第10節 修学旅行2日目

 2日目の朝。北海道札幌市。
 麻布が丘高校の3年生一同は、宿泊先のホテルから歩いてすぐの所にあるJRの小さい駅に向った。
 2日目は、ホテルからそれぞれの目的地までは、鉄道で行くようにとの条件があるからだ。
 皆、不思議に思っていたが、駅に着いてその謎が解けた。
 駅に着くなり、
「私立麻布が丘高校の皆様、本日ははるばる東京から修学旅行にお越しいただき、まことにありがとう
ございます。北海道の雄大な自然と道民との素晴らしいふれあいを堪能してください!」
との挨拶と共に、地元中学生の吹奏楽による校歌の演奏が始まったのだ。
 朝の通勤通学時間帯を少し過ぎていたので、普通の駅利用客もちらほら程度だった。その歓迎会の
様子をチラ見する人や、歓迎会の様子を携帯のカメラで撮影する人もいた。
 教師側の計らいだと思われるが、何とも粋な歓迎会だ。
 駅長と地区の代表者と吹奏楽の指揮者から、記念の花束を受け取る姿は、まるで何かのセレモニー
のように見えた。受け取った側の教師達も皆はにかんでいる。
「この修学旅行って、先生も楽しんでいるんじゃないか?」
 またしても幸親の適切なツッコミ。
 一通り歓迎会が終わり、
「それでは行ってらっしゃい!」との声とともに、一斉に沢山の風船が空に舞った。
 まるでそれを見計らったかのように札幌行きの列車が駅に到着した。
 ほとんど全ての班が、札幌行きの列車に乗り込んでいった。
 発車後、残ったのは悟たちの班だけであった。これは単に列車に乗り遅れた訳ではなく、反対方面
の列車に乗るからだ。
 小さい駅のホームにぽつんと残された8名。駅の外では歓迎会の片付けが粛々と行われている。既
に吹奏楽の中学生は学校に帰ったのかいなくなり、地元の住民数名しかいなかった。
「宴の後って、何だか虚しいな」
「仕方ないよ。それにしてもあたしたち、いつまでここでじっとしているの?」
 ほのかが愚痴をこぼし始めると、
「後15分で石狩当別行きの列車が来る」と悟。
 15分後、2両編成の列車が駅に到着した。8人は早速乗り込んだ。
「この列車の終点で、更に列車に乗りかえるんだ」
「本当にのどかだね。東京の電車と全く違う」
「何だか、眠くなってきた……」
 授業中と同じような感覚に陥っている佳宏は、列車のエンジン音を子守唄に居眠りを始めた。
「全く、いつもと同じね」
彩華がつぶやいた。
 列車はしばらく札幌の住宅地を走っていたが、次第に田園風景になる。
 乗り換えた先は、何と一両編成の小さい列車だ。
「まるでおもちゃみたい!」
ほのかの妙にはしゃぐ声。
「おもちゃなんて失礼な。これでも地元の人には大切な足なんだよ」
沙奈がフォローする。
 その後もずっと田園風景・田園風景・田園風景と、のどか極まりない景色景色。
 時折停車する駅も、小さいホームだけだったり、貨車を改造した貧相なものばかり。
 皆が退屈しかけた午後12時半過ぎに、終点の新十津川駅に到着した。札幌近郊の駅から2時
間半かけて目的地に到着。
 駅員のいない小さい駅だが、一応駅舎がある。8人が駅を降りると、
「麻布が丘高校の方ですね。長旅お疲れ様でした」
「…こんにちは」
「私達は、隣町の滝川市の観光協会の者です。私の町の観光と体験学習に来たと言う事ですね」
「そうです。よろしくお願いします」
と悟。一応班のリーダーと言う事になっている。
「けど、札幌から特急ではなく、札沼線(さっしょうせん)と言うローカル線に乗って来たと言うのは
珍しいですね」
「…はい。この辺りは一日に3往復しか走っていないと言う、日本でも屈指のローカル線だと父から
聞いたので……」
「よく御存知で。かつてはもっと先まで線路があったのですが、40年位前にこの駅から先が廃止さ
れました。平成になってすぐに本数が3往復まで減り、今ではここを使う人も僅かになりました」
 確かに今は自動車の時代なので、地方のローカル線は乗る人が少なくなり、赤字になっている
のであろう。
「せっかくですから、廃線の跡を通りながら滝川に向いましょう」
 一行は市の職員が運転するワゴン車に乗り込んだ。廃線跡と言っても線路も何も残ってなく単な
る道路になっている。橋を越え、20分くらいで滝川の町に入った。
 市内中心部からやや離れた所にある観光施設でワゴン車は止まった。
「ここは『ふれあいの里』と言う、体験施設です。あなた達の予定ですが、これからこちらでお食事
とそば打ち体験を行い、その後市内中心部に移動し、菜の花畑の鑑賞をしていただきます。その後
ここに戻って夕飯と温泉入浴になり、市内のホテルに宿泊となります」
「素晴らしいコースですね」
桜子は納得した。
「もうオレは腹が空いているんだ。何よりも飯が最初だ」
圭は相変わらずだ。
「それでは、麻布が丘高校の御一行様、こちらのレストランにどうぞ」
 さすがは北海道だけあって本場のジンギスカンだ。東京でもあまりお目にかかれない新鮮な肉
を使った焼肉は、食べ盛りの高校生、特に男性陣には待望の料理だ。
「うまい!」
「本当においしいですわ」

 食事の後は、早速体験学習になる。
同じ敷地内にある建物の一角がそば打ち体験場になっている。そば打ちの指導員は、
「こちらでは、100%地元産のそば粉を使用しています。滝川は北海道でも有数のそばの産地とし
て知られています」
と説明した後、早速体験にとりかかった。そば打ちは最近ブームになり、メンバーのメンメンも素人
でもそばが打てることは重々知っている。けど実際に打つのは皆初めてだ。それでも指導員が優し
く教えてくれた為に、上手に打つ事が出来た。
「何とかそれらしい形になったな」と悟。
 そのそばは、夕飯に出してくれるとの事。
 プログラムは滞りなく進行される。まるで学校の授業のようだが、勉強では無いので、勉強嫌い
な佳宏も楽しく体験学習をこなしているし、
「学校の授業もこれならば毎日でも良い」とまでほざいている。
 そば打ち体験場に先ほどの市の観光協会の方がやってきて、
「それでは麻布が丘高校の皆様、これから市内の菜の花畑に案内します。滝川の菜の花畑は全
国一の作付面積を誇り、今の時期は、黄色いじゅうたんを敷き詰めたように見事です」
 さすがに観光の達人。ワゴン車に乗る前から説明をしている。
「それってとっても綺麗ジャン?!行こう行こう!」
花となるとさすがに女性陣は乗り気だ。それに対して男どもは、
「ま、それだけ凄いのなら行って見ましょーか…」
 花より団子とは正にその通りでありまして……。
 けど、ついさっきまでそれほど楽しみにしていなかった男性陣も、実際の花畑を見ると、
「これは凄く綺麗だ……」
 辺り一面黄色黄色黄色、まるで絵にかいたような光景だ。
「菜の花のじゅうたんね!」
ほのかも感激している。
 そうなると、北海道も有名どころ以外でも、滝川のように隠れた名所がたくさんあるのだな、と思
ってきた。そうなると、今回のコースを考えた岡村きょうだいに感謝するべきかな、と思ってきた。
 しばし菜の花畑の雄大さにみとれるメンバー。
「ここに来て良かった」
 すると、「ありがとうございます」と観光協会のおじさん。
「若い人に褒められるのが一番嬉しいです。小さな町ですが気に入ってくれれば……」
「そーね。結構良い町かも。初めてここに来たけど、のどかだし、景色もいいし」
 珍しく彩華が率直に感想を言っている。都会的なお嬢様もやはり自然には癒されるものだ。
「そろそろ夕方になります。先ほどの施設で手打ちそば付きの夕食を用意していますので」
「メシか!良いように腹も減ったし、今すぐ戻りますか」
 夕方近くになると佳宏はいつもと同じ台詞。それを聞いて沙奈、
「アハハ、やっぱダンゴだ!」
「まあ、それでも良いでしょう。ここ滝川は食べ物もおいしいですから……」
 観光協会のおじさんはやはり気さくな人だ。皆これには安心した。
 一行はワゴン車に乗り、再びふれあいの里に向かい、夕飯と温泉を堪能した……。
 まずは班別行動の一日目が事無く終了した。
【続く】

参考資料:JR時刻表(JTB)
JR全線全駅(弘済出版社)
参考サイト:滝川観光情報 http://www.city.takikawa.hokkaido.jp/keizaibu/kankou/index.jsp
        滝川ふれあいの里 http://www7.ocn.ne.jp/~fureai1/bbq.htm

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