第4節 疑惑のマージャン

 3学期が始まった。
 比較的温暖な関東地方とも言えども、一月初旬は寒い日が続く。
 北国育ちで寒いのには慣れっこの岡村兄妹は、東京の寒空は大した寒さではないが、乳母日傘
で育ったひ弱なセレブたちには、冬の寒さは苦痛に等しい。
 幸い、麻布が丘高校は私立高校なので、各部屋に冷暖房が完備されているが、校長がケチなの
か、教室にはなぜかほとんど空調が効いていないのだ。
「若い時に心地よい温度の教室こもっていると、将来あれこれ苦労するから、教室は夏暑く、冬寒
くて良いんだ!」などと訳の分らない主義主張を持っているし、担任もその意見に同意している。
 したがって、生徒は休み時間になると空調の効いている学食や図書室と言った所に集まるのは
言うまでも無い。けど、学校内で一番温かいところは【職員室】と言う事実を生徒は全く知らない。
 その一人、薄寒い教室で厚いジャンバーを着ている幸親は、悟に、
「こう寒いと、久しぶりに一杯飲みながら、卓を囲みたくなるなー!」
 とつぶやいた。
「まさか、酒じゃないよね?」
 右手で徳利で酒を飲むしぐさをしながら尋ねると、
「誰が酒と言った!飲むといったら、俺達の間ではコーヒーに決まってるんだ」
 なるほど、温かいコーヒーを飲みながらマージャンをするという事か。それなら、とりあえずは健
全な遊びであろう。
 コーヒーと言えば喫茶店。喫茶店と言えばパープル。
 と言うわけで、早速学食でメンバーの男たちに提案してみた。
「たまにはマージャンもいいですね」
 博樹がいつもと違って乗り気でいる。
「また僕がトップになりますよ。覚悟はいいかな!」
 圭は、既に勝つ気満々になっている。
「と、二人も言ってるんだから、元締めの佳宏さまも参加するってもんだ!」
「んじゃ、決まりだな。放課後『パープル』に集まれよ。今回も最高の卓を囲もうではないか」
 放課後、5人は揃って六本木へ。
 パープルの2階に幸親自慢の電動マージャン卓を置いてもらっている。パープルは歴史のある喫
茶店で、30年前までは2階を同伴室として使っていたので全て個室になっている。同伴喫茶として
の営業は「風紀上問題がある」として、昭和60年をもって終了したため、普段は使用していない。
 ちなみに【同伴喫茶】とは、今で言う所のハプニングバーに似た所で、恋人同士や、はたまた見
知らぬ人達と、大部屋でふしだらな行為を行う事が出来るのが売りとされていた。
 その為か、パープルの2階も、5〜10人位が入れる個室がいくつかあり、たまに上客が御忍びとし
て使う程度だ。
 その空き部屋に、幸親が村崎さんに無理を言って、自宅にあった全自動のマージャン卓を置か
してもらっているのだ。そして悟を除いた4人で時折マージャンをしているとの事。
 確かに10月ごろ、学食でマージャンの話をしていたが、マージャンを良く知らない悟が興味を示
さなかったのを知って、今まで誘っていなかったみたいだ。
 2階の個室に5人が入ると、
「いつものように賭けマージャンを始めるか!」
 その言葉に怖気づいたのか、悟は、
「実は、僕はまだマージャンは覚えたてなんだけど……」
 俯きながら白状すると、
「何だよ。それならそうと最初から言ってくれよ!それとも、賭けるのが怖いのか?」
 佳宏が半分あきれた顔をする。
 こう言う時に友達は便利で、間に入る人が必ず出てきて、
「それなら、僕と一緒に打とうか?」
 圭が近づいて来た。これでいくらかは心強くなった。
「コーヒーも来た事だし、軽く半チャン(1ゲーム)始めまっか!」
 全自動卓なので、各家綺麗に牌が並んで出てきた。
 悟は、一緒にチームを組んでいる圭に尋ねた。
「賭けと言ったって簡単な事だよ。半チャン終わった時点で、最下位の人がトップの人に、自分の
持っているお気に入りのものを一品差し出さないといけないんだ。勿論彼女以外で」
「真剣勝負みたいなもんだ!」
 対面に居る博樹が突っ込んできた。
 更に幸親からツッコミが入る。
「この前なんか、俺が大負けしたんで、一流ブランドの腕時計を、泣く泣く佳宏のヤツに取られてし
まったし」
「何言ってんだ!俺こそ買ったばっかリのノートパソコンを取られたんだから!」
 二人の言い争いが始まった、どうやらグループに入ってから幸親と佳宏は急速に仲良くなったみ
たいだ。
「賭けマージャンになると、ああやっていつも檄を飛ばしているんだよ」
 圭のささやきに思わず笑ってしまった。
「……と、これでツモだな」
(いつの間に!)
 博樹が、ニヤニヤしながら上がった牌を皆に見せた。漢数字が描かれた牌と文字だけの牌で14
枚きちんとそろっている。
「なぬ!混一色(ホンイツ)かよ!お主、腕を上げたな!」
 佳宏が叫ぶ。しかし博樹は何食わない顔をしている。
「強くなったな……」
 圭がつぶやいた。
 マージャンと言うものは、簡単にルールを説明すると、最初に配られた14枚の牌を元に、卓にあ
る山から、自分で牌を1枚取って不要の牌を場に捨てながら、同じものか順番になった3枚の牌を4
組と、2枚同じ牌を1組そろえれば上がれる。自力で集めなくても、場に捨てられた牌でも、宣言す
ればそろえる事が出来る。
 もちろん欲しい牌が既に捨ててあったり、誰から集めていたりしていたら当然自分の元には来な
いのであり、
「……早くっからリーチ掛けているのに、中々捨ててこない……」
 佳宏が愚痴をこぼしながら牌を捨てると、
「おっと、それでロンだ!」
 妙に明るい幸親の声。牌を倒すと、佳宏が欲しがっていた牌を3枚も持っていたのだ。
「うぬぬ……。あんたが隠していたのか!」
「別に隠してなんか無いよ!」
「オレが揃えているんだから、捨てないのは当たり前」
 この一言で緊張していた場が和んできた。

【続く】