第4節 由美の心

 翌日。学校の昼休みに、沙奈は彩華に昨日の事を話した。
「昨日、家の父が出張から帰って来たのだけど、一緒に親戚の子を連れてきたんだ」
「へーっ!それって男の子?女の子?」
「私と1つ年上の姪なんだけど……」
「……どうかしたの?」
「その子の親が去年自殺して、その後一家ばらばらになって、しばらくひとり暮らしをしていたんだ」
「そうなんだ。で、それがどうしたの?」
「実はアヤちゃんに相談があるんだけど……確か、アヤちゃん家って病院でしょ。だからメンタル的な
事も知っていると思って……」
「まあ、たしかにうちは総合病院だから、精神科もあるにはあって、その診察の様子もチラッと見て知
ってるから。だけど、あたしなりにほんのちょっと分る程度だけど、いいの?」
「私には手が負えなくて……話を戻すけど、その子がかなりわがままで自分勝手なんだけど、どう接し
たらいいのかわからなくて……アヤちゃんって結構こう言うのって対処できるんじゃないの?」
「まあ、それなりに人生経験は豊富だから」
 突然の相談に、彩華は暫し考えた後、
「ねえ、一度会ってみたいんだけど。その子に連絡取れない?」
「…多分大丈夫だと思うよ。今は家か近所をぶらぶらしているみたいだから」
 沙奈は自宅に電話をして、由美の携帯の番号を教えてもらい、彩華に伝えた。
「こう言った場合、じっくり話して彼女の心の中を探るのが一番なのさ!」
「なるほど、さすがはアヤちゃんだ。姪の件はお願いね」
「いいとも。あたしもその子の顔を見てみたいし。いいってことよ」
 沙奈は彩華に千円札を渡すと、
「パープルならゆっくり語れると思うよ。一応2人だけの話したほうがいいから、お兄ちゃんとは顔
を合わさないほうがいいと思うよ」
「OK。パープルの2階の個室を押さえておくよ!」
 放課後、由美と連絡を取れたらしく、彩華は、
「これから早瀬さんと会いに行くから、先に帰るよ!」
と伝えると教室を後にした。
 けど間の悪い時はあるもので、廊下でバッタリ佳宏と出逢った彩華。
「やあ、アヤちゃん。今日から公開が始まった映画に見に行かないか?チケットを2枚買ってあるん
で、これからどう?」
「え、あ……あの映画は前から見たかったけど、今日は用事があるんで…サナちゃんと一緒に見
てくればいいジャン!」
「おお、そだな。たまには岡村さんと見るのもいいな〜」
「じゃあ安達君、今日はよろしくね。……アヤ、じゃあ頼んだよ」
 沙奈は、彩華がウインクしながら下校するのを確認すると、佳宏と一緒に校門を出た。

 翌日。
 夕べ、彩華と由美とがパープルで語り合ったとの速報メールをもらった沙奈だが、その後の経過
メールを送ってこなかったのが気になってか、いつもより早めに登校した。
 教室には既に彩華がいた。早速昨日の事を聞く沙奈。
「昨日はどうも。で、姪の事だけど……」
「ああ、早瀬さんの事ね。あの子、あたしとは初めて会うのに、まるで親しい友人のように気さくで、
それでいて礼儀正しいいい子だったよ」
「そうなの……で、彼女どうだった?」
「あの子、かなり大変な目にあったんだね……」
「そうでしょ。これは私もよく知っているよ」
「で、あの事件以来、ずーっと一人ぼっちで、親戚の間でも、うまく溶け込めなかったらしいの」
「それで、それで?」
「あの子ん家って旅館でしょ。小さい時から親も仕事で忙しく、いつも家で一人ぼっちで遊んでい
たんだって。でもって、学校では、集団になじめない性格からか、友人も出来ず、いつも教室で一
人本を読んでいたり鶏やウサギの世話をしてたりしたんだって」
「へえ、何だか寂しそう」
「校庭でたくさんの子供が遊んでいるのを見て、いつしか(私は注目すら受けない存在の薄い子
なんだ)と思うようになり、それなら逆に注目を浴びるような事をすればいいんじゃないって考えた
んだって」
「と言うと、やはり意地悪をして、周囲の関心を惹こうとしたの?」
「そう。最初のうちはある程度同級生の気を惹く事が出来たのだが、同じ子とは2度は通用しなくな
ると、更に色々な意地悪をしでかして、もがいて見るのだが、注目されるのは一時だけで、かえっ
てそれが裏目に出てしまい、いつしか誰にも相手にされなくなったらしいんだ……」
 ここまで聞いて沙奈は、悲しくなった。正に【狼少年】そのものであったからだ。周りから疎外され、
気を引こうと色々しても結局は無駄骨で、それで益々悪循環に陥ってしまう。それに追い討ちをかけ
るかのように起きた旅館の閉鎖と父の自殺……。
 どんなに心が穏やかな人でも、一気に人生のどん底まで落ちてしまったら、そこからいくら頑張って
も這い上がれない苦しみや悲しみ……。
「私なら、絶対に立ち直れない……」
「とにかく、あの子はどんな形でもいいから、他人に注目されたかったのよ。だから……あたし、つい
言ってしまったんだ……」
「え?何て言ったの?」
「あたし達のグループに入りませんか?って」
「え、それって、ちょっと無理じゃない?だって早瀬さん大学生でしょ。でもって私達は高校生なんだ
し。いくら年が近いって言っても」
「そう言うと思った。それなら安心して。学校には来ないし、大学が始まれば行く事もできない。けど
接点はあるにはある」
「接点って?もしかしてパープル?」
「そう。あそこなから学校じゃないから会ったって大丈夫だし、バイト先にもなる。まああの子がパー
プルで働きたいって思えばの話だけど……」
「そだね、そこは少し前から私達の溜まり場だし、会おうとすれば会えるね」
「多分、大学で友人が出来れば、少しは気が治まると思うから、それまでは、いくらかは我慢するん
だね」
「ありがとう。今の話を聞いて、早瀬さんの心の奥底が少し判った気がする。帰ったらお兄ちゃんにも
伝えておくよ」
 その日の夜。由美は彩華に今まで心の奥底にしまっていたもやもやを吐き出せたのか、少しだけ
明るさを取り戻したような気がした。岡村家に来て初めて夕飯をお代わりしたし、風呂場で歌ってい
るのも聞こえた。
 まあ、由美の意地悪や自分勝手な行動は大分減ったで一家は少し安堵している。それでも家中
の時計を進ませてみたり、靴を隠したりと言う軽い悪戯はしているけど……。

【続く】