第3節 新学期当日
 9月1日。関東地方ではこの日から2学期が始まる。
 夏が短い北海道は冬休みが長い代わりに夏休みが短く、8月下旬から2学期に入るという。
 北海道から東京の私立高校に編入した岡村兄妹は、慣れない暑さの中、麻布が丘高校に登校した。
 数日前に一度学校に行ってきたので道順は大体分かるのだが、なにしろ生まれて初めての東京での通学なので、かなり時間に余裕を持って家を出た。慣れない地下鉄の猛烈な混雑にはやや閉口したが。
 服装は自由でいいと校長に言われているが、とりあえず無難なところで前の高校の制服を着ている。
 初日の午前中は編入に当たってのオリエンテーリングがあるので、小会議室に集合するように、とこの前もらった書類に書いてあった。2人は小会議室に入るなり机の上にかばんを置いた。室内には誰もいなかったが、すぐに教頭がやってきた。
「今から朝礼で全校生徒の前で紹介を行います。生徒は怖くはないですし絶対に噛み付かないので緊張しなくて大丈夫です。私の後についてきてください」
(ここが動物園と勘違いしているのか?それとも単に転入生の緊張を和らげるギャグなのか?)
悟は苦笑した。
 校庭では既に全校生徒が集まっていた。学校の規模にしては生徒数は多くなく、ざっと数えて300人くらいしかいなかった。悟は【金持ち高校】という事なので入学する生徒もある程度限られてしまうからではないかと勝手に推測した。
 校長の話が終わった。教頭と2人が壇上に立ち、
「今日から本校の生徒になる2年生の岡村悟君と岡村沙奈さんです。二人は双子で、北海道の公立高校から編入されました」
 双子という事で全校生徒から感嘆の声が挙がった。前の高校でもそうだったが、やはり双子は珍しい存在であるには間違いない。
 壇上から見て、この学校の生徒の様相が少しずつ分かってきた。ほとんどの生徒が一流のブランド服を着ている。ぱっと見たところ8割が金持ちの家の子供か金に物を言わせて入学した人で、残りは一般的な生活水準の家庭の子といった感じか。
 教頭の挨拶が終わり2人は全校生徒に向かって一礼をし、壇上から降りた。教頭から、
「双子という事なので職員で検討した結果、悟君はA組、沙奈さんはB組に決まった。朝礼はもう少し続くので2人はクラスの最後尾に回ってください」
 そう言われると、2人はそれぞれのクラスの最後尾に並んだ。偏差値的には余り良くない高校らしく、多くの生徒が先生方の話を真面目に聞いてなく、ぼんやり突っ立っている人や携帯片手にメールしている人もいた。彼らには間違いなく世の中で一番退屈な時間なのかもしれない。
 10分後朝礼が終わり、解散となった。我こそは先に校内に入る人、校庭で友人と駄弁っている人、携帯の操作に没頭している人。さまざまである。
 沙奈が校内に入ろうとすると、一人の女子生徒が彼女の肩を叩いた。振り向くや否や、
「転校生だって〜!あんた結構いいセン行っているじゃない!」
(あらら、もう声かけられちゃった。男の子じゃなかったのが残念だけど)
 沙奈は少し嬉しくなった。
 彼女はまるで映画の中から抜け出てきたかのような美女で、背も高くかなりのナイスボディー。そして一流ブランドの服を見事に着飾っている。少し高飛車な雰囲気があるものの男なら一度は付き合ってみたい、女でも惚れてしまう。そんな感じであった。
「私の名前は千代田彩華(ちよだ あやか)。アヤって呼んで。一応この学校のアイドルで名が通っているから」
 確かに容姿もスタイルも今まで沙奈が見てきた美女の中でもかなり高いランクなのだが、自分
で【高校のアイドル】だと思いこんでいるからにはそれなりの自信があるのか?
(けど何でこんな私にも声をかけられるの?)と思った。
 後ろを振り向いた。ほとんどの生徒が校内に入っているものの、まだ数人の男子生徒が彩華の方をじっと見つめている。彼らはおそらく声をかけようとしてもその勇気の無い初心(うぶ)な子なのか?
「アヤさんって結構もてるのね」
「『結構』って言うモンじゃない!男が毎日群がってきて最近まではとっかえひっかえだよ。今は疲れたけど」
 なんて羨ましい台詞だこと!沙奈は半分唖然とした。けど考えを変えると彩華の様な美女と仲良くしていればきっと私も一緒にもてるだろうか、と想像してみた。編入当日私と最初に話してくれた生徒というのもある種の縁なのかとも感じた。私としては彩華を遠くから見つめている男子生徒でも十分なんだけど……。私の見た限りでは皆イケているし身なりも整っている。
(生徒のレベルはそんじょそこらの私立高校とは訳が違うな)とも思った。
 2人は校内に入った。昇降口はそれほど広くはなく下駄箱があるだけの一般的なものだ。ただ私立高校らしく校内は弱い冷房が効いていて、ある程度は過ごし良かった。
 彩華は上履きに履き替えると、
「あたしと同じB組だから真っ先に声をかけたの」
「ありがとう。この学校の生徒ってみんな美男美女だね」
「まあ、あたしに勝負できる子はここにはあまりいないけどね。けどあんたもかわいーからきっとすぐにもてるよ!」
「アヤさんに褒められると私、本当に嬉しい。私は午後からクラスに入るから」
「分かった。それと今日の放課後ヒマなら、ちょっとイイトコロに行って見ない?」
 沙奈は学校一の美女と仲良くなるには手っ取り早いと思い、些かの不安があったがとりあえず了解した。
 どんな場所に連れて行ってくれるのか?誰に会うのか?
 沙奈は今から楽しみになってきた。その前に何となくかったるそうなオリエンテーションが待ち構えているのだが。
【続く】