第6節 父の単身赴任

 2月。昔から2月と8月は「ニッパチ」といって、企業が暇になると言われている。だからといっ
て、この時期に企業の経営が急に悪化する事は意外と少ない。
 けど、どんな世界にも例外があるみたいで……。
 岡村家の父親が働いている航空会社、北海道航空システム社が、2月に入り急激に経営が
悪化した。会社側の必死な経営建て直しと大胆なリストラによって、最悪の事態は回避する事
が出来た。
 しかし、そのしわ寄せとして、北海道本社の人員が不足になり、急遽各支店の社員を一時的
に本社勤務する形で人員不足を補う事になった。
 その中の一人に、岡村さんも含まれていた。ただ、支店長と言う立場から、3ヶ月間の短期転
勤だ。たとえ3ヶ月間と言えども、一家の大黒柱が不在になる事は確かだ。父はその事に対し、
「悟も紗奈も、もう高校生なんだから、父親がいなくても大丈夫だろう。病気せず元気で過ごす
んだぞ」
 とねぎらった。勿論この年になって、父と一緒に出かけないし、むしろ一緒に食事するのもた
めらってしまうのが本心だ。
 けど、家族の一人が一時的でありながらも欠ける事に対しては、寂しいものだ。
 良く考えて見れば、家族の誰かが入院した時以外、家族が一定期間家にいない時期と言うの
が無かった。となると、いくら男であっても一人で離れた地で暮らすとなると、何かと心辛いもの
もあるのかもしれない。そうなると家族の絆を高めるためにも、単身赴任となる父を励ますべき
ではないかと、悟は考えた。
 紗奈にその事を伝えると、
「そうだね。北海道に行ってもお父さんには頑張って働いてもらわないと…ね。ならば、アヤちゃ
んたちにも知らせて、私たちのメンバーで盛大にお父さんのお別れ会を開くってのはどう?」
「悪くは無いけど、友人にとっては僕の親は別人に過ぎないよ。一応当たっては見るけど全員は
集まらないんじゃないかな?」
 勿論この言葉は深い意味があり、先日の賭けマージャンの事件で佳宏と博樹が不仲になっ
ているからだ。しかも普段温和な博樹が完全にキレたのを目の当たりにした以上、9人メンバ
ーが一同に介す事は難しいと判断した。

 翌日の学食。案の定博樹は佳宏達とは別のテーブルに座って一人食事をしている。彼はいわ
ゆるジャニ系なので、時折女子生徒から話かけられていて、笑みすらもこぼれている。
(安達君との関係は、相当根が深いみたいだな……けど諸星君にとっては今回の事故をきっか
けに案外いい思いをしているのかな?)と思いながらも、佳宏の隣の席に座った。
 先ずは本題に入る前に、
「諸星君とは仲直りしないの?」
「オレが悪かったのは間違いない。だからクラスでもそれとなく謝っているんだが、相手がそれを
受け入れてくれない。もはや修復はオレだけの力ではむりなのかも……」
「けど、『自分がまいた種』なんだから……」
「それを言われると弱っちゃうんだな……」
 そこに圭が、ランチを乗せた盆を持って悟たちの前にやってきた。
 すでに話の内容を聞いていて、
「博樹君の事は、しばらく放って置いたほうがいいと思うよ。彼なりに羽ばたいてみたいと思って
いるんだし、女の子にちやほやされたいと前から言ってたから」
「そうかも。……ところで話が変わるんだけど、僕の父親が北海道に単身赴任するんでお別れパ
ーティを開こうって、沙奈が言っていたのだけど……」
「サナちゃんが言うのなら喜んで!」と相変わらずの台詞。
そこに幸親が割り込んできた。
「岡村君のおやじさんにはお世話になったから、今度は逆にお礼をするほうだな」
「賛成」
男性陣のほうは、開催に同意してくれたみたいだ。

一方女性陣の方はというと、
「うちの父が転勤で北海道に行くんで、元気付ける為にお別れパーティを開きたいと思ってるん
だけど……」
沙奈は提案してみた。
「そーだね、何回かサナちゃんの家に行った時も、優しく応対してくれたし、あの叔父さんならあ
たしも気に入ってるな」
「あたしもそれは言えてる。人助け、というか人を元気付けるみたいな事って、結構好きだから」
ほのかも彩華も賛成した。
「でもって、転勤する日っていつなの?」
賢明な彩華は鋭い質問をして来た。
「多分、今週中だと思うんだけど……」
沙奈が口を濁らしていると、
「こう言う物って、別に早い分には構わないんじゃない?」とのほのかのツッコミに、
「そうだね。じゃあ、金曜日の夕方と言うことでいいかな?」
「いいよ!」
沙奈は、こっちで勝手に決めた日時でお別れ会をする旨を悟にメールした。
放課後、沙奈の携帯に悟からOKの返事が来た。それに加え、この企画は父だけは内緒にす
ること、男女別にプレゼントを決めて当日父に渡すこと、明日男性陣でプレゼントを買いに行くか
ら帰りが遅くなる……と少し踏み込んだ内容が書かれていた。
メールが来たのは、ちょうど3人で校門を出た所だった。沙奈は、彩華とほのかに悟からのメー
ルを伝えた後、
「あたしたちも、これから銀座でも行ってプレゼントを買いにいこーか?」
「賛成!」
「意義なし!ほのかちゃん素早い」
こうして3人は地下鉄に乗り、銀座へと向かった。
 女の子なので、叔父さんへのプレゼントを早々と決めて購入した後は、お気に入りのブティッ
クに行って品定めとウィンドーショッピングに時間を費やしたのはお約束と言うことで……。

 悟たちは、翌日の放課後、地下鉄の駅で、
「オレの知り合いが、浅草の仲見世で土産物屋をやってるんだ。そこなら顔が効くからいくらか
安く買えるんだ。そこで何にするか決めよか?」
 佳宏が得意げに話した。本当に佳宏って、人脈がありすぎると言うかきめ細かいと言うか……。
「文句なし!浅草ならいろんな物もあるから」
 幸親もいつになくうきうきとしている。
「浅草か……そう言えば僕はまだ行った事が無いな……」
悟がこうつぶやくと、
「浅草はいいぞ!見学場所も多いし、食い物も旨い店が多い。おまけに浅草の繁華街には映画
館もストリップ劇場もあるし」
 佳宏はさも何でも知っているかのような口調で答えた。男である以上、ストリップには興味があ
る(無論劇場の中には入らしてはくれないだろうが)
「そんじゃ、ま、観光がてら行くとしましょうか」
 圭が普段と違って、軽いノリで悟を引っ張っているようだった。
浅草に向かう地下鉄の中で、
「テレビで時折映るから、いつかは行って見たいと思っていたんだ」
と悟。
「そうかそうか。ならば行きたくなったら放課後にでも行くがいいさ」
「俺なんか、単車でひとっ走りさ。浅草はいわば俺にとっては庭みたいなもんだから」
 幸親はハンドルを握るフリをしながら話してくれた。
 日も暮れはじめた浅草の仲見世。いつもながら多くの観光客で賑わっている。4人はその中に
ある一軒の土産物屋に入り、どれをあげれば喜ばれるか、あれこれ考え込んでいた。
結構こう言う時間は楽しいもので、あっという間に日が暮れてしまい、プレゼントが決まったのは
入店してから30分後だった。
「本当に安達さんって、昔と変わらないね」との店主の言葉が妙に印象的だった。そうとう優柔不
断だったんだと、佳宏の性格をまたひとつ知った悟であった。
 誰かさんのおかげで、浅草見物もろくに出来ないまま、帰りの地下鉄に乗り込んだ4人であった。

【続く】