第11節 一つの別れ

 3学期が終わりに近づいた3月、3年次の6月に行く修学旅行の行き先が正式に決まった。
今までは毎年九州地方に行くのが恒例みたいだったが、今年から北海道になるとの事だ。
 噂では、校長の一存で修学旅行の行き先を変えたと言う。それも悟と沙奈の父親が、北
海道航空システム社の幹部職員と言う事が絡んでいるらしい。教え子の親御さんの伝で、
旅費を少しでも安くできるのではないかと言う魂胆だとしたら、かなり計算高い校長である。
 まあ、ここの校長は少し変わっている事は、2人も編入試験の時から薄々わかっている。
普段の朝礼の時も時たま寒いギャグを連発するし、悟達が出場したクイズ番組でもらった
商品を無理やり奪って、校長室でのうのうと使っているし。
 実際の所、そのクイズ番組出演の件も、佳宏の母に無理を言って頼んで、クイズ大会の
参加出場権を獲得したらしい。
 とにかく個性的な校長である事は確かだ。
 今度の修学旅行は、悟と沙奈にとっては嬉しいニュースだ。なにしろ自分達のふるさとで
ある北海道にいけるだから。
 2人は、いつものメンバー9人で北海道をグループ行動したいと思っていた。
 しかしその夢は実現しなかった。

 3学期終了間際のある日、岡村一家が夜のニュース番組を見ていると、特集のコーナーで
少し気になる話題を放送していた。
〔芸能人御用達の居酒屋 経営難で閉店〕
 東京・恵比寿にある居酒屋からの生中継で、あまり広くない店内に、閉店を知ってなのか、
はたまた有名人が来る事で有名なのか、大勢の客が店に押しかけている。店のあちこちで
客が酒を飲みながら騒いだり、歌ったりしている姿が放送されている。
 恵比寿で有名な居酒屋と言えば、博樹の店だ。博樹と店の経営とは直接関係ないが、や
はり世界的不況には勝てなかったのであろうか……。
 確か博樹は我が家には来てなかったので、母に、
「テレビでやっている店、僕の友人の親が経営している店なんだ」
と話した。
 さすがに母は初耳らしく、
「へえ、結構いろいろな人と知り合いになったんだね」
 そこで博樹のことを知っている沙奈がツッコミを入れる。
「その子ってかなりカッコいいのね!」
 しばらくは、博樹の話題で食卓が盛り上がった。しかし母の言葉で急に静まり返った。
「店が閉店となると、どこかに引っ越すのかな?」
 二人は、その言葉に暫し沈黙し、何も答えが出なかった。
 あれだけマスコミの報道を受けたのだから、店だけ閉店して同じ所で住むにも勇気がいる
だろう。けどニュースで見た限りでは、この店が食中毒を起こしたとか事件沙汰を起こしたと
か言う事でもない。もっともレポーターが「閉店の理由の一つは店の老朽化」ときちんと伝え
たのだし……。

 その翌日。やはりと言うか、マスコミの動きは敏感になっていた。
 一部マスコミが、閉店した居酒屋の子供が麻布が丘高校に在籍していると言うネタを掴ん
だのか、校門前でうろうろしている記者風の男性を何人も見かけた。
 芸能人御用達の店の子供だから、芸能界の裏情報を知っているかもしれないという事な
のかもしれないが、はたしてそれが記事になるのか、は悟にはわからないが。
 やはりそれを見越してか、博樹は学校を欠席した。そして終業式まで欠席が続いた。

 春休み初日、悟や沙奈に長いメールが届いた。博樹からだ。
【急に皆の前からいなくなって本当にごめんなさい。店の閉店はテレビで放送したから知っ
ているかも知れない。理由は放送した通りで、駅前再開発で立ち退きを余儀なくされたの
と、不況で芸能人があまり来なくなった事、そして親の高齢によるためで、決して事件や事
故があったわけではない。そんな訳で今は東京から引っ越して、両親の故郷である新潟に
住んでいる。麻布が丘高校での生活は本当に楽しかった。またどこかで会える日を楽しみ
にしてます】
 メールのあて先が複数になっている事から、きっとメンバー全員に同じ文面を送ったので
あろう。マージャン事件以降不仲となっている佳宏のアドレスもあったので、間違いなく送っ
ている。

 翌日。悟のバイト先であるパープルに、たまたま佳宏が珈琲を飲みに来ていた。悟は博樹
から送られて来たメールについて話した。
「オレとしては、これで良かったかな、と思っている。まさかあいつが店の閉店で引っ越すと
は夢にも思わなかったけど、最後にきちんと別れの挨拶をしてくれた事に、あいつなりの心
粋を感じさせるな……。ま、外国に行った訳じゃないんだから、逢おうと思えばいつでも逢え
るさ!」
 いつものようなサバサバした口調だったが、佳宏なりに博樹の事を思っているのだろう。
「それで、ちゃんと返事をしたの?」
「当たり前さ、なにしろ中学の時からの仲間だからさ。【新潟の高校で思いっきり青春しろよ】
ってね」
「青春か。安達君らしいや」
 脇で話を聞いていた村崎さんが、
「ワシの頃の青春時代なんか、今のような軽い物ではなく、もっと真面目にお付き合いをして
いたもんだよ……」
「ま〜たマスターの自慢話が始まったよ。これで最後にはオレ達に説教をするんだから。たま
ったもんじゃないよ!」
 村崎さんの性格を知っている佳宏はさすがに鋭い。ここは辛く受け流すしかないな、と悟は
思った。
 その他のメンバーも博樹の突然の引越しに戸惑ってはいたが、これも親の事情だと仕方な
いと言う考えが大勢であった。
 沙奈が言うには、
「アヤちゃんったら、『あれだけの美少年なんだから新潟の高校ではきっと女子にもててもて
て、素晴らしい青春を謳歌するんじゃないか』と笑いながらも半分うらやましがっていたよ」と
言っていた。

 4月になってすぐの事、悟の元に圭からメールが届いた。圭にしては珍しく、全文デコレーシ
ョンのメールだ。
【昨日は、ほのかちゃんの18歳の誕生日!僕と2人でホテルで誕生日を祝って、そのまま2人
でベッドイン!ず〜っと我慢した甲斐があったぜ!勢い余って3発もしちゃったよ!】
 悟は、ありがちな迷惑メールそっくりな本文に一瞬苦笑した。そう言えば、数ヶ月前のパー
プルで父の転勤激励界の二次会の時に、
「ほのかちゃんの誕生日に僕はオトコになるんだ!ほのかちゃんの処女を奪えるんだ!」と
つぶやいていた。
 悟は、(鈴原君はやっと唯崎さんとの初体験を許されたんだ)と思った。あのカップルは幼な
じみが故に結構気難しくなりそうだな。とも考えて見た。

 とまあ、これで遅かれ早かれ8人のメンバーは【大人の階段】をそろって踏み出す事ができ
た。そして4組のカップルが成立したのであった。
 もうすぐ新しい学年が始まる。高校生活最後の一年を8人・4組のカップルが【青春】といく
道を颯爽と突っ走って行くのであった。

【第3章 完】