第5節 家族が居るという幸せ

 幸親たちを岡村家に招待した翌日の昼休み。
 学食では案の定昨日の出来事を昨日参加しなかったメンバーに報告していた。珍し
く全員集まっていて、主賓ではない彩華が出された料理のメニューまで面白おかしく説
明していたのが印象的だった。
「うまそうな食事だったんだ!」
と佳宏。顔では笑っているが内心では彩華が行かなければ昨日の夜は、間違いなくお
いしい食事にありつくことが出来たのに……と思っているに違いない。
「岡村君たちは本当に幸せですね。私はずっと親と離れ離れですから」
 桜子がつぶやいている。
 確かにその通りだ、桜子の両親は島根に住んでいて、単身高校進学のために上京し
たのだから。

 悟と沙奈はその他のメンバーにもそれとなく訊いたのだが、皆の家族はバラバラであ
ったのだ。
 メンバーのリーダーである佳宏は一番典型的だ。
 母が女優で家にいないことが多いのは知っていた。しかし父については彼の口から
は一切語ろうとはしない。何か人には言えない秘密があるのではないかと、といつも
思っている。
 彩華の家は親が医療法人の理事長を勤めるそこそこ名の通っている病院で、両親と
もども医師であり、当然ながら勤務時間も不規則だという。
 医師つながりで圭の家も父が歯医者である、母親とは別居中らしい。
 一流デザイナーであるほのかの母は一日中自宅のアトリエで作業して、ろくに娘との
話が出来ないという。また父親は重い病気で入院中らしい。……となると昨日彼女が
話していた「夕飯が店屋物」というのも合点が付く。
 博樹の家は夫婦で居酒屋を経営していで夜は勿論の事料理の仕込みや準備等で
昼でも店で働いている。無論夕飯は店のものを食べるわけでもなく、一人で適当に冷
蔵庫にあるものやコンビニなどで買ってきたものを食べているそうだ……。
 そう考えるとうちだけが一環団欒が出来る環境なのだ。改めて(なんてうちは幸せな
家庭なのだろう)と思った。

 翌日、沙奈はこの前自宅に来なかった佳宏や博樹や桜子に、
「いつでもいいから遊びに来てね。私のうちを自分の家だと思って良いから、家族みん
なで歓迎します」と笑顔で話した。
 3人は勿論喜んで、
「サナちゃんの家ならいつでもお邪魔したいよ!」
 と佳宏は今にも鼻の下が伸びそうな顔つきで答えた。彩華を忘れて沙奈と付き合いた
いと本心で言っているのか?それとも単にご機嫌取りか?岡村兄妹の目からは、そん
な気持ちが実際にあるのかどうかはまだ分らなかった。
「そんな気持ちじゃあんただけは嫌がられるよ」
 彩華が突っ込みを入れた。
「けど、あの時の卵料理の味は格別だったな。多分この先一ヶ月は忘れられないよ」
 圭が突然料理レビューをし始めた。
 それを聞いて、
「全くその通りだ。あの玉子焼きの味は絶品だった。俺もお勧めする」
幸親が何気なく太鼓判を押した。
 彼は口数があまり多くないほうであるが、今日に限っては熱く語っている。
 幸親はテーブルに置いてある缶ジュースを一気に飲み干し、急に改まった顔つきで、
悟と沙奈に向かって、
「俺は昔から、人から施しや接待を受けるのが嫌いな性分だった……」
 幸親が語る話はのっけから何となく重苦しい内容になっているがメンバー全員そんな
事を気にしていない。
「こう言う輩はたいていが多少なりとも俺からの見返りを期待しているものだとずっと思
っていた。はっきり言って表裏が見え見えで、少しでもいい気にさせると余計に付け上が
り、かといって何もしないと罵詈荘厳を倍返しされるか二度と面と向かってくれない奴ば
かりだった。だからこの手の誘いをずっと断ってきた」
 クールな性格の幸親なら多分そうであろう、と納得がいく。
 更に彼の熱弁は続く。
「けど昨日、友人達の誘いに乗って岡村君の家に行き、多大に歓迎されもてなしを受け
た。けど岡村君も沙奈さんもご両親も、あの時俺に『精一杯歓迎してやったからこんな
事をしてくれ』等の台詞は何一つなかった。最初から最後まで俺をはじめ友人たちに心
配りをしてくれて、締めには『また良かったらいつでも家族気分を味わって欲しい』との
嬉しい言葉……」
 全員幸親の言葉に頷いたり賛同したりしている。確かに金持ちにはあまり行わない対
応だったな、と悟は感じた。
「それを見て、ああ、岡村君の家族は俺のような金持ちのお坊ちゃんでも【お客様】とし
てきちんと思ってくれるのだな。と思ったよ。世の中悪どい人や汚い人ばかりではない、
岡村君の家族のように心が綺麗な人が沢山いる事を始めて知ったよ。ありがとう。これ
からも何かあったときは俺の家だと思ってまた顔を出すよ……。おばさんにもよろしく言
ってくれ」
 普段は喜怒哀楽をあまり露骨に表現しない幸親だが、今の彼の目には嬉しさからか
涙がこぼれていた。
(私にとっては普通の振る舞いがよっぽど感動したのだろうか)と沙奈は思った。
 珍しく語った言葉に他のメンバーも感動したみたいだ。
「確かに、あたしたちはどうしても相手の顔や懐で判断してしまうから……」
 ほのかが少しうつむきながらも話してくれた。
「あいつは金持ちだから、という事だけで良い思いをしていたのかも。サナちゃんの家の
ような家族なら、きっと裕福ではなくても幸せなんだろうな」
博樹が珍しく真面目な感想を話していた。
「たまには良い事を言うな!」
 佳宏は博樹の肩を軽く叩いた。
「世の中、金が全てではないですから。岡村さんの一家はきっと育ちが良いのでしょう」
桜子は他の金持ち男女を一通り見た後にこう言った。
「そうだな、これからも岡村君ちに遊びに行って勉強しないとな」
幸親は軽く言ったが、この言葉がメンバー全体の結束力を更に強くするきっかけにな
るのであった。

【続く】