第2節 新しいバイト先

 女子は金の使い道はありとあらゆる方面にわたっているが、男子はよほどのおしゃれでない
限り装飾には余りウェイトを置かないのが普通だ。
 せいぜいゲーム機とかパソコンやアニメや音楽といったエンターテイメント関係が主流になっ
ている。とは言うものの、それぞれの単価は鷹が知れているのでかなりのオタクやこだわりを
持っていない限り、万単位の金が飛ぶような事は少ない。
 しかし、育ち盛りの男子特有の贅沢な金の使い道がある。
 それは【食】だ。
 麻布が丘高校生はそんじょそこらの生徒とは違い、コンビニ弁当や牛丼店での特盛はジャン
クフーズに値する。
 東京一のお大尽高校生が口にする食料ではないとほざいた生徒・鈴原圭。彼はただでさえ
運動量の多い野球部に所属しているので、部活が終わると腹は空き放題。
 巷にあるごくごくありふれた飲食店で飲み食いするのを愚だと思っている圭が、放課後食事に
行く所は東京の赤坂の料亭。
 普段は政治家や一流企業の重役が接待に利用する場所、高校生が行くにはあまりにも縁
遠い。けど圭にはそれは通用しない。いつも通っている店は両親の友人の店で、いわば顔パ
スで通る。何とここは付けも通用するので、部活で腹が空くと何の躊躇いもなくふらっと暖簾を
くぐる。実にお大尽な友人だ。
 先日圭のおごりで男性陣5人で赤坂の料亭に行った事がある。
 博樹や佳宏は時々食べに行っていたのでそこそこ場慣れしていたけど、数ヶ月前まで一般
庶民だった悟は、【料亭】はニュースの中で出てくる単語にしか思っていなかったので、正に未
知の世界であった。
(まさか芸者が出てきたりしないでしょう)と時代錯誤的な妄想をしていた悟であったが、実際
に店に入ると旅館に似た雰囲気で、どこか落ち着いた感じがしたのが印象的だ。ただ思ったほ
ど高級な感じはしなかった。
 しかしこんな悟の考えも、料理が運ばれた瞬間吹っ飛んだ。
 本当の懐石料理だ。
 何かの本で〔食べるのがもったいないくらい繊細に作られた料理芸術〕との説明そっくりで、
一品一品が贅を尽くしている。
 あまりにも恐れ多いので小市民の心を残す悟は、目の前の懐石料理を一品ずつ携帯カメラ
で撮影した後、一品一品味わいながら食事をした。
 ふと横を見ると他の4人はみんな食べ終わっている。しかも佳宏は、
「これだけじゃあ物足りないなー!」とつぶやく始末。
 つぶやいているだけならまだまだ甘ったるい方で、もっと大物なのは圭であり、店の人に大
胆不敵にも、
「こんな少ない料理では腹が一杯にならん!!」
と普段の姿では想像のつかない暴言を、ここでは平気で吐いていた。
 普通なら即刻出入り禁止になる筈だが、お得意様の子息だという立場上、店側も追い払っ
たり関係者に通報したりする事が出来ずたじたじとするばかりだ。挙句の果てには、うな重の
大盛りを彼の為に特別に用意する始末だ。
(いくらお得意さまでもこれはちょっと……)悟が圭の言動に怪訝に思ったのは言うまでも無
い。懐石料理はそもそもは禅宗の僧が空腹を紛らわすために出された料理に過ぎず、ボリュ
ームを追求する料理ではない。とは言うものの高校生にとっては、日本料理の美は余り関心
が無いのは仕方ないのだが。

 まあ、これはオーバーな例であるが、佳宏や幸親と食事をする時は六本木のレストランで
ン千円の料理を食べるくらいが関の山だ。いくら部活の後ですきっ腹と言えども、毎日千円札
何枚かがおいしい食い物として消えてしまうのは、他の友人のように大金持ちでもない悟に
とって経済的に厳しい。
 さすがにこれではすぐに財布が軽くなってしまう。友人との付き合いは大切なので多少の出
費は覚悟しないといけないし、今後誰かとデートするとなると、もっと多くの札束に羽が生えて
しまうだろう。
 彼らと同等に付き合うにはどうしてもお金が必要だ。勿論世の中金が全てではないし、節約
も美徳だ。もし金の貯め方を知らないのであるならば僕が教えてあげても良い、とも思った。
 けど当面としては良いバイトを探すのが先決だ。4人の中で一番世界の幅が広そうな佳宏
に恥ずかしながら相談してみた。すると、
「なんだ、そんなことを心配していたのか。こんな事なら心配御無用!オレのお袋が贔屓に
している喫茶店が六本木にあるからそこに行ってみれば?ちょいと前、噂に聞いたのだが、
先日店員が辞めてしまい、ネコの手でも良いから借りたいほど忙しいって言う事だ。その店
の店主はオレも知っているから、後で話をつけておくぜ!」
 笑みを浮かべながら答えると、ノート1ページを使ってデカデカと麻布が丘高校から店まで
の地図をご丁寧にも書いてくれた。
 地図の縮尺が分からないが、ぱっと見た限りでは思ったよりも近そうだ。店の所に【喫茶パ
ープル】と書かれている。
 佳宏の話を鵜呑みにすれば、今ならすぐに採用されるみたいだし、今度の日曜にでもこの
店に挨拶してみようと思った。

【続く】