完全に打つ手が無くなってしまった。けど齢(よわい)まだ15歳の少女。ここで死ぬにはどう
考えても早すぎる。もっとたくさんやりたい事もあるし、行きたい場所もある。
「覆してはいけない『未来』を安易に変えた罰」だと考えてもこれは悲惨すぎる。
 由子は我に帰り、残された少ない時間で最善の手段を冷静になって考えた。
(そういえば売人はあの時……)ふと、1ヶ月前あの夕焼けに染まった駅前で、売人から万華
鏡を買った時の事を思い出した……。
 時というのは残酷なもので、絶対に止まってくれないのである。地球上に住むどの生物にも
平等に悠然と流れていくものなのである。無常にも【時】は翌日になってしまった。
 由子は出来るだけ平静を保ちながらも、心の底では未来を覗いてしまった事の苦痛と、
怪しげな万華鏡を買ってしまった後悔と、数時間後に訪れる自身の最期に対する恐怖が
混ざり合い、生きている心地すらなかった。
 放課後、4人は校門を出るといつものように駅まで談笑した。由子にとっては【運命の
帰り道】だ。
(ここまではあの万華鏡で見た画像と同じだな……)と由子は顔では笑っていたものの
心の中では迫り来る死の苦しみと恐怖に今すぐにも心臓が止まるのではないか、の思
いだった。
(あそこの交差点だ。ここの交差点で私は車に轢かれる【運命】になっているんだ……)
と由子は覚悟を決めた。しかしこんな歳で死ぬのは御免だ!昨日一ヶ月前の出来事を
完璧に思い出せて本当に良かったと思いながら、
(どんな効力があるかどうか分からないけど、こうなったら一か八だ!あの時売人が「身
を守る」とうたっていた砂時計を使おう!今日までずっと使わないでいた砂時計を使う時
がやってきたんだ!)
 由子は交差点に入った瞬間、かばんの中にしまっていた金箔で加工された砂時計を取
り出した。
(神様!お願い!私を助けて!!)由子は今まで生きていた中で、最も力強く念じた。

突然砂時計から眩い光が発せられた。由子も友人も目がくらんだ。
 そしてその直後自動車が交差点に入った。自動車の運転手は、突然発せられた眩い
光に目がくらんだせいか運転操作を誤り、アクセルと間違えてブレーキを踏んだのだ。車
は急ブレーキをかけたが急停車できず、横断歩道を渡っていた由子に接触した。
「キャーーー!!!」
由子は車に後ろから撥ね飛ばされた。
 運良くというか奇跡というか、由子の体は宙に浮かび、数秒後地面に尻から落ちたのだ。
「……生きている!」思わず由子は涙を流した。
「小林さん!!」
友人達と運転手が由子の傍に集まった。どうやら他の友人は横断歩道の進入角度の関
係から運良く車に接触しなかったらしい。
「大丈夫?さっき救急車を呼んだからこのままじっとしていて」との言葉に由子は小さく首
を振った。
 10分後交差点に救急車が到着し、担架に運ばれ、そのまま病院に収容された。
 車が急ブレーキをかけた事によって衝撃が和らげた結果、幸い由子は尾てい骨および
両足骨折をした程度の怪我で済んだ。
 ベッドの中で(【自分の力】で未来が覆せた……万華鏡の力を借りずに……)と思い、涙
を流した。しかも売人からおまけでもらった砂時計がこんなすごい力を持っていたとは……
 結果として由子は砂時計によって未来を変える事が出来、命を失わずに済んだのだ。
 事故の知らせを聞いて両親も病院に駆けつけてきた。
「無事でよかったね!」と両親の声。
 母は由子の部屋にあったマンガ本や音楽雑誌とともに、
「お前の部屋に万華鏡が転がっていたから暇しのぎにいいと思い持ってきたよ!」と例の
万華鏡を由子に渡した。
 万華鏡は【力】を失い、未来は二度と見られなくなったが、万華鏡の覗き穴から見える
幾何学的模様は由子の心を和ましてくれた。美しい模様が万華鏡を回す度に無限に繰り
広がる……。
 医師の適切な処置とリハビリが功を奏し、由子は3ヶ月で無事退院する事が出来た。
 退院後、由子は(どんな事も自分の力で切り開けるのだ)という意欲が湧いてきたので
あった。その後彼女はまるで人が変わったように積極的になり誰からにも好かれる少女
に成長していった。
 あの時出会った売人は万華鏡の魔力とともに「運命は自分で切り開くものだ」という事
をさりげなく教えてくれたのだと改めて思うと【未来から来た】不思議な売人に感謝した。

 一方あの売人はというと、相変わらず関東各地の駅前で、【未来を映す万華鏡】を売っ
ていたのであった。最近は調子に乗ったのか中京地区や関西地区にも販売範囲を広げ
ている。
 もちろん外見は普通の万華鏡で、大多数の人には力を抽出しないで売り、彼が目に留
まった人のみ力を注入するという相変わらず独自の売り方をしていたのであった。
 今日も売人は大阪府のとある駅で露店を開いていた。すると、あのときの由子のように
人生に疑問を抱いている若いサラリーマンを見つけた。すかさず彼に小声で、
「これを覗くとあなたの未来が見えます。さらに強い念を持つと思い通りの未来の姿が見
られます。すなわち不可能な未来も可能になります。しかしその際は多少エネルギーを要
します……。あなたの未来を覆すか否かは良く考えて使ってください。くれぐれも安易な考
えで己の未来を変えて命を粗末になさらずよう気をつけてください」と淡々と語り、彼が買
った万華鏡に【力】を注入していた。
 一ヶ月間未来を見る事のできる万華鏡を購入した若いサラリーマンは、由子のように本
当に己の未来を変えたかどうかは定かではない……。
 彼は時空を超えて未来にも過去にも行き来しているらしいです。もしかしたらあなたもこ
の売人に出会えるかもしれません……。
【完】
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