うようになった。
「おっ、いい事を話してくれましたね」とレンジャー。
「このような自然をずっと維持して行く為、私達は日々周辺の保全作業や自然調査を行っています。特にここ
は湿原・草原・森林という異なる自然環境が合わさっているため、総合的に分析し鳥類の調査をしています」
 と言い終わると、各人にパンフレットを渡した。
「こちらに簡単に環境保全作業の事が書かれております。後でゆっくり読んでみてください。具体的には雑草
の除去や観察路の整備などがあります」
「こういった方々の努力のおかげで、たくさんの野鳥が観察できるのですね」
 桜子の言葉に皆うなづいていた。
 暫しの間、湖で休んでいる渡り鳥を眺めたり、携帯カメラで景色を撮影したり、思い思い癒されたり、記録し
たりしている。
「そろそろお昼になりますので戻りましょう」
 とのレンジャーの合図によって、一行はもと来た道をもどった。帰路も様々な野鳥に出会う事が出来た。
 ネイチャーセンターの展望室で、特別に用意された弁当を食べるメンバー。ウトナイ湖が一望できる見晴ら
しの良い室内で、食後もガラス越しにウトナイ湖を見る人や、望遠鏡を使って観察する人、イスに腰掛けて居
眠りする人……はいなかった。
 時間は非情な物で、午後の時間もあっという間に過ぎてしまった。
 そろそろ北海道を離れる時間が近づいて来た。悟を筆頭にレンジャーに対して、
「今日はどうもありがとうございました」と挨拶すると、ネイチャーセンターを後にした。
「苫小牧は工業地帯だと思っていたけど、こんなに豊かな自然が残っていたんだ」
と悟と沙奈は改めて、故郷を再発見した思いだ。
 こうなると父の見学地選定は立派なものだったと感心した。
 そう考えていると、空港行きの路線バスが到着したので、メンバーは乗り込んだ。
 15分で新千歳空港に到着した。空港のロビーで待機している麻布が丘高校の生徒は数班しかなかった。
「結構早く着いたみたいだね」
「遅れるよりはマシ」
 ほのかの甲高い声がロビーに響く。
 広大な北海道での完全な班行動なので、全員が揃うまでは時間がかかるものであるのはすでに織り込み
済みであった。
 早く着いた班の【特典】として、北海道スイーツが山盛りされた待合室で、道内観光地のPVを堪能する事
が出来た。
 悟の班ではPVに載るようなメジャーなところではなかったものの、それなりに実りのある体験ができたと自
負している。次第に、あっという間の北海道旅行であった、これでもう帰るのか、もっと居たいなという気持ち
が高くなってきた。
 夕方、全部の班が揃ったので、一行は羽田行きの飛行機に乗り込んだ。
「さようなら、北海道」
 皆そう思ったに違いない。
 東京に戻ると、これまでの班別行動での体験をまとめたレポートを作成しなければならないのだが、そんな
事は皆どこかに忘れてしまった……。それだけ楽しい今回の修学旅行であった。

【第4章 完】

参考サイト:苫小牧観光協会 http://www.tomakomai-kanko.jp/index.html
       ウトナイ湖サンクチュアリ http://www.wbsj.org/sanctuary/utonai/

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