第9節 いざ北海道

 6月、関東ではそろそろ梅雨の時期に入ろうかとしている。けど梅雨の無い北海道は6月はむしろ、
一年でも過ごし易い時期でもある。
そんな時期に、私立麻布が丘高校は、北海道に修学旅行に出かけるのだ。
羽田空港のロビーには、新千歳空港に向う飛行機が既に滑走路に止まっている。そこに麻布が丘高
校3年生が次々と搭乗して来る。
「いよいよだな」
「もう少しで、私の故郷の地に行かれるんだね」
 岡村兄妹は、他のメンバーと一緒に、飛行機の座席に座って、離陸するのを心待ちしている。しばらく
すると、全員が着席したらしく、担任から、【修学旅行の友】と書かれたパンフレットが回ってきた。
 各自がそれに目を通していると、前触れも無く飛行機が離陸した。そして、
「諸君、おはよう。私は校長の斉藤であります。本校の第5回修学旅行開催に際し…」
 何と、校長の肉声テープが機内に流れてきたのだ。これにはほとんどの生徒が驚いた。
 内容自体は修学旅行に関する諸注意と、主な日程であり、数日前に講堂で校長が話されていた事と
大体同じような内容であった。
「あ〜あ、またまた校長の自己満足か……」
 幸親のように的確なツッコミを入れるのはごく小数で、たいていは呆れているか、もう慣れっこですよ、
と言わんばかりの顔つきをするのが大勢であった。
 それよりも生徒が関心を示したのは、配られたパンフレットの大半を占めている班別行動の詳細だ。
 1クラスでだいたい5〜6個の班になっているので、全学年あわせて17班の、2日目以降班行動で立ち
寄るコースが細かく書かれているのである。
 多くは、人気スポットである旭川の動物園・網走の監獄体験・釧路の地引網漁・函館の朝市体験とい
った所を含むコース設定になっている。
 それに相反して、悟たちのグループは、滝川・夕張・静内・苫小牧という、地名を見た限りでは地味で
味気ないコースになっている。
「いやいや、そこが違うのですよ」
 悟は自信ありげな顔をしている。なにしろ北海道を知り尽くしているであろう父親の監修が入っている
からだ。
「ま、誰も行かないところが、かえって穴場かもしれないし〜」
 ほのかは、お気楽モードになっているのか、それとも単に考えていないだけなのか、妙にのほほんと
している。
 飛行機は、定刻どおり新千歳空港に到着した。一行はクラスごとに別れ、大型バスで一路札幌に向う。
 しばらくすると、車窓から雄大な北海道の景色が広がる。
「こんな景色は初めてよ」
彩華も感動し始めている。
 しかし、札幌に近づくにつれ、ありきたりな町並に変わってしまった。日本はどこも同じような都市にな
ってしまっているので、町中はさほど変わっていない。けど関東と雰囲気が違うのは何となくわかる。
 バスは札幌の中心部に停車。冬になると雪祭りが行われる大通公園だ。公園近くのレストランで焼
き肉料理を頂くと、早速観光の開始だ。一日目は札幌市内観光と言う事で、一般的な修学旅行のよう
な、グループ行動になっている。もちろん真面目にガイドの言っている事に耳を傾ける生徒はあまり多
くなく、多くは、友人との話や、携帯操作、はたまたどこかで買って来たとうもろこしを方手にカメラで撮
影する人、様々であった。
 悟たちのメンバーは、さすがにハメを外す人はいなかったが。
「こちらが札幌はもちろん、北海道を代表する建造物の時計台であります……」
 とのガイドの説明に対し、佳宏は、
「何だ、思っていたよりは小さいジャン」
 すかさず圭がフォローする。
「要は写真の撮影方法がうまいだけで、プロの腕にかかれば、どうにでもなるものなのさ」
「けど、この写真と、これじゃあ、どう見ても幻滅するさ。……この時計台はオレにとって【日本4大ガッ
カリ】に入れざるを得ないな」
ほのかは、この発言に不思議がって、
「じゃあ、あとの3つは?」
「ま、オレがあちこち旅行した限りだが、日光の眠り猫、高知のはりまや橋、佐渡のたらい舟、だな」
「え、佐渡島のたらい舟って、日本でも珍しい舟として有名では無いですか?これがなぜ『ガッカリ』な
のですか?」と桜子。
「最初はオレも、風光明媚な沖合いでたらい舟をこげるのかと、わくわくしていたのだが、これは本当
に写真のトリックなのさ。あの写真はあくまでもイメージ撮影で、本当は狭い港の中で、観光客用にた
らい舟を漕いでるに過ぎないのさ」
 空気を読まないイケメンは、北の大地でも変わっていなかった。さすがに地元の人も口には出さなく
ても、ビルに囲まれた時計台は、昔と違って大分様相が変わったと思っているのであろうか、佳宏の
鋭い視点に誰一人怒っていない。むしろ「観光客の戯言だ」と思っているのであろう。

 修学旅行の一行は、その後、北海道大学のクラーク像などを見学し、その足で札幌市内中心部から
少し離れた所にあるホテルに到着した。
「いやー、久しぶりに歩いたから、疲れたな!」
「今日の夕飯は、北海道料理かな?」
「ここのホテルって大浴場があるのかな?」
「う、ここはススキノから遠いぞ……」
 皆口々に感想や要望や愚痴が飛び交っている。やはり初めて北海道に来た人が多い事と、団体行動
をあまりしない生徒が結構いたからによる興奮が出てきたのだろうか。
 それでも夕飯のバイキング料理は、金持ちの生徒にも概ね好評で、館内の設備もそれなりに良かった。
 麻布が丘高校の修学旅行、大きな混乱も無く初日が終わった。いよいよ明日から班別の行動になる。
 比較的地味なコースという下馬評があった、悟たちのグループの班行動は如何に……。

【続く】