第9節 国会議員の光と影

 10月末のある日の岡村家。
 父親が朝食を食べながら新聞を読んでいるといきなり、
「今日の新聞記事に載っている伊勢って言う国会議員って、ひょっとして悟の同級生の親じ
ゃないか?」
 悟は父が読んでいる新聞記事を覗き込むと
〔民自党国会議員 補助金不正受給で逮捕〕の見出し。
 記事を読んでいくと、確かに衆議院議員伊勢幸雄氏の名前が。
 大体伊勢姓自体が日本の苗字の中でそれほど多くないので、その国会議員の名前を知
らなくても悟が持っている情報だけでもすぐに分かる。
「伊勢君の父親が逮捕だ!」と叫んだので、すぐさま家族全員が食卓に集まった。
 新聞記事によると、伊勢氏は国会議員の地位を悪用し、老人ホームや病院建設のため
に支給される国からの補助金を多くもらう目的で、建設費用を必要以上に水増しをし、そこ
から得た金の一部を着服したとの事。
 しかもこのような手口で着服した金は過去5年間で総額一億円を超えていて、知人が運
営する学校法人の建設費用のほか、自宅や家財の購入に当てていたとのこと。
 更にその学校法人が麻布が丘高校なのだ。数年前にも麻布が丘高校の生徒の入学金
を一括プールしていた金の一部を、伊勢氏の秘書給与として流用されたのではという疑惑
が有った。
 そういうかこの事実を受けて、今日の新聞にも〔灰色富豪議員〕の文字があるくらい、か
なり疑惑がある人物なのは間違いない。
 しかし悪事をしたのは父親であるが、子供は関係ないのは承知だ。けどおそらく学校でも
このニュースはもちきりになる事であろう。
「伊勢君、なんだかかわいそう……」
 隣で沙奈が思わず口ずさんだ。
 悲しい事だが、父親が関与した事件が、そのまま罪の無い子供にも降りかかってしまうのが
日本の現状である。
 案の定、学校では新聞記事に関わる話題がもちきりだ。そして更に案の定、幸親は登校し
てこなかった。勿論学校を休んでいる理由は多くの生徒が知っていた。
 その中で幸親の友人や彼を知る人は、今のうのうと登校してもいじめられるのが関の山
であり、仮に出席してきても、降りかかる火の粉を追い払ってばかりでは肉体的精神的に
も疲労を被るばかりだから、学校に来ないだけなのだ……。という事で暗黙の了解になって
いる。
 グループの面々は彼の現状を心配している。そして、いずれほとぼりが冷める頃に必ず学
校に戻って欲しいと見守るしかなかった。
 やはり仲の良いグループの一員であるのだから、一人でも欠けると何となく寂しいもので
ある。佳宏のようにいつもグループの中心的存在ではないにしろ、独特な雰囲気と思想を
幸親には持っている。
 最近は佳宏たちの子供っぽい言動に対し抑え役を果たす重鎮的存在になりつつある。縁
の下の力持ちという大切な役割がいなくなっても、このグループには桜子と言う、良識を持つ
人がいるのでとりあえずは安心だ。
 伊勢氏の補助金不正支受給事件が新聞に載って数日後、新聞やテレビでは、その事件に
ついてはぴたりと報道しなくなった。
 やはりマスコミからすれば国会議員と言う特別な階級の不祥事というニュースは、もはや日
常茶飯事のような出来事になり、続けて報道する価値は低いと判断したのだろう。
【どうせ今回の事件も氷山の一角に過ぎない】という、大方の庶民からの見解と合い重なり、〔高
まる政治不信〕と言う大義名分でまとめられた結果なのかもしれない。
 確かに悟の母は、事件を伝えるニュース番組を見ながら、
「どうせ政治家のすることって、表では奇麗事を並べていても、裏では資金集めと銘打って悪
どい事をしているものなのよ」
と話していたのが印象的だ。これが日本国民の正直な意見なのかもしれない。母の言う通り、こ
の事件も、政治家の影の部分が露見しただけなのだ。
 心が穏やかではないのは幸親のほうだ。自分は全然悪事をしていないのに、親のせいで
勝手に悪人呼ばわりされているのだから……。

 一週間後、相変わらず幸親は欠席のままだ。
 悟は何となく心配に思った。
 以前も喫茶パープルでタバコを吸っていたという事実から、自分の理性を、タバコと言うはけ口
を使ってある程度はコントロールできるはずなのだが、果たして今回の事件でも、同じようにやっ
て行けるのかどうか……。
 そうなると悟の足は放課後、自然と喫茶パープルへ進む。
 喫茶店では、やはり高校と環境が違い、国会議員の不正事件に関しての話題は全く挙がって
いない。あくまでも国政レベルの事件なので、一般人にはそれほどなじみの無いニュースなのか
もしれない。
 ただこの事件が麻布が丘高校に絡んでいるという事から、校内で話題として必然的に持ち
上がってきているのか、それとも単に生徒の中に国会議員や、その関係者を親に持つ子供が
多く在籍しているから、この手の情報が一般人より手に入れやすいという裏事情があるからか
もしれない。
 そう考えれば新聞の記事にもあったように、〔富豪〕という一般庶民からかけ離れた世界で
しか持ち上がらない内容なのか。
 店主の村崎さんに尋ねても、幸親はここ数日は店に来ていないとの事。
 とりあえず自宅でほとぼりが冷めるまでおとなしくしているのかな、と思った。それなら特に
気にならないのであるが……。

【続く】