第二節 「花の東京のど真ん中」

 生まれて初めて座る飛行機の座席はとても居心地が良かった。と言ってもただ座席でのんびり
する訳にはいかないもので、父はもう会社のノートパソコンで何やら打ち込んでいる。母は転入届
書や各種契約書に目を通している。そして双子の兄妹も麻布が丘高校の案内書を読んでいる。
 新千歳空港から一時間半で羽田空港に到着した。
 空港では、北海道航空システムの東京支所準備室職員が、既に一家を待ち迎えていた。
「岡村様、ようこそ東京へ!ここからは我々が案内します」
 4人は会社の車に乗り込んだ。空港を出ると車は首都高速を走り抜ける。車窓からは道路を走
る沢山の車と、隙間なく林立しているビルが見える。北海道では余り見る事の出来ない風景だ。
「さすがは東京だ!」
 悟は感激している。雄大な自然も良いが、やはり大都会の風景に憧れるものだ。
 車は芝公園のランプを降りた。車窓から東京タワーが見える。
「テレビで見た事があるけど、やはり実物はスケールが違うね」
 沙奈も生まれて初めて見る東京の景色に感動している。
 車は東京タワーを離れ、おしゃれな町並みのある通りに入ると、運転手が突然話しかけてきた。
「ここが君たちが二学期から通う麻布が丘高校だ。立派な学校だろう」
 悟も沙奈もこれから行く高校がとても綺麗でモダンなのに感激した。この前まで通っていた高校
とはまるで違う。北海道の高校では、周りは畑だらけ、校庭だけが広く、その代わり校舎はこじん
まりな3階建てで、どう見ても古ぼけた学校であった。それが今度はまるで違う。大東京の真ん中に
ある綺麗でおしゃれな校舎。周囲はビルや屋敷が連なる。これから始まる高校生活が明るいもの
になるだろうと誰もが思ってしまう。
 車はビルの町並みを縫うように走り、陸橋を渡った。その下では電車がひっきりなしに走っている。
「山手線ね。テレビで見た事があるわ」沙奈がつぶやいた。
 車は細い道に入り、住宅地の中で止まった。どうやら社宅に着いたみたいだ。
 一家は車から降り早速家の中に入った。中古の一戸建てだが程度は良く室内はリフォームが
済んでいるのか結構綺麗だ。4LDKで意外と広い。2階も3部屋あり、一人一部屋でもいいくらい
だ。北海道で住んでいた家よりも広い。東京の真ん中で暮らすには十分な広さにも喜んだ。これ
も会社持ちと言う事だから、なんとも太っ腹の会社なのであろう。
 電気や水道は通っているものの、引っ越したばかりなのでまだ家具は入っていない。室内に唯一
あるのは布団で、これはおそらく引っ越してばかりで寝具も届いてないだろうから、せめて布団だ
けは用意しておこうと言う会社側の計らいであろう。
 手持ちの時計ではまだ午後2時だ。夕飯まで時間があるので、早速さっき車の中で見た高校に
行って編入試験の面接を受けて来ようと決めた。面接時間はいつでも良いと書類に書いてあった
ので、明るいうちに学校の下見を兼ねて行く事にした。
 家から目黒駅までは歩いても5分はかからない。駅は沢山の人でにぎわっている。
 以前住んでいた最寄り駅と比べると雲泥の差だ。ホームが一つだけの無人駅でいつ行っても閑
古鳥が鳴いていたのだから。まあ隣の苫小牧駅はそれなりに大きい駅だけど。
 東京の慣れない駅構内で迷ってしまい、結局入り口まで戻ってしまった。悟は駅の係員に尋ねた。
「すみません、麻布が丘高校に行きたいのですが……」
「それなら、地下鉄南北線に乗って【麻布十番駅】で降りて下さい」
「その地下鉄の駅はどこに行けば?」
「駅前の道路を右に進めば入り口があります」
 駅員の言われた通りに進むと、上の階に行く階段があるのを見つけた。北海道にも地下鉄がある
ので大体は知っている。けど地下鉄が地上2階から発車しているとは夢にも思わなかった。
 切符を買って改札に向かった。自動改札なので勿論駅員はいない。北海道の苫小牧周辺は今で
も改札口に切符切りの駅員がいるので2人は戸惑った。
「切符はどこに入れれば良いのだろうか?」
 2人の前をおじさんが自動改札を入るのを見て、細い隙間に切符を入れれば良いという事が分り、
同じようにやってみた。切符は吸い込まれるように機械の中に入り、奥の出口から飛び出した。
「さすがだ!」悟は感心した。
 改札を抜けるとホームになっている。すぐに電車が到着した。北海道だと一時間に1本程度しか来
ないのだが、さすがは東京だ、さっき見た山手線みたいにひっきりなしに電車がやってくる。
 6両編成の電車が駅に停車し全てのドアが開いた。
「……これってどの車両でも乗って良いんだよね?」
 沙奈が心配になった。無理は無い。普段は鉄道は余り使わず、たまに乗る特急電車は乗る車両
が決まっているからだ。
「ここに来るのは全部各駅停車の電車だから、どの車両でも乗って大丈夫だよ」
 悟は答えた。2人が乗るとドアが閉まり発車した。
 電車はしばらく高架を走っていたが、やがて地下に降り、文字通り地下鉄になった。麻布十番駅に
到着し駅の改札を出た。階段を上がるとすぐに学校の正門になっている。
 車窓で見たよりも大きく感じる。何しろ延々と続く垣根の内側が全て学校の敷地なのだから。
 夏休み中かもしれないが、校門は固く締められている。しかし休み中でも誰かは来ているのだし、
編入試験に呼び出されているのも確かだ。
 すると麻布が丘高校の生徒がやってきて校門に近づいてきた。
 悟は思い切ってその生徒に話しかけた。
「学校に用があってきたのだけど校門が締まっているので……」
 生徒はポケットからカードを取り出し、門の脇にあるセンサー部みたいなところにかざした。施錠が
解除される音がし、門は音を立てずに開いた。
「すごい……」二人はびっくりした。扉がカード式とはまるで大企業の玄関のようだ。二人は生徒に
礼を言うと校長室に向かった。校舎にはセンサーが無いみたいで、普通に扉を開け校内に入った。
 持ってきた書類に書かれている通り3階の校長室に向かい、ドアをノックした。
 校長室には校長と教頭が待ちかねていた。
「北海道からの編入希望者、岡村さんですね。私は校長の斉藤と言います。北海道航空システム
の社長様より話は全て聞いています。早速ですがこれから編入試験を行います。面接だけですの
で深く考えずリラックスに受けてください……ちなみにお二人ともルックスは合格点ですね」
 校長の唐突の発言に二人はびっくりした。これは生徒をリラックスさせるテクニックなのか?それ
とも本心なのか?
「準備が出来ましたので、男性の方は教頭と小会議室で、女性の方は私とこの部屋で行います」
 2人は別々の部屋で面接を行った。面接といっても父の会社の計らいとはいえ半ば強制的に決
められた学校なので、【志望理由】などは二人とも聞かれず、たいていは前の学校での実績や長所
などを述べるに留まった。最後に沙奈はついついこう尋ねた。
「さっきお話になった『ルックスでは合格点』は真意ですか?それとも単に気分紛らせですか?」
「岡村さん。先ほどの発言ですが気分を害されたのなら申し訳ない。我校はご存知の通り【金持ち
高校】として知られている。生徒もその名に恥じない美男美女が多い。お嬢様高校のイメージ維持
と編入後の容姿によるいじめを未然に防ぐ為に、一応チェックをしているに過ぎない。きっとお二人と
も性格も良いと見受けられるからきっと本校でも打ち解けられるでしょう。それでは面接は以上です」
 校長はそう話した。沙奈は深く礼をし部屋を後にした。
 既に悟も面接を終え廊下で立っていた。数分後声がかかったので一緒に校長室に入った。
「面接の結果、2人の編入を許可します」2人はほっとした。そして校長は、
「9月1日から2学期ですので午前8時半までに登校して来て下さい。中に教科書と書類が入って
いますので帰宅したら目を通してください。そして最後にIDカードをお渡しします」
「これって一体?」悟が質問した。
「実は金持ち高校と言う当高校特有な事情から、校内での不審者立ち入り防止の目的で設置しま
した。過去に起きた大阪での学校内通り魔事件を受けて、数年前から導入しております。これが無い
と校内に入れませんので登校時は必ず持参してください」
 2人はカードと一式を受け取ると校長室を後にした。今日は8月30日。あさってから2学期だ。い
よいよ9月から麻布が丘高校での生活が始まると思うと、今から夢と希望で一杯だ。
「早く9月にならないかな!」沙奈の声は早くも明るくなっていた。
【続く】
取材協力:東京地下鉄