第2節 3年B組

 新学年最初の日。
 悟はいつもと同じように、校門にあるIDチェッカーにカードを近づけた。
 IDチェッカーは本校の生徒だと認識すると、ピピピッっと電子音を鳴らした。
(電子音が3回鳴った……確か夢では2回しか鳴らなかったぞ)
 恐らくIDチェッカーは学年ごとに判別して電子音の鳴る回数を変えているのか?とすると僕は間違い
なく3年生に進級したのだな。と思った。
 新学年最初の日と言う事で、クラス替えがある。この事については、編入した時に校長から頂いた
冊子にも書いてあったので既に知っていた。と言うか、前通っていた北海道の高校も毎年春にクラス
替えが行われていた。
 校庭の真ん中に大きな掲示板を3本立て、そこに学年別に新しいクラスの名簿が書かれた模造紙が
張られている。パソコン全盛の平成時代、印刷物も全てプリンターで出来る時代なのに、いまだに模造
紙に油性ペンで手書きで名前を書かれている。
(パソコンで作成して印刷すればすぐできるのに……)
 悟は夢の中の自分と同じような事を思いながら、自分の名前がどのクラスに入っているか探した。
 3年A組には僕の名前も、沙奈も他のメンバーの名前は書かれていなかった。
 3年B組の名簿を見ると、ちゃんと悟の名前が書かれていた。しかもメンバー8人全員同じクラスに入っ
ている。
「ああ、良かった」
 悟は安堵した。本当に夢でなくて良かった。
 悟よりも早く登校して来た沙奈も掲示板を見たらしく、
「良かったね。お兄ちゃん!」
 とにっこり微笑んだ。
「これでいちいち学食に集まらなくていいな」
「まあ、それもそうね〜」
 8人が同じクラスだと、毎日の学校生活もますます楽しくなってくるに違いない。
(クラスも決まった事だし、早速教室に向かいましょうか……)
 初めて入る3年用の昇降口に入った。2年用の昇降口とほとんど内装は変わっていない。変わって
いるとしたら、靴の汚れ落としマットの色が青から緑色になった事か。

 3年B組の教室に入ると、既に佳宏と圭が教室の隅で談笑していた。この2人が何やら話し合ってい
る時は、多少なりとも企み事をする時だ。いつまで経っても子供と言えばそれまでだが、始業式早々
注目をする事はしないはずだ。
 教室にいる生徒は10人程度で、沙奈をはじめとする大半の生徒は、始業式が開かれる講堂に向っ
ているか既に講堂で始業式が始まるのを待っている。悟も適当な机にカバンを置くと講堂に向った。

 始業式が終わり、生徒はそれぞれの教室に散り散りに向う。けれど、いつものメンバー8人は揃って
教室へ。
「やっぱ一緒のクラスって言うのはいいね」
「学校ではいつも同じクラスだし」
「いちいち皆が集まるのに、学食に集まらなくて良かった」
おしゃべりな女子は、口々に今回のクラス替えを賞賛している。たとえそれぞれカップルが出来ていて
も、各メンバーのつながりは大切だし、なにしろ男女別にせよ仲間がすぐに集まるのも利点だ。ただ、
男子はいつも学食で昼食を共にしているのであまり変わらないが、それでも4人でだべりながら学食
へ出陣できる。
「これで給食があればいいだけどな〜」
「たまにゃ弁当でもいいんじゃないの?」
「弁当か?たまにはいいが、どうもあの量は俺は足んないんだ」
 相変わらず食べる事に話題が行ってしまう。
ふと沙奈が、
「このクラス替えって、きっと学食のおばちゃん達も一枚噛んでんじゃないの?」
 とつぶやいた。すかさず彩華が、
「かもね〜。ひょっとして学食中に響き渡る安達君のハスキーボイスを聞きながら、食事なんかろく
ろくできない子が多くて、不満をたらした生徒も教頭に無理言って頼み込んだんじゃない?」
「まさかね〜」
 ほのかと桜子がそれに反応する。そうすると佳宏は黙っていられず、
「何だよ!それじゃまるでオレを学食から追い出そうとしたんかよ?!」
 彩華も反論する。
「そーじゃないけど、あたしたちが何かと集まる時は校内では学食だったジャン。せめて休み時間は
学食をたむろさせたくなかったんじゃないの?」
「ソレ言えてる!放課後もパープルに行かずに、学食で宿題済ました事もあったし」
 幸親の一言に佳宏はますます居ても立ってもいられなくなり、
「じゃあ、明日から弁当作ってくれよ!大盛りで」
 彩華もこの言葉をどのように捉えたのか、妙に優しい声で、
「気が向いたら、ヒロの好きな肉巻きポテトを入れたのを作ってあげるって」
(やっぱり安達君とアヤさんってどこか気が合うんだ)沙奈はしっかりチェックする。
 そのやり取りを聞いて、
(弁当もいいな。金井さんは結構真面目だからいつか僕のも作ってくれるかも)
 と思わず想像してしまう悟だった。

 そうしているうちに担任が教室に現れた。
 3年B組の担任はサッカー部の顧問である野口先生で、佳宏を1年生の時からよく知っている先生
なのだ。
「アレマ〜。担任が野口先生とは、こりゃまた嬉しいな〜」
「安達!本当に嬉しいのか?それとも迷惑してるんじゃないのか?」
「いえいえ、嬉しくて嬉しくてたまりません〜」
 先生と佳宏のやりとりに教室が爆笑。普段あまり笑わない桜子もにっこり微笑んだ。
 その場では何も言わなかったが、ホームルームの時間直後に、先生が独断で決めた席順によっ
て、佳宏が一番前の席にされてしまった。それに引き換え、悟と桜子、圭とほのかは隣同士の席順
だ。これは偶然か、単に先生が事情を知らなかっただけなのか……。
 まあ、担任とは言っても科目ごとに先生が違うので、野口先生は男子体育担当なので別段差し障
りもないし、サッカー以外では野口先生はそれほど怖い人柄ではないらしい事なので、まずは安心
した悟だ。

 とにかく、卒業まで8人が同じクラスで学校生活を送る事が決まった。3年生になった初日から幸先
がいいなと思う悟と沙奈であった。

【続く】