第5節 まさかの結末

 30分後、半チャンも終わりに近づくと、面子の喜怒哀楽が明確になってくる。
「今日はやけについている日だ!」と博樹。
「まあまあだな……」と幸親。
「初めてにしては上出来だな」と悟&圭
「どうも配牌がよくないな……誰か卓を弄っていないか?」と佳宏。
 勝ち組と負け組がはっきりしてくると、最後の最後で一発逆転を狙ってくるのが負け組の常
套手段。半チャンの最後の局で、案の定いい手を組みはじめる佳宏。こういう時に限って欲し
い牌が次から次へと回ってくる、しかし不運な時は幾らでも不運なもので、
「これでリーチだ!」
 と佳宏が最後のチャンスを狙う。
(あと【三萬】さえ来れば清一色(チンイツ)確定だ。ドラも付くし、一挙トップに躍り出るぞ)
 と考えているうちに、悟が、
「これで最後の牌?」
 と言いながら場に積んである牌を取って、一枚捨てる。
(どうか三萬が来ます様に……)の祈りも空しく、捨てられたのは【五萬】の牌。
「流局ですね」
 圭の声が室内に響く。結局佳宏を始め誰も上がる事が出来ず、最後の局が終了した。
 これで博樹がトップで佳宏の最下位が確定した。
「諸星のヤツ、やるなあ、最近まで最高のカモだったくせに……」
 それもその筈、カモ呼ばわりから脱却しようと、一念発起してネットマージャンに入り浸りにな
り、毎日オンライン対戦をしていくうちにメキメキと実力が上がり、ネット仲間から【跳ね満の銀
次様】と呼ばれ一目を置かれる存在になりつつあるとの事。

「約束だから仕方がない。お前の欲しい物は何だ!」
 完敗した佳宏が博樹に向かい、面相を変えて迫ってきた。この瞬間、師弟関係も兄弟関係
も何もなくなった。
「それでは遠慮なく……安達さんがいつも乗っているオートバイが欲しいです」
 この時ばかりと、うきうきした口調で答え、年末に取ったばかりの免許証を見せびらかした。
 佳宏は、想定内だったのか、予想もつかなかったか曖昧な口調で
「ムムム……オレのお気に入りのバイクを……」
 室内が一瞬沈黙する。そして考えた末、
「……まあいい。新しいバイクを買えばいい事だ。そのバイクをお前にくれてやる。パープルの
裏手に置いてあるから持ってけ!」
 佳宏は半分諦めの顔つきを見せ、バイクのキーを博樹に放り投げた。
 それをうまくキャッチし、
「ありがとさん!」
 と、いつもながらのハスキーな声を残して部屋を飛び出した。
 数分後戦利品のバイクに乗って走り去る音を残された四人が聞いた。
「本当に持っていかれちまったよ……」
 幸親の淡々とした言葉。同じ賭けマージャンのメンバーとして何回も同じ辛酸をなめたり、おい
しい思いをしたりしているが、今回ほど明暗がはっきり分れた者は少ない。
「お気に入りのバイクを獲られて悔しくないのか?」
 悟は質問した。
 いつもと同じ表情に戻った佳宏は、
「あのバイクは確かに思い入れはあるが、もはや未練はない。所々くたびれてきたし、傷が増
えたし」
 悟はこの言葉の真意が何か考えた。彼独自のさばさばとした考えか、それとも単に新し物好
きなのか?まだまだ佳宏の心の中は複雑だ。

 次の日から、勝ち取ったバイクに乗って颯爽と通学する博樹に出会うようになった。
 一部始終を知らない沙奈は、
「あれ、諸星君って、いつの間にバイクを買ったんだ?それにしても乗り方がぎこちなくて、妙にか
わいらしいね!」とクスクス笑っていた。
 相変わらず博樹は笑顔で戦利品のバイクに乗っている。運転技術は未熟だけど……。
 それから一週間後。
 前の日は一日中雨が降っていたが、夜中のうちに雨が止み、朝から澄みきった晴天になった。
 いつもバイクで通学して来た博樹が、今日は徒歩でやってきた。
「バイクはどうしたの?」
と何気なく質問した悟。
 しかし博樹は一言も答えなかった。顔色もあまり良くない。
 悟は少し心配になり、休み時間、学校の廊下で何があったかを尋ねて見た。
「バイクは壊れた……」
 言葉に元気がない。
 悟は一瞬返す言葉を失った。
「何で?!」
「昨日の下校時に水溜りになっている住宅地の道路を走っていて、カーブを曲がろうとしたところ、
スリップして塀に衝突したんだ」
「……大変だったね」
「僕は運良く衝突する寸前にバイクから飛び降りたので、かすり傷で済んだけど、バイクは衝撃
で運転できない状態にまで大破してしまった……」
「バイクはまた買えばいいんだから、大怪我にならなかっただけで良かったよ」
 精一杯励ましたが、笑顔は見せなかった。けどねぎらう気持ちは分ってくれたみたいだった。
 それにしても疑問が残る。さほど傷んで居ないバイクが、何故スリップ事故を起こしたのか?水
溜りと言ってもアスファルトで覆われた地面なのでぬかるみになるはずもないし。

 昼休み、バイクを提供した佳宏を問い詰めて見た。すると意外な事が明らかになった。
「賭けマージャンに負けて、バイクを盗られた腹いせに、例のバイクのタイヤを、磨り減っているも
のにそっと交換をしたんだ」
「なんて事をしたんだ!昨日の雨でスリップ事故を起こし、バイクが塀に激突したんだぞ!」
「それで、諸星はどうした?怪我をしたか?」
「いや、幸いかすり傷で済んだけど、相当うなだれているよ」
 その事実を聞いた佳宏は、
「……まあ、命だけは問題なかっただけで良かった。けど悪戯をしたのは事実だ。こんな結果に
なって本当に悪い事をしたと思っている」
 多分本心だとは思うが、大事なのは被害者の心の問題だ。果たして博樹がそれを許すかどうか
にかかっている。
バツが悪い時はよくあるもので、博樹が二人の会話を偶然聞いていたのだ。
半分泣き顔になって、
「やっぱり安達君が仕組んだ悪戯だったんだ!本当はあのバイクを盗られたのが悔しかったんだ
ろ!悔し紛れにあのような仕打ちをしたんだろ!」
 降りかかる罵声が佳宏に突き刺さる。けど自分がまいた種。反論もいいわけも出来なかった。
「本当に済まなかった。この通り許してくれ!」
 そんな口先半分の弁解も博樹には通じない。最後に痛烈な言葉を残して去っていった。
「安達君は、僕にとっていじめから救った恩人だった、親友だった。けど今は違う。あの事故で完
全に裏切られた!君は本当に最低なヤツだ!」
 悟は、佳宏に向かい、
「怒るのも無理ないよ。時間が解決してくれるのを待つしかないみたいだね」
 と諭すと、佳宏は無言で頷いた。いつもの軽はずみな行動が人を傷付ける事もあると知ったみ
たいだった。

 それ以降、博樹は佳宏と一緒に行動をしなくなった。9人メンバーとしては集まっているが、佳宏
とは口をほとんど聞かなくなった。女性陣が不思議に思ったので、全てを知っている悟が経緯を
教えてあげ、佳宏には悪気はなかった事も付け加えた。
 すると、納得する人や、やりすぎだったのではの意見を述べる人が出てきた。
 そんな事件があって以来、派手な賭けマージャンはしなくなり、負けた人が食事をおごる程度に
なったのは言うまでもない。

【続く】