第3節 スキー場の夜

 レストランでの夕食は、昼食と打って変わって和食であった。
 敬老会の一行と同じ食材なら経費も手間も半分になると言う、【大人の事情】らしいが、
「デッカくて分厚い牛フィレステーキが食べたかったのに……」
早速圭が愚痴をこぼしている。
「ホテル側の都合なんだから仕方ないよ。けど、和食は和食の良さがあるんだから!」
ほのかがフォローする。
 この言葉を厨房で聞いたのか、しばらくして、
「伊勢様、大変申し訳ありませんでした。特別にすき焼きセットを持って参りましたのでどうかご
賞味下さい」
 さすがに上得意様のクレームには、異常なほど敏感に反応している。幸親達も〔親の七光〕を
使って、いつもおいしい思いをしているのかと思うと、少しうらやましいと感じる悟であった。
 和風会席膳が並んでいるテーブルの中央に、デン!と鍋が2個置かれた。
「やっぱ冬と言えば鍋だな!」
 肉には目がない男性陣の眼が俄然輝き始めた。
 そして、些かの不満はあるものの、ホテルでの夕食を食べ始めた。
 和食であれ洋食であれ中華であれ、プロの料理人が作る料理がおいしいのは言うまでもなく、
「この刺身、生きがあって舌でとろけるな!!」
「焼き魚も味がしみこんでおいしいですね」
 舌が肥えているメンバーは口々に会席料理の繊細な味に酔いしれつつも、程よく味がしみこん
でいるすき焼きを堪能した。
 さすがにTPOはわきまえているのか、すき焼きの〆にうどんを入れる事はためらった。
 相変わらず空気を読めない佳宏は、普段の食事と同様、オヤジみたいな口調で、
「ああ、喰った喰った!満足満足!」
「やーねー!まだ高校生なのに……」
 ほのかと彩華は眉をひそめた。対照的に、食べ終えた食器を綺麗に揃えてから退席する悟の行
動に二人は感心した。

 食事の後は温泉!と言いたいところだが、あいにくこのホテルには大浴場が無く、各客室に浴室
があるだけだ。もちろん部屋割りは男女別なので、殿方が憧れる【混浴】は無い。
 夕飯を食べ終わると、
「さあ、風呂だ風呂だ!」
 と言いながら男達は一斉にレストランを後にした。
「ハハハ、食事の後は風呂か!まるで社員旅行みたいね〜!」
 思わず沙奈は笑った。
「まー、メンバーの男どもはいつまで経っても能天気だから」
 と彩華。ほのかに至っては、
「どうせまた風呂場で4人一斉に【ご開帳】でもしてんじゃないの?」
 とまで言うあり様。沙奈と彩華は思わず笑った。
「さて、私たちも部屋に戻りましょ」

 3人は客室に入った。室内は和室で、既に布団が敷いてある。
 洋服のまま布団に寝転がると、
「いつもはベッドだけど、たまには布団もいいね〜」
 彩華は布団の上で思い切り伸びをする。お嬢様=ベッドという構図は今も不変なのか。
 年頃の女性数人が集まって枕元で語る話は、古今東西決まっていて……
「沙奈ちゃん、グループが結成されてしばらく経つけど、うちの中で一番イケているのは誰?」
 早速彩華が質問して来た。
「やっぱ、伊勢君でしょ!あのクールでカッコいい人って、そうは居ないよ」
 沙奈の眼が輝き始めた。色恋の話って、結構じっくり出来なかったから、それだけでも嬉しい。
「んじゃ、2番目は?」
 ほのかも興味津々だ。
「その次は安達君。時々バカなことをするけど……けどどこか憎めないのがステキ。諸星君はかわ
いくて優しそうだけど、何となく頼りなさそうな感じ」
 その安達君の元彼女だった彩華は、
「諸星君も魅力的だけど、あたしは、サトシ君が好きだな……あなたのお兄様の」
「お兄様だなんて……うちの悟は普通の男ですよ」
 沙奈は思わず照れてしまった。更に話は続ける。
「けど、悟は、今の所は金井さんにぞっこんみたいだから……」
 聞き役に回っていたほのかが話に割り込んできた。
「あの子も、入学した時と比べて、どことなく角が取れて丸くなって来たかんじ。前はホントに優等生
ぶってたから、あたしみたいな【お嬢様】タイプの子には見向きもしなかったもん!」
 彩華も関心があるらしく、
「2人とも頭いいし、真面目だから気が合うのさ。サトシ君も、もう少し柔らかくなって羽目外すように
なってくれれば、じきにあたしの魅力に気づいてくれるさ!」
 後半は明日の方を向かって話していたのか、彼女の顔に覇気すらも表れていた。
 沙奈は、ほのかに向かって、
「ほのかちゃんが好きなのは誰?」
 ほのかが答える直前に彩華が、
「小さい時から、鈴原君よねー。つまり、幼なじみってヤツ!」
(そうだったんだ!だから川越で万引きで捕まった時に、『この話、2人だけの秘密にして。お願い、
特に鈴原君には……』って言っていたんだ……)
 沙奈は今の台詞であの時の謎が解けた。
「そう、あのやんちゃなところがあたし好み!けど今は安達君の弟子みたいになっているけど……」
 ほのかは少し照れていたが、しっかり本心を話してくれた。
 「それなら、明日にでも告白すれば?」
 何も知らない沙奈の問いに対し、
「実は、もう告白はしているんだ。けどあたしは〔ヴァージンを捧げるのは18になってから〕と言うポリ
シーがあるんで、来年早々には初体験を済ませるつもり」
 【初体験】との言葉に思わずドキドキしていまった沙奈。その話を聞いて、
「相変わらず律儀なんだから!ま、これがほのかちゃんのこだわりなんだけどね」
 彩華がさりげなくほのかの肩に手を乗せた。
「ならば、安達君は?」
 沙奈の問いに対し、以前付きあっていた彩華は、
「う〜ん……悪くないけど、子供っぽいところがあるからな……。以前付きあっていた時に、あたしの
両親にプレゼントだと言って、テレビ局のマスコットグッズセットを渡していたっけ」
「それって麻紀さんの番組スタッフからもらったものじゃないの?」
 ほのかが突っ込む。
「そうかも!……けど安達君って、結構キワモノとか限定品に弱いタイプなのかも?」
「そこがまたよかったりして!」
 沙奈も思わずチャチャを入れてしまう。
「案外たやすく手玉に取れそうだし『アヤちゃんの為に必死になって探したんだ!』って素敵なプレゼ
ントを貢いでくれそうだったりして!……ヨリ戻そうかな……」
 彩華が意味深な笑みを浮かばせる。それを横目にほのかが、
「サナちゃんもこれで、お嬢様の仲間入りってトコだね!」
「私なんかまだまだだよ……」
 お世辞なのかもしれないが沙奈もいい気分になって来た。そうなると色々お膳立てしてくれた事に
感謝したくなってきて、
「今日はスキーに誘ってくれてありがとう!二人に感謝するね!」
 沙奈の言葉に対し、二人は、
「いいのよ、皆仲間なんだから!硬い事ヌキ!」

 お楽しみのトークがひと段落し、各人風呂に入って寝ようと言う事になった。幾ら友人とは言って
も男のように風呂も一緒と言うわけには行かず、一人ずつ入浴するのだが。
 一方、男達はと言うと、風呂の後はカラオケルームで歌い放題飲み放題をしていた。本当に男っ
て言うのはお気楽なのか、色恋に疎いのか……。

 翌朝は朝食を食べたら、そのまま東京に直行と言う事で、もうひと滑りしたかった沙奈と悟は少し
残念だったが、疲れて帰るのはこりごりだ、と言う過去の実例を聞いて納得したみたいだ。
 東京に戻ると、ご多分に漏れず年末と言う事でどこもかしこも慌しい。
「今年も終わりか……」
 一同が揃って口にした。
 東京での生活が始まった年がもうすぐ終わろうとしている。色々あったけど、今年は本当に充実し
たと2人は感じた。

【続く】