第8節   いよいよ修学旅行

 麻布が丘高校は、3年次の6月に修学旅行に行くのが恒例になっている。
 6月に入ってすぐのある日、3年生全員が講堂に集まって、修学旅行の日程発表や、諸注意といった
説明会が開かれた。
このような集団宿泊行事の際の注意事項は、どこでも共通なもので、【飲酒禁止・喫煙禁止・異性との
不純行為禁止・他の集団に迷惑をかけないetc】のようなものだ。生徒はそのような事を教師が注意す
る事は、百も承知なので、大半の生徒は教師の注意を我物とせず、そのまま右耳から左耳へ流しつつ、
目は携帯の画面・手は携帯のボタンといったお決まりの行動をしていた。
「いつもながら意味がないよ」
 佳宏が悟に向って小声で話しかけて来た。
「なにしろ、かつて修学旅行後にある生徒が妊娠した事が発覚してしまい、学校中で問題になったという
伝説があるからな」
 悟が興味深く聞き耳を立てている。
「教師が集まって議論した結果、ある一つの結論に達した。教師は、いくら禁止してもかえって逆効果なの
で、いっその事生徒に正しい避妊の仕方を教えれば良いと言う事になったという。すぐさま全校生徒にその
指導を行った。けどそれを知った親からの苦情や指導の行きすぎを指摘する声が高まり、結局一年で取り
やめになったらしい」
 悟は、さすがに進んでいる学校の行うことは凄いと思いながらも(僕だってそんなことは知っているのに、
学校でいちいち教えることは無いじゃんか)と苦笑した。けど【麻布が丘高校生としての正しい交際方法】と
かいう企画で、校内新聞に載せるのも良いかな、とも思った悟であった。
 そして本題の修学旅行の日程の話題になると、急に静まり返り携帯を動かす手も止まった。なにしろその
日までどのようなスケジュールで行われるかは、謎に包まれていたからだ。
 北海道の新千歳空港に到着後、全体で札幌見物し、札幌の旅館に宿泊。翌日から5日目まで、各班ごと
に別れて、各自班別行動と言う事。そして自由な交通機関を使って、必ず一日一箇所は北海道ならではの
社会体験や施設見学をするようにと言う内容だ。そして最終日は、再び新千歳空港に集合後、夕方発の飛
行機で東京に戻る。
 以上の説明を受け、生徒は一同にどよめきと歓声が上がった。ほとんどが班別行動の修学旅行は初の試
みだからだ。
「何とも【お大尽学校】にふさわしい修学旅行だぜ」
 幸親が皮肉っぽくつぶやいた。
「これは素晴らしい。コースも旅館も班で決められるなんて夢のようですね」
 沙奈が珍しくこの日程に感動し、思わず他のメンバーに話しかけた。
 説明会は各自パンフレットを配布された時点で自然解散となり、早速コースを決めている人や、ろくに考えず
に、班のリーダーのプランに任せれば良いとつぶやきながら早々に教室に向う人もいた。
 一方悟たちのグループは、男女同数ながら固定された8人であり、結束が強いながらも各人の意見は尊重す
る方なので、すぐさまその場で集まった。
「北海道なら僕と沙奈にまかせてよ。なにしろ少し前まで北海道に住んでいたのだから、どの辺りがオススメか
は他よりも詳しいはずさ」
そう悟が得意げに話しながらパンフレットを開いた。
 北海道の地図のあちこちに印がついている。恐らく5日間のうち5箇所はその印のついている所に行って何某
かの体験をする決まりなのだろうか。その【体験一覧】のページを開くとメンバーの大半は絶句した。
「何これ……」
「この中から選べってか!」
「まるで農作業じゃないか……」
「こんなの、あたしやりたくない!」
 【体験一覧】には、【牛の乳絞り・牧草の草刈・まき網漁業・水産加工】といった農漁業体験が主で、【トウキビ
の袋詰め・ラベンダー畑の除草・菓子工場作業補助・路面電車洗浄】といった北海道ならではの変わった体験
まである。
「これって、修学旅行でしょ…まさか就職体験ツアーじゃないよね」
 さっきまで張り切っていた沙奈もこれにはまいったと言う顔つきに変わった。
「きっとこれらは本格的なものではないでしょう。あくまでも『北海道を肌で体験してください』と言ったレベルに違
いありません」
 パンフレットを隅々まで目を通した桜子は、こう断言した。
「そうじゃなきゃ、こんな修学旅行には行きたくないよ」
 嫌な顔をしていた圭は、少し安心したみたいだ。
「まあ、体験自体はとりあえず無視して、僕達でプランを考えて見るよ」と悟は皆に伝えた。

 その日の夜、岡村家。修学旅行のパンフレットを両親に見せ、
「今度修学旅行があって、北海道に行くのだけど、班ごとに観光及び北海道ならではの体験をするという日程な
んだけど、お父さんだったらどういうルートにする?」
 航空会社に勤めているのだから、観光には詳しいはず。一応悟と沙奈で前もって考えたプランは、既にパンフ
レットに鉛筆書きしてある。それを見ながら、
「そうだなあ、何となくありきたりな観光ツアーみたいだから、こことここを加えて。それならこれをこうして……」
 さすがは旅行の達人だ。5分もしないうちに5日間分の班行動プランが決まった。
「これは…!」
大人でないと考えにくい、じつに独特、と言うか高校生では選ばないようなルートになっている。
「案外良いかも……」2人はそう思った。

 翌日、父が作ったコースとはあえて言わず、メンバーに知らせた。
「北海道は良くはわかんないけど、これでいいんじゃない?」
「あたしの知っている地名がある!」
「意外と渋いかもしれません」
 メンバーから色々な反応があったが、反対する人はいないので、班別行動はこのコースにする事に決めた。

【続く】