第6節 事故から始まった悲劇

 五反田にある総合病院。都内一等地にある立地からか、あまり広くない敷地でありながら、コンパ
クトに医療機能を集中させている印象が、院内のあちこちで見受けられる。
 受付で桜子が、
「こちらの病院に入院している、三浦拓哉さんは何号室でしょうか?」
「4階の特別1号室です」
 さすがに【金持ち高校】の生徒だけあって、病室も個室だ。
 2人は4階に向った。
 命の生死に関わる病院ではあるが、建物の構造上4階は存在する。4は死を印象して病院では
敬遠されるが、特別室やナースステーション等の一般病棟以外の施設でフロアを構成していること
が多い。この病院も4階は特別室と休憩所が設置している。
特別1号室の入り口や休憩所で、麻布が丘高校生のグループ数組がたむろしていた。勿論三浦君
の見舞いに来た生徒で、全員女子生徒だ。
「思ったほど悲惨だった……」
「あれじゃあ回復は見込めないかも……」
「たとえ治っても、あたしじゃダメっぽいかも……」
 見舞い後の彼女らの口から漏れる言葉は、ある種の諦めの色が濃いものであった。
 こういうデリケートな場所では、なるべく多のグループとの同席見舞いは遠慮した方がいいものだ。
そのため、特別1号室に出入りする見舞い客が途切れるまで暫し待った。
 数分後、2人は室内に入った。
 特別室だけあって、12畳近い広さの部屋に、ベッドとテーブル、そして見舞い客用の椅子や机が
整然と並べてあり、部屋の隅には風呂やトイレも完備されている。
部屋の中心にあるベッドに、三浦君が安静している。交通事故による損傷なので、身動きができな
い以外は、全く正常だ。頭に包帯は巻いているものの、ジャニ系の爽やかフェイスと愛想の良さも学
校にいっている時と全く変わって居ない。
「今回の事故に関し、新聞部から厚くお見舞いを申し上げます」
 悟と桜子が見舞いの言葉を述べると、
「そんなに硬っくるしくしなくていいさ。見舞いに来てくれてありがとう。…岡村君ですよね、僕の見舞
いに男子生徒が来てくれたのは君が初めてだ。それだけで嬉しいよ」三浦君は悟に対し礼を言った。
「けど、病院にも君のファンがたくさん来てくれるなんて、嬉しいもんじゃないか」
「まあ、嬉しいんだけど……」
 そばにあるソファーに、山のように積まれた見舞い品。そして窓際には、まるで病院中の花瓶を一
箇所に集めたかのような、たくさんの花束が差してある。
「そうですわよ。これも皆あなたの人柄の賜物ですわ」
 桜子の言葉に、三浦君は思わず笑みがこぼれた。
「あなた達は、今まで僕とつきあった子とどこか違うな……」
「えっ」
「金井さんは良く知っていると思うけど、僕は見ての通り顔はかわいいし、背が高くスタイルも良い。
だから黙っていても女の子が僕の周りにやってくる。しかもこの学校は女子生徒のほとんどが美人
とか可愛い子だ。普通に町にいる女の子の中から選りすぐられた正に特上の子ばかりだ。そんな子
に囲まれて、本当に幸せだった」
(いきなりのろけ話か……)悟は少し嫌気がしてきた。けど、ここが公共の場であると共に、模範生
徒としての建前上、平静を保った。
 これは三浦君も感づいたらしく、
「本当に色々な女の子ととっかえひっかえては、デートに行ったり、食事に誘われたり、旅行に出か
けたり、そして何人かは寝たこともあった。まあ、あまり長々と語ると岡村君が嫉妬するかもしれない
ので、この辺りで切り上げるけど」
「悔しいけど、あなたが入学してからもて過ぎていたからこそ、入院をしてもこれだけたくさんの見舞
いが来るのですね」
「そうだよ。たくさんの女の子が君の退院を心待ちにしているよ。ひょっとして退院を祈って毎日千羽
鶴を折ってます、っていう子もいるんじゃない?」
 悟は少しでも空気を和ませようとした。しかしそれが逆効果になるとは思っていなかった。
「僕の様子を見て、皆気楽に思っているよ。けど現実はそんなんじゃないんだ!」
 三浦君の口調が急に激しくなる。
「あの時、椅子に座ってバスを待っていた。その瞬間トラックが歩道に突っ込んできて、そばにいた人
をはねた。僕の体がトラックの前面に強く当たり、そのまま現場に倒れこんだ。トラックはすぐにブレ
ーキをかけて止まったが、僕はしばらく立ち上がることが出来なかった。救急隊員に両腕を抱えられ
救急車に運ばれた。病院でレントゲン写真を撮った結果、両足の骨折等全治3ヶ月との診断だ。と、
そこまではよかった」
「そこまでは、と言うと?」悟は質問した。
「医師によると、骨折は安静にすれば治るので、その時はまだ明るい兆しがあった。けどその後の診
断で、あの事故の影響で、脊髄の一部が損傷しているとの診断を受けた」
「それはそれは……」
「僕は、医学には無知なので、医師に聞いてみたら、脊髄を損傷しすると足を動かす神経が断たれ、
下半身不随になってしまうとの事。これを聞いて、僕は目の前が真っ暗になった。自由に歩いたり走
ったりすることが出来なくなった。それだけでもう僕の人生はおしまいと考えた。本当に自殺をしよう
とも何度も考えた。主治医によって生かされているよりは、首でも吊った方が、今よりずっと楽になる
んじゃないかと、何度も何度も考えた」
 この事実を知り、2人は息を呑んだ。
「下半身不随だと、自分では立ち上がることが出来ず、一生車椅子の生活になってしまうのですよ
ね。あなたの苦しみ、私痛いほど良くわかります」
「そうなんだ。……まあ、リハビリ方法によっては、奇跡的に回復できるかもしれないけど……」
「お気の毒に……」
 桜子の言葉に、また三浦君は大声で、
「ここに見舞いに来た人、みんなそう言った。けど僕が下半身不随になったと知って、驚き、悲しみ、
そして最後に必ずこう言った。『さようなら』って。岡村君!この言葉の意味は分るよね!」
 悟は、「……はい」と答えた。すると三浦君は、
「僕が退院して、再び付き合うようになっても、ずっと介護や身辺の世話をしなければならないって考
えてしまうんだ」
「判る気がする。今の子って面倒なことはやりたくないから……」
 悟がつぶやいた。
「日本はまだまだ、ハンディキャップをもった人に対しての思いやりがないから……」
 桜子もそう言った。いつもながら真剣な目で見つめている。
「今までつきあってきた女の子の多くは、体目当てだったんだ、と言うことが何となくわかってきた。ま
たのろけになってしまうけど、僕みたいな美少年と甘美なエッチしたいってついつい思うんだよね。そ
りゃ僕だって男だし、ここの女子生徒はセクシーな人やロリっぽい子もいるんで、どうしても一発やり
たいって思うのは当然だ。だから僕も彼女らに説得した。『下半身不随になってもエッチは普通に出
来るし、工夫すれば子供だって作れる。医学が進歩しているから身辺の世話も負担が軽くなってい
る』って。けど、やはりと言うかどの子もいくら説得しても全員拒んだんだ」
「車椅子になったから『はいサヨウナラ』なんて、全くけしからんヤツだ!」
 悟は憤慨した。
「僕も、こうなってしまった今、やっと分かったような気がした。この国には五体が満足でない人に対
しての偏見や差別が根強く残っている事を。僕だって例え足が不自由になっても、れっきとした人間
だ!他の人と同じように生活したいし、できることならみんなと同じように高校生活を送りたい!」
 三浦君の目から涙がこぼれ始めた。
「あなたの心の叫び、しかと受け止めました。新聞部として、もしよろしければ記事にしてもよろしいで
しょうか……確かに日本は障害者に対しての風当たりが強いのは事実です。けど私達の小さな心が
けで、いつかは偏見が少しでも解消してくれればいいと思っています。あなたも世間の冷たい風に負
けないで、自慢の愛想と豊かな社交性で苦難を切り開いてください」
 三浦君の涙は止まらない。
「金井さん、岡村君。2人が来てくれて本当に嬉しいよ。僕の周りって、チャラチャラした女の子ばかり
で、ここまで深く物事を考えてくれる人がいなかったから。こんな僕にも心配してくれる生徒が居たと
思っただけで元気が出てきたよ」
 と語ってくれた。そして学校新聞の掲載も認めてもらった。
「もう学校では僕が事故に遭ったって広まっているしね。まあ、僕と付き合った子がこれを読んで考え
を少しでも変えてくれれば、それだけでも嬉しいよ」
 更に悟は、
「今までの事から考えると、多分無理かもしれないけど…、もし良かったら僕達のグループに入らない
か?中には君が前つきあってきた子もいるんだけど、皆優しくていい人だよ。まあ時には馬鹿な事も
するけど……」
 泣きやんだ三浦君は、
「ありがとう。けどそれも出来ないんだ。主治医から転地療法と温泉リハビリに良い和歌山県の病院
を紹介され、6月から行く事になったんだ。リハビリが終われば、いつか君達と遊びたいよ。岡村君の
言葉はありがたく受け止めたから」
「そうなんだ……寂しいけどしばらくお別れだね」というと彼はうれしそうに笑ってくれた。
 病院を出て、桜子は、
「事故って突然起きるから、怖いですね。けど事故にあった被害者の方が退院しても本当に幸せに
なるには、まだまだ時間がかかるみたいですね」
との問いかけに、
「そうだね。日本って豊かに見えても、案外そうじゃないところが多いから」と答えた悟であった。
 一つの事故をきっかけに、日本の諸問題についても深く考えてしまった二人。けど小さい力では
どうにも出来ないのが実情だ。三浦君の将来が少しでも明るくなればいいと祈る2人であった。
【続く】
参考サイト 白浜はまゆう病院 http://www.hamayu-hp.or.jp/rehabili/
        吉峰病院 http://yoshimine.com/essay/10.html