第4節 心の隙間は家族で埋めましょう

 友人の幸親が喫茶店の個室でタバコを吸っていた!
 悟にとってはかなり衝撃的だった。教室でのクールな振舞いとは裏腹にグループのメンバー内の
明るい態度……。彼の個性的なイメージとは離れている。一体どうしてしまったのか?と思うのも無
理は無い。
「誰にも言うな」とは言われたものの、やはり放って置くわけには行かない。とは言うものの誰に相談
すればいいのか。
 ふと数日前にこの喫茶店について唯咲ほのかに聞いた時、
「マスターが気さく……」という事を喋ったのを思い出した。
 階段を下りると店主の村崎さんが小さい椅子に座っていた。まるで悟が降りてくるのを待ち構えて
きたかのようだ。
「実は……」悟は2階で起きた事を伝えた。村崎さんは全て分かっているような顔つきで、
「彼の事は仕方ないんだ……」言葉を噛み締めるように話した。
「仕方ないって……」悟は何か事情があるのだな、と思った。そうでないとタバコなんか吸っていな
いと思ったからだ。
「伊勢さんの父は、君も知っているかもしれないが国会議員だ。国会開催中は特に家に帰ってこな
いし、そうでなくとも多忙な生活を送っている。母は死別、祖父母は寝たきりで老人ホームに入所し
たまま、彼の世話をしているのが義理の母……。伊勢さんは見た目は派手に振舞っているが、心
の中では泣いているんだ。家に帰っても一人ぼっちのことが多く、いつも寂しいんだ。元から孤独
が嫌いな性分らしく、ついついタバコと酒で気を紛らわすしかないんだ……。君の親友だそうだが、
親友だからこそ助ける事もあるだろう。伊勢さんを励ましてくれる事が出来るなら、きっと立ち直って
くれるだろう」
 その言葉に悟は驚いた。(そうだったんだ……顔では笑っていながらも心では泣いている。悲し
いとも寂しいとも今まで一言も言った事はなかった。まさしく幸親は男の中の男だ。僕がなんとかし
てあげないと……)
 夜、自宅の部屋で沙奈にも今日あった出来事を話した。
話しはじめると少し驚いたような顔をした。幸親と沙奈とは何回かしか会っていないが、見た目クー
ルでかっこよさの中にどことなく奥ゆかしさを感じるイメージがあったから、初めて聞く真実を知って、
彼の心の奥にある悲しさが隠れていたのだと思った。
「伊勢君って、私が見た範囲とても幸せそうに見えたけど、実は家族が崩壊していたとは……、何
だか可哀想」
「僕もあの現場を見た時は少しショックだった」
「うちは両親がいるから親がいない生活なんか考えた事がなかった……」
 暫しの沈黙の後、
「そうだ、彼をうちに連れて来て幾らかでも【家族気分】を味わってみては?」
「確かにいい考えだ。明日学食でで提案してみようか」
 翌日の学食。
メンバーを結成して以来、沙奈のように弁当持ちで、普段学食に行かない子も弁当持参で指定席に
集まってくる。
 幸親は1学期までは学食の隅で一人で食べていたが、悟が佳宏たちのメンバーに誘われて以来
皆と一緒に食べるようになった。そう考えると以前よりも人付き合いが豊かになったみたいだ。
 今日も佳宏トリオとほのかとで楽しそうに食事をしている。さすがに過去にすったもんだがあった彩
華は同席していない。
「皆さんお揃いで」悟がいつものように幸親の隣に座ると、
「ねえ、伊勢君。今度僕の家に遊びに来ないか?うちの家族が一度でいいから金持ちの生徒さん
に会ってみたいとつぶやいていたから。たいして大きい家ではないけどそれでよかったら……」
 幸親はうつむいて黙り続けている。何か考え事をしているのだろうか。
 いいタイミングで沙奈がやってきた。
「遠慮しなくていいから!母も手料理作ってくれるって言っていたし」
 女性陣にも勧められたのが効いたのか重い腰を上げ、
「それでは行ってみるとしますか」
「ねえ、あたしも一緒に行っていい?アヤちゃんも誘ってみるよ」ほのかも乗り出してきた。うまい
ように話が進み、放課後幸親たちを家に招く事が出来た。もちろん目黒の自宅に電話をかけ母
親に料理の件で連絡したのは言うまでも無い。
 放課後、岡村家にメンバーのうちの4人が招かれた。主賓の幸親、彩華、ほのか、圭だ。一番
行きたがっていた佳宏は彩華が参加すると言うので涙を呑んで引き下がった。彼の脳裏にはわ
だかまりが残っているのかどうかは分からない。
「そんな過去の事キレーに忘れちゃって昔のように楽しめばいいのに……」彩華の口から本音が
こぼれた。ちゃっかり圭がこの言葉を聞いていた。
(いつかこの言葉を安達君に伝えておいたほうがいいな)と思った。
 目黒にある岡村家に団体連れがやってきたので両親はビックリ!
 金持ち高校とは薄々分かっていたが、連れてきた生徒が皆美男美女でおしゃれに着飾っている
のだから驚くのも無理は無い。
「狭いですけど遠慮しないでどうぞお上がり下さい」
 母は持ち前の明るさでその場を回避した。
 4人を居間に通すと、既に料理は出来上がっていて、体裁よく大皿がテーブルに配置してあった。
 6人がテーブルに座ったのを見計らったところで、
「余り料理が得意ではないですが、お友達のために精一杯作りました。お口に合うかどうか……」と
遠慮しがちに話すと母は部屋を後にした。
「遠慮しなくていいから、どんどん食べて」と沙奈が言うや否や男たちは一斉に料理に箸をつけ、その
まま口に持っていった。
「旨い!!」
「すげえ!みんなこれサナちゃんの母が作ったの?超ウマじゃん!」
 一口食べただけで幸親と圭は料理のおいしさに素直に語った。
 他人の家という事でしとやかさを保っている彩華も、ついつい本音が出てしまい、
「めちゃくちゃおいしー!」と笑顔がこぼれた。
「僕にとっては普通においしいけど」珍しく空気を読んでいない悟はつぶやいた。
「そりゃサトシ君はいつもお袋さんの料理を食べてるからでしょ!」ほのかが突っ込みを入れた。沙
奈はナイス突っ込みに思わず手を叩いた。
 食事が進むにつれ他の子も本音が飛び出してきた。
「うちなんかいっつも店屋物ばかりで、お袋の味なんかずっと食べてなかったよ!」
「私の家も食事はコンビニで買ったものばっかだしー!ママ料理下手だしー!」
と愚痴をこぼした。良く見ると4人とも感激とおいしさの余り味を噛み締めながら食べていて、中には
何を思ったのか涙を流す人もいた。

 山のように盛られていた大皿の料理が綺麗になくなり(尤も大半は男性陣が平らげたのだが)全
員が食事を食べ終わった。
 4人は満足そうな顔で談笑している。
(みんな手料理のおいしさ、そして家族の絆が強くないんだ……ひょっとして僕たちが一番幸せな
のかな)ふと悟は思った。
「食事も食べ終わって皆でパーっと騒ごうかと思ったが、親がいるみたいなので、今日のところはこ
れで帰るとするか」幸親はこう話すと他の3人も了解した。
家を出る際、母が、
「ここを自分の家だと思っていいから。うちの子の友人なら皆さんいつでも歓迎します」の言葉に喜
んで頷いていた。
 今日は家族の大切さを知った一日だった。けどメンバーの誰しもが崩壊家庭に育っていたのかと
思うと、二人は複雑な気持ちになった。
【続く】