第4章 8人の最終学年

第1節 それはクラス替えから始まった

 4月。進学・新就職・そして新学年。まさに出会いとスタートの時期だ。
 麻布が丘高校も、4月からの新学年は、クラス替えが行われる。一年間どのような面子で学校
生活を送れるかは、全てこの日にかかっていると言っても過言ではない。
  始業式の日。
(今日から3年生だ、また今日から学校だ……)
 悟は普通の日と同じように校門にあるIDチェッカーにカードを近づけた。IDチェッカーは本校の生
徒だと認識すると、いつものようにピピッっと電子音を鳴らした。
 新学年最初の日と言う事で、クラス替えがある。この事については、編入した時に校長から頂い
た冊子にも書いてあったので既に知っている。と言うか、前通っていた北海道の高校も毎年春にク
ラス替えが行われていた。
 校庭の真ん中に大きな掲示板を3本立て、そこに学年別に新しいクラスの名簿が書かれた模造
紙が張られている。パソコン全盛の平成時代、印刷物も全てプリンターで出来る時代なのに、いま
だに模造紙に油性ペンで手書きで名前を書かれている。
(パソコンで作成して印刷すればすぐできるのに……)悟はそう思いながら、自分の名前がどのクラ
スに入っているか探した。
 5分後、探しても探しても3年生のクラスに悟の名前がなかった……。妹の沙奈は、ちゃんとA組に
入っているのに、何故僕だけが……。と思い始めた。
 けどこの学校の中に入っていると言う事は、この学校の生徒なのは間違いない。けど何で名簿に
名前がないの?と思ってきた。御丁寧に模造紙の一番下には【以上で間違いありません】の記述
と担任と教頭の印まで入っている。と言う事は、書き間違いや書き忘れと言う事はありえない。
(もしかしたら……)恐る恐る2年生の掲示板を覗き込むと……
 なんと2年A組の一番最初に【岡村 悟】の文字が……。
 これって、ひょっとして【留年】……。
 何故だ?成績も優秀だし、ましては問題生徒でもない。留年する理由なんかひとっカケラもない。
 やはりここにも【以上で間違いありません】の記述と捺印がきちんとある。
(何かの間違いだ。僕は留年なんかする人間ではない。きっとパソコンの入力ミスだ。それに違い
ない……)そう思いながら悟は一目散に職員室に向った。
 職員室の入り口に、見慣れた生徒が一人。何と桜子だ。彼女は誰もが認める校内一の秀才だ。
その桜子が何故職員室に??
「金井さん、どうしたの?」
 あえて現状を隠すかのような素振りで訊いて見ると、
「校庭の掲示板、おかしいのよ。私の名前が3年生の中に入ってなく、2年生の名簿の中に入ってい
るのよ。これっておかしくない?」
「えっ!金井さんも留年になったの?実は僕もなんだ」
「私も3年の掲示板に名前が書いていなかったので、頭の中が真っ白になりましたわ」
「これって絶対におかしい」
「だからすぐに職員室に行ったのだけど、会議中なのか鍵がかかっていて……」
 何と桜子も同じ留年扱いになっている。これはどうしてもおかしい。(僕なら、色々あらを探すと何
癖が付けられるが、いくら探しても何も出てこない成績優等生の金井さんが何故?)
 きっと優等生を狙った陰謀なのか、とも思った。2人に当てはまる事と言ったら、新聞部員、そして
クイズ大会で優勝し、大阪でテレビ番組に出演できた事だ。
 ちょうど職員室から出てきた教頭が2人の顔色を見るなり、
「あなたたちは名簿の事でここに抗議に来たに違いない。けど事実は事実だ。なぜそうなったかはた
だ一つ。大阪でクイズ番組を収録した直後、学校に連絡一つしなかったからだ!」
 悟の脳裏にあの時の行動が浮かび上がる。
「クイズ参加までは間違いなく学校行事なのでそれはいい。しかし終了時に電話でもすれば我々は
次の行動の指示を与えていた。学校に連絡一つしないでそのまま大阪の町に遊びに行っていたのだ
から、厳密には無断外出と無断遊興に当たる。それが故の留年処分だ」
 確かに教頭の意見は間違いではない。けど数百キロも離れている大阪で、僕達の行動を手をとる
ように知ってるわけがない。どう見ても無理やりこじつけた口実である。
「だから、たまたま連絡するのを忘れただけです……」
「黙れ!無断遊興禁止は校則の40ページにきちんと明記されている。学校の決まりに従う事が生徒
の当然の義務だ!」
「教頭先生、勘弁してください。こんな些細な事だけで留年するなんてありえません……」
「幾ら謝っても土下座しても、真実は一つだけだ!君達2人は大人しく校則に従っていれば良い。仮に
私に抵抗したら更に厳重な戒告が用意されているから、そのつもりで」
 完全に教頭に威圧されてしまった。
「……仕方ない。一旦引き下がるか……」
「それがいいですね」
 悟は沙奈に、この事についてメンバーにメールを送信すると、とりあえずこの場から去り、始業式が
始まる校庭に出た。

 始業式の後、2人はクラス替え掲示板の通りに2年A組の教室に入った。
「あれ、何で3年生がこの教室に入ってくるの?」
 事情を知らない2年A組の生徒が2人に近づいてくる。何しろクイズ大会で優勝したアベックだし、し
かも桜子は学校で唯一のメガネっ娘だから、2人の事は学校中ほとんどの生徒が知っている。
「実は……」
 事情を全て話すと、理不尽なクラス替え事件に同意を示す生徒が現れた。
「それって、絶対に変だよね〜!!」
「いくら校長が変わり物だからと言っても、こんなおかしな罰はありえないよ!」
 やがて、悟が送信したメールを見て事情を知った沙奈をはじめ、残りのメンバーも2年A組の教
室にやってきた。
「勉強が出来ないオレだって3年になったのに、岡村が3年にならないのは絶対におかしい!」
と佳宏。
「学年トップのサクラちゃんが留年なんてありえないよ〜!」と彩華。
いつしか教室中から「そうだ!」コールが高まってきた。隣の教室の騒動を聞いた2年B組の生徒も
やってきた。
 悟と桜子は、皆のエールを受け、次第に勇気が湧いて来た。
「これは絶対に校長と教頭の陰謀だ!僕達は3年生だ!こんないい加減な理由で留年なんかになる
はずがない!」
「今すぐ皆で職員室に行って、講義をしましょう!」
「俺達が立ち上がれば、陰謀なんかすぐになくなってしまうぜ!」
 なぜか幸親も先頭に立ちあがってきた。負けじと佳宏も、
「そうだ!そうだ!陰謀だ!2人は無実だ!」
 佳宏の宣言はいつしかシュプレヒコールになり、3人を先頭にメンバーを始め数十人の生徒が一
列になり職員室に向う。
 2人の留年を取り消し、校長と教頭による理不尽で非民主主義で横暴なクラス替え操作を辞め
させるべく……




「…お兄ちゃんったら、珍しく寝坊しているよ…今日から新学期だと言うのに…」
 東京・目黒にある岡村家の2階。沙奈は既に着替えが済んでいる。
「お兄ちゃん!朝だよ!学校だよ!」
「何だよ……これから校長と教頭をギャフンと言わせるいい所なのに……」
「何寝ぼけた事言っているの。今日から3年生だよ!」
「3年生?!僕は校長と教頭から無理やり留年させられちゃったんだよ……」
「まだ目が覚めないの?お兄ちゃんの話していることは全部夢!今すぐ忘れなさい!」
「え……夢?僕は今日から3年生?」
「当たり前じゃないの!早く着替えて朝食食べないと、本当に遅刻するよ!」
(夢で良かった……)
 悟は急いで着替え、朝食を食べると、半分眠気まなこの状態で学校へ向った。

【続く】