第10節 沙奈の魅惑な出来事

 悟と桜子が大阪で初体験を済ませた直後、2人の関係が妙に親密になっているのに、メンバーの
一部が気になっていた。
 悟の親友である幸親だ。彼はクールな性格なのだが、色恋には意外と奥手だ。その幸親がメンバ
ーの中でひそかに思いを馳せている相手が、悟の双子の妹、沙奈である。
 その沙奈も、石打にスキー旅行に行った時から、幸親の事を魅力的だと思っている。その事も幸親
は薄々知っている。けどそこから先が踏み込めないのだ。勿論男なので好きな沙奈と初体験をしたい
気持ちが大きいのは自然な事だ。けど、どのようにして彼女を誘うか、これが一番ネックなのだ。
 そうなると頼みは血のつながった兄弟と言う事で……。

 ある日の学食、幸親は悟に、
「今日は俺が学食おごってやるよ。どんな高い物でも好きなもの頼んでいいぞ」
 幸親が誰かにおごる時は、大抵頼み事がある時だ。けど佳宏のように難癖がある頼みを持ちかけ
る人ではないから安心だけど。
 学食のテーブルで、いきなり、
「俺、サナちゃんにアタックしたいんだ。けど日程的に中々合わなくて……」
「そんな事かと思ったよ。沙奈なら、今度のテニス部の新人戦大会で金曜日から水戸に行くって言っ
ていたな」
「水戸か……いい情報ありがとな!」
(伊勢君と沙奈か……まあいいカップルではないのか?)そう考えた悟であった。
 麻布が丘高校は、いわゆる金持ち高校ではあるが、クラブ活動が盛んで、そこそこ実力があり、多
くの部活が東京都大会、関東大会に出場する。沙奈たちが所属するテニス部も、全国大会レベルに
出場した実績がある。今回も、冬季新人戦関東ブロック大会の出場が決定した。実力のある選手の
他に、予備選手として沙奈も、大会に参加する事になった。
 開催地である茨城県水戸市の陸上競技場に他の部員と一緒に整列する沙奈。
(何だか……私がここにいるのが不思議なくらいだ……)
 沙奈は、部活ではそれほどテニスの腕が上達してはいなかったのだが、部長の鶴の一声で予備選
手として決まったのだから、運がいいと考えたのがいいのか?
 半分緊張したものの、無事に開会式が済み、明日からいよいよ1回戦が始まる。大会開催中の宿
舎となっている水戸市内の旅館に着き、客室で休憩をとっていると、沙奈の携帯に一通のメールが
届いていた。
【岡村さん、新人戦出場おめでとう!ところで俺は今、親父の仕事の関係で秘書と共に今日から日
曜まであなたがいる水戸に滞在する。これも何かの縁だから、もし暇があれば俺のホテルに逢いに
来てくれ】
 幸親からだ。スキー旅行の直後から、ちょくちょくメールが来てくれるのは嬉しい。けど今、よりによ
って彼も水戸に来ているとは偶然と言うか、それとも?
 部活の新人戦があると言う事は、悟と同じクラスの同級生にしか伝えていない。
(きっと伊勢君は、どこからか情報を仕入れて、私の試合を応援に来てくれたのか?)
 そう勝手に解釈した。好きな男の子の事だから、どうしても自分の良いように考えてしまうのは当
然の事で……。
 そうなったら居ても立ってもいられなくのは誰でも同じで、沙奈もせっかく自分の為に水戸まで来て
くれる幸親を嬉しく思い、今すぐにでも逢ってみたくなった。
 妙にうきうきしたり、ドキドキしている姿は、端から見るとすぐに分かるもので……。
 ちょうど同じ大会に参加している彩華が、この事を敏感に感じ取り、
「サナちゃん?何か良い事でもあったの?」
「そうなの、実はさっき伊勢君からメールが来たんで……」
「ははあ、ひょっとして、近くに来ているからこれから逢わないかとか言うメールでしょ?」
「え!何で分るの?」
「そのくらいあんたより人間関係が深いあたしには、手にとって分るさ。あたしも安達君とも最近ヨリを
戻したばかりだし!」
「そうなんだ……そこでお願いがあるんだけど……」
「わかる、わかるよ、今すぐにでも伊勢君に逢いたいんでしょ。大丈夫、あたしに任して!仲間には適
当にどこかに買物に行ったと言っておくから」
「サンキュー!さっそく行ってくるよ!」

 沙奈は、旅館を出るとすぐに幸親にメールをした。すぐさま返信メールが沙奈の携帯に届いた。
【水戸駅前にある、ステーションセントラルホテルに一人で居る】
 ステーションセントラルホテル、電車で水戸駅に降り立った時に見えた、駅の真正面にある大きなホ
テルだ。そこならそう遠くない。
 駅前の時計は午後3時を回っていた。
 20分後、沙奈は幸親の滞在しているホテルに到着した。幸親が滞在している部屋はシングルル
ームながらもソファーやテーブルがあり、結構広い造りになっている。少しだけ大きめのベッドに幸親
が寝巻き姿で寝転んでいる。テーブルの上には紅茶が入ったカップが2つ。その脇に小さなカードが
置かれている。
「来てくれてありがとう。外は寒かっただろう。岡村さんの為に紅茶を入れたので飲んで行って」
 沙奈は、せっかく入れてくれたのだからと思い遠慮なく紅茶を頂く事にした。
 ついさっき淹れたばかりなのか、一口飲んだだけで体が暖まる。その脇にあるカードには、【沙奈ち
ゃんへ】と書かれたカード。沙奈はカードを開けた。
 ただ一言、妙に角ばった文字で「I Love You」とだけ書かれていた。
(これって愛の告白?)沙奈はどきどきした。沙奈もメンバーの中で幸親が好きだと言う事は、スキー
旅行の時に彩華とほのかに告白した。だけど悟を含め男の子には打ち明けていない。
 しかも今、幸親から告白されているのだから、ここで打ち明けないとせっかく水戸まで来ている幸親
を更に焦らせる事になるかも知れない。
 思いきって幸親に、
「私も前からあなたの事が好きでした!」
俺もさ!これで今日から俺と君とは恋仲だな」
「ふふふ、肩肘張らなくていいよ〜」
「ま、あの、俺ってこう言う愛の言葉って苦手なんだ。得意なのは……」
 そう言うと、いきなり抱きつきキスをした。
「今日が2人にとっての最高の日であるように……」
 クールな幸親も、所詮は男。女を求める欲求は変わらない。今まで我慢していたのか、彼の性欲が
水戸のホテルで一気に噴き上がった感じだ。幸親は沙奈を求めている。
 沙奈は前から好きだった幸親が初体験の相手と言う事ならば本望と思っていた。全てを受け入れた。
 そして沙奈も無事に初体験を済ませた。初めての事なので半分夢中に近かったが、大好きな人と一
つになる事の素晴らしさと快楽を心行くまで味わう事ができた。
 気がついたら窓の外は暗くなっていた。時計を見ると6時を過ぎている。確か旅館での夕飯は7時か
らだと言っていた。
 大急ぎでシャワーを浴びて、服を着ると時計は6時45分。15分あればぎりぎり旅館に着く。
 訳を話すと、幸親は秘書が使っている車のキーを勝手に持ち出して、駐車場に止めてある秘書の車
を運転した。そして玄関で沙奈を乗せ、旅館まで送ってあげた。
(これって無免許運転??)と思ったが、この場所で言うのはいけないだろうと思い何も言わず、
「今日はありがとう。そして〔あの件〕も」
 と言いながら投げキッスをした。幸親は少し照れながらも、
「テニスの試合頑張れよな!」と言う言葉を残し、車は走り去った。
 沙奈は大急ぎで部屋に戻り、部員と合流した。夕飯まで自由時間という事で、何人かは外出してカ
ラオケに行っていたり裏の公園で自主トレをしていたので、沙奈が出かけていた事も知らない人がい
たのでほっとした。勿論彩華には、幸親との出来事をアイコンタクトでそれとなく伝えた。
 夕飯後彩華から、
 「伊勢君とはどうだった?うまくやれた?」
 との、〔初体験〕ドンピシャな質問が来たのは言うまでもない。

 翌日の試合は、土曜日と言う事で、幸親は勿論の事、東京から岡村一家(母と悟)が会場に駆けつ
けてくれた。応援の甲斐があってか、沙奈のダブルスチームは、一回戦・二回戦と危なげなく勝ち進
んだ。
 しかし、勝負の神様は平等の心をお持ちなのか、三回戦では相手のチームに勝たせるように神が
仕向けたのか、惜しくも僅差で負けてしまった。
 相手が強豪高と言う事なので、実力負けと言えばそれまでなのだが、ほぼ互角に戦えただけでも良
かったな、と沙奈は考えた。
 応援に来てくれた家族、そして幸親は、沙奈に熱い拍手で労をねぎらってくれた。
 結局、麻布が丘高校のチームは最高でも準々決勝までしかっ進めず、最終日を待たずに水戸を離
れる事になった。けど沙奈を始め部員の実力向上と自信につながった。
 そしてなにより、沙奈にとって水戸は思いで深い町になったのである。そう、ずっと好きだった幸親に
告白され、しかも初体験までできたのだから……。
【続く】